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第二十一話

  

 


  アグニ、アグニ・・・ここにいちゃ駄目だ、逃げろ―――



 


 

 アグニは、ゆっくり目蓋を開いた。


 「気づいたか、アグニ・・・よかった。」


 聞きなれた穏やかな声が、すぐ隣で聞こえた。

 額に、彼の温かな掌が触れていた。


 アグニは、焦点の合わない視線を彷徨わせた。石壁、毛皮の寝具。寝台の縁に腰をかけて、疲れ切った笑みを浮かべているファルコ。


 「・・・ここは?」

 「シュバルツ・バルタ。宮殿の、一室だ。」


 アグニは、ファルコが口にした単語を頭の中で繰り返した。何度か繰り返し、その意味を把握した。同時に記憶が蘇った。


 「おれ、どのくらい寝てた・・・?」

 「ほんの半日だよ。今は夜中。」


 アグニは喉に痛いほどの渇きを感じた。


 「・・・水。」


 ファルコはアグニの額から手を離し、棚の上に用意されたコップと陶器のポットを掴み取った。


 「それより先に、飴湯を飲んだ方がいい。」

 「・・・・。」


 アグニの足元に、タングスの心配しきった顔があった。アグニは彼女を安心させるために笑んでみせた。薄暗い部屋の隅では、リサが膝を抱えて寝入っていた。


 「起きれるか?」

 「ん・・・。」

 アグニは身をよじり、ファルコに支えてもらいながら上半身を起こした。酷い頭痛と眩暈がした。手足も痺れている。窮屈な正装は脱がされ、代わりに黒布の寝巻を着せられていた。


 飴湯の注がれたコップを受け取り、ゆっくり飲んだ。ほんのり甘く、さらっとした熱い液体が食道を通っていく。身体が温まり、気分がよくなっていくのを感じた。


 部屋の隅で呻き声がした。

 リサが目を覚まし、アグニに寝ぼけ眼を向けた。


 「アグ・・・っ!」


 リサが叫びかけたのを、ファルコが人差し指を立てて制した。今、彼女のキンキン声を聞かされたらアグニの頭は破裂する。


 リサは自分の口の前で人差し指を立て、這うようにして寝台に寄ってきた。


 「ターニャが久々にブチ切れてたよ。またしばらく〝彼女〟は、面会謝絶だね・・・。」リサは、声を潜めて話した。

 ここまで静かな声が出せるのかと、アグニは少し彼女を見直した。


 「そんなもんじゃ足りないな。手枷を嵌めるべきだ。」と、ファルコ。


 タングスが唸り声で彼に賛同した。

 アグニは苦笑いしながら、また一口飴湯を飲んだ。


 「あ・・・アグニ。何か夢見てた?」


 リサに聞かれ、アグニはしばらく考えた。夢というほどのものは見ていない。だが彼の耳の奥で、誰かの声の残響が残っていた。

 それは聞き覚えのない少年の声だった。暗闇の中で、その声が何度もアグニを呼んでいた。そして、しきりに1つのことを訴えていた。


 「・・・アグニさ、キラの夢を見てたんじゃない?」

 「え・・・。」


 アグニは一瞬ドキっとした。予知夢でキラを見ていることは、まだターニャたちに話していない。なぜリサが、そんなことを聞く?


 リサは、困惑しているアグニに仏頂面をしてみせた。

 「ほら、カフが話してた金髪の女の子。バース・ヒルスの・・・何度も呼んでたよ、その子の名前。そんなに印象に残ってたんだ?彼女のことが・・・。」

 「・・・・。」


 リサに説明され、アグニはさらに困惑した。もう一度、先ほどまで自分がいた暗闇の中を思い浮かべた。

 キラの夢は見ていない。それは確かだ。ならなぜ、自分は彼女の名を寝言で呼んでいたのか。あまりにも深い眠りだったせいで、予知夢を見たことを完全に忘れてしまったのだろうか?


