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第十九話

 翌朝、アグニはタングスに優しく起こされた。


 (・・・おはよう、アグニ。)

 「・・・・。」


 (昨晩は、取り乱してすまなかった。もう大丈夫だ。)


 アグニは眠たげな顔でにやりと笑った。


 「・・・声が戻ってよかったよ、人魚姫。」


 タングスは、機嫌よさげに喉を鳴らした。



 アグニは簡易浴室で身体を濡れ布で拭き、赤銅色の長い髪を解いて編み直した。続いて朝食を食べながら、タングスにブラシをかけた。彼女は気持ち良さそうに目を細めていた。


 (何か、新しい夢は見たか?)


 「・・・いや、例の夢だけだ。でも新しい人物が登場したよ。はっきりしないんだけど、金色の光に包まれた人影だった。」

 (ほう・・・。)


 予知夢には変更がよくある。関わる人物の心情の変化によって選択される行動が違ってくるため、未来は常に移り変わるのだ。


 タングスは昨晩彼女の身に起きたことを本心の奥に閉じ込め、決してアグニに読ませようとはしなかった。アグニはそのことで無理に問いただしたりはせず、そのうち彼女から話してくれるだろうと信じて待つことにした。




 アグニは発言に細心の注意を払うことを条件に、カフとの会話をファルコから許可された。タングスもカフに興味を持っていたので、彼女も連れて部屋を出た。途中でリサに見つかり、甲板まで否応無しについて来られた。


 アグニたちの質問に対し、カフは口ずさむような独特な調子で語った。バルタナ諸島のこと、これまでに訪問した様々なコロニーのこと、遭遇した神獣のこと。


 彼が船縁に座って話しているうちに、いつの間にか若いハンター達まで集まってきていた。経験豊富で物知りなバルタナ人の話に、若者達は時間を忘れて聞き入った。


 話の過程で、アグニが夢で見る金髪の少女とカフが知り合いであることを知った。キラという通り名で、バースの中でも極めて霊感の強いパイマーだという。

 2人の繋がりに、アグニは驚かなかった。むしろ、そうではないだろうかと予想していた。少女との出会いの日が近づくにつれ、彼女と関わりのある人物が現れるのは自然な成り行きだ。


 アグニは不自然にならない程度に、キラについてカフに幾つか質問した。カフは、彼女がアグニに似ているということだけ答えた。彼女の特殊能力に関わる事柄は、どれも巧みに誤魔化された。


 カフは、集まった若者達に古い伝説をいくつか語った。その間、アグニはキラの事も忘れて物語に夢中になっていた。

 彼が一番気に入ったのは、〝カルブの民〟の伝説だった。今もエスのどこかに人知れず隠れ住むエス最古の血族で、主神の末裔であると伝えられている。彼らは神々より〝異界の門〟の番人を任ぜられ、〝白魔術〟を操る力を与えられているという。


 昼過ぎに、何体かの飛行型ガグルと遭遇した。陸が近づいている証拠だ。熟練のハンター達が厄介な飛行型ガグルを仕留めようと躍起になる中、カフの精密なライフル射撃の腕に誰もが舌を巻いた。


 アグニはカフに頼んでライフルを貸してもらい、彼に援護されながらガグルを1体仕留めた。ライフルを使用しての狩りは、得も言えぬ爽快感があった。今回の仕事にひと段落がついたら、まともなライフルを1本手に入れようとアグニは決心した。



 太陽が西に沈みだしたころ、大型蒸気船は港に到着した。オレンジ色に染まった靄の中、アグニはカフに別れを惜しんだ。


 「そのうち、何処かでまた会えるよ。」


 カフはそう言い残し、連れのハンターと共に港を去っていった。


 港にはアマゾナスの男が2人、1台の幌車と5頭のカマーフを連れて待機していた。カマーフとは、アマゾナスが飼養している突然変異の馬だ。

 見た目はお世辞にも美しいとは言えない。しわだらけの醜い顔に、ぎょろぎょろと忙しなく動く白い眼球。体毛はほとんど無く、はち切れんばかりに筋肉の盛り上がった赤黒い身体には血管が浮き出ている。

 息づかいが荒く、どこからどう見ても正常な生物とは思えない。だが、かつて大地を走っていた元々の馬よりも遥かに足が速く、持久力もあると聞く。


 カマーフたちは近寄ってきたエア・ウルフに驚いて暴れた。その甲高い鳴き声を聞いて、タングスは全身の毛を逆立てた。

 彼らを落ち着かせた後、ターニャの直属兵3人はそれぞれに用意されたカマーフに跨った。ターニャとリサ、ファルコは2頭のカマーフが引く幌車に乗り込んだ。アグニは荷物だけ幌車に乗せ、自分は鞍を着けたタングスの背に飛び乗った。


 3頭のカマーフと1頭のエア・ウルフ、そして1台のカマーフ車は、土埃を上げながら乾ききった大地を北へと疾走した。

 カマーフは、エア・ウルフに並