 ふいに、アグニは思い当たった。


 「・・・ハルヌーンに、会わないと。」


 それを聞いて、ファルコは戸惑いがちに頷いた。

 「ああ、お前がちゃんと回復してからな。」


 アグニは、いてもたってもいられなくなった。すぐに彼に会って確かめなければならない。その一心で、アグニは寝台から飛び出ようとした。


 「駄目だ、今すぐ会う・・・っ!」


 案の定、アグニの頭を強烈な頭痛と眩暈が襲った。

 思わず身を埋める。


 「無理するな・・・。」

 ファルコは、アグニを寝かせつけようとした。


 だが、アグニはそれを拒んだ。

 「今すぐ、会わせてくれ・・・頼む。」


 ファルコはため息をつき、首を横に振った。


 「アグニ。お前は今、精神に大きな傷を負ってるんだ。そんな状態でハルのアウラを受けたら、取り返しのつかないことになる。」

 「・・・・っ。」


 アグニは歯を食いしばった。確かに、今の自分では暴発した強力なアウラを受け止めきれないだろう。彼は抵抗するのを止め、自分を寝かせようとするファルコの腕に従った。


 柔らかい枕に頭と背中を預け、アグニは深く呼吸した。ファルコは少し微笑み、アグニから顔をそむけた。

 彼は顔を顰め、指でこめかみを押さえていた。酷く顔色が悪い。精気を吸われて精神が極限まで衰弱していたアグニに、彼は半日間絶え間なく精神力をアグニに流し込み続けていたのだ。


 「・・・・。」


 アグニは、どうしてもファルコにある事が聞きたかった。だが今の彼を煩わせるような話をもちかけることにためらっていた。それでも、アグニは今すぐ真実が知りたくて仕方なかった。


 何か言いたいことがあるのに遠慮して言い出せないでいるアグニに、ファルコは不敵な笑みを見せて発言を促した。

 アグニは、彼に甘えて口を開いた。


 「・・・ファルコ。予知夢の内容を正確に話す。だから、おれの質問に正直に答えてくれ。」

 「うむ・・・質問によるな。」


 アグニは、リサに視線をやった。

 リサは不安げに目を瞬かせ、ファルコに答えを求めた。


 「リサは、この件に係わり抜くことになってる。」


 ファルコがきっぱり言い切ったので、リサは安堵して満足げに微笑んだ。アグニは了解し、一息ついた。どう話し出すべきか少し考え、彼は再び口を開いた。


 「・・・ハルヌーンは、戦闘中に自らノームとトランスした訳じゃない。」

 「・・・・。」


 ファルコは、暗い目を床に落として黙りこくった。

 リサは戸惑った表情で2人を交互に見た。


 アグニは、話を進めた。

 「彼は、実験台として無理やりノームとトランスさせられた・・・最初から、ハルヌーンとノームに可能性を見出していた。土のエレメントとして覚醒する可能性を。違うか?」


 彼の予想を聞いて、リサは酷くうろたえた。落ち着かない様子で血の気の引いた唇を指でいじり、視線をアグニからファルコに移した。その目からは、不信感が溢れ出していた。


 「・・・その通りだ。」


 ファルコは目を閉じて静かに認めた。


 それを聞いた途端、リサの顔は一気に青ざめた。寝台から逃げるように後ずさり、怒りと憎しみの篭った眼差しでファルコを凝視した。


 「なんで・・・何で、そんなことを!?」


 彼女は頭に血が上り、今にもファルコに襲い掛かりそうだった。ファルコは身動きひとつせず、彼女の敵意に満ちたアウラを受け止めていた。リサが腰にさげた小型ナイフを抜いて彼の胸に突き刺そうとも、彼は抵抗しなかっただろう。


 リサがここまで動揺するとは思っていなかったアグニは、せめて彼女の心情を探れる程度にまで自分が回復してから、この話を持ち出すべきだったと少し後悔した。この事実は、アグニが受けた衝撃とは比べ物にならないほど強力な一撃を彼女に与えた。


 「・・・俺たちは10年ほど前から、ある研究者と関わってる。テサの研究員だ。」


 ファルコは、低い声で真実を語り始めた。アグニとリサは、それぞれ複雑な思いを抱えながら黙って彼の話を聞いた。


 「テサの説明は・・・後々な。とりあえず、その博士は四大エレメントについて長年の間、研究していた。彼は元々アマゾナスと親交があって、それで俺たちに今回の実験を依頼してきた・・・彼の説明によれば、実験はうまくいくはずだった。ハルとノームの融合後、再び彼らを分離できるはずだったんだ。それが、どうしたもんか歯車が狂っちまった。」


 リサは自分の腕を鬱血するほど握りしめていた。


 「原因は、要のエレメントだ。博士の話だと・・・シルアイラが、要となるはずだった。」

 「・・・・!」


 アグニとリサは、同時に目を見開いた。


 「だが、彼女は違った。要どころか、ハルは彼女を近づけようともしない。むしろ、毛嫌いしてる。」


 ファルコは深くため息をつき、苦悶に耐えかねて頭を抱えた。まるで、その責任がすべて自分にあると思っているようだった。


 「騙してすまなかった、アグニ・・・リサ。」

 彼は力なく2人に謝った。


 「・・・・っ。」


 リサは怒りに震えながら、床に視線を落としていた。


 ファルコやターニャにすべての責任があるわけではない。ハルヌーンの壮絶な苦しみの最たる原因は、彼が話したテサの研究員にある。

 そう分かっていながらも、リサは今まで慕っていたターニャやファルコに対して猛烈な憎しみを抱かずにはいられなかった。


 彼女は目に涙をため、荒々しい足取りで部屋から飛び出した。

 そして、後ろ手で乱暴にドアをしめた。




 石造の廊下を行く彼女の足音と泣き声が、部屋から遠ざかっていった。

 ファルコは苦々しい表情で、もう一度ため息をついた。


 アグニは肩をすくめた。

 「いずれ、ばれてた事だよ。」

 「・・・・。」


 ファルコは反応を示さなかった。アグニは、この場の空気を軽くできる冗談を考えた。だが、思いつかない。


 「リサは、その・・・ハルヌーンに相当惚れ込んでんだ?」


 リサの予想外の反応に対するアグニの解釈に、ファルコは軽く頷いた。


 「それは・・・迂闊だった。悪い。」


 申し訳無さそうな顔をするアグニに、ファルコはきょとんとした。


 「何で、お前が謝る?嘘をついてた俺たちが悪いんだ。」

 「・・・・。」


 「それにしても・・・よく気づいたな。餓鬼だと思って見くびってた。」

 ファルコは、どこかで聞いた台詞を吐いて苦笑した。


 「いや・・・。」


 アグニは、自身の推察力のみでその事実に突き当たったわけではない。手がかりは、彼が眠っていた間に聞いた少年の切実な声だ。

 アグニは闇の中で、声の主と強い波長の繋がりを感じていた。それはまるで、アウラが共鳴し合っているような感覚だった。


 ハルヌーンの声に違いない。アグニは、直感的に確信した。ハルヌーンは、アグニがここにいることを感じ取っている。そして、アグニの身を案じている。彼が自分と同じような目に合わされるのではないかと。

 ノームと溶け合い混沌とした意識の中で僅かに残るハルヌーンの自我が、アグニを見つけて声を届けたのだ。


 アグニが彼と共鳴していたのなら、アグニが眠っている間に彼女の名を呼んだことにも説明がつく。


 「おれの番だな。おれが予知夢で見た、要の可能性が高い人物を教えるよ。」

 「・・・・。」


 きっと、そうに違いない。彼女は、要のエレメントだ。アグニは、ここに来てようやく全てを受け入れた。ハルヌーンとノームの融合体が土のエレメントであり、自分が火のエレメントとなる器であり、そして要もまた存在することを。


 「―――キラだ。」


 その名を聞いて、ファルコは一瞬ぴくっと目尻を引きつらせた。何を思っているのか、難しい顔をして押し黙った。アグニは彼が何か言うのを待った。


 「・・・そうか。どうりで、似たもの同士なわけだ。」


 ファルコの発言に、アグニは少し引っかかった。

 「ファルさん、彼女に会ったことがあるのか?」


 ファルコは、なぜか渋い顔をした。

 「まあな・・・会ったといっても、すれ違っただけだが。お前とどれだけ似てるかは、カフが話してくれた。」

 「・・・・。」


 「ハクビシンの影響か。はたまた、他の何かが邪魔してたのか・・・あの時は彼女に要の可能性があるなど、全く思いもつかなかった。彼女のアウラは、確かにシルアイラ並みだった。まあ・・・シルアイラが要だと思い込んでたから、目が曇ったんだろう。」

 ファルコはキラとすれ違った時のことを思い出しながら、独りで推理して納得した。


 「ありがとな、アグニ・・・すぐにターニャと話し合わないと。」

 ファルコはアグニの頭をひと撫でして立ち上がった。アグニは、部屋を出て行こうとする彼を引き止めた。


 「もう1つだけ。その、テサって何なんだ?」

 「それはだな・・・。」


 ファルコは言いよどみ、どう説明したらいいか考えた。

 考えた挙句、すまなさそうに頭を掻いた。


 「明日、その博士がハルの具合を診に来る。彼に説明してもらった方が、分かりやすいよ。」

 「・・・了解。」


 恐らく長話になるのだろう。ファルコは、ターニャのもとへ行くことを急いでいる。アグニは渋々彼を放した。


 ファルコが部屋を出て行った後、アグニはタングスに見守られながら眠りに落ちた。






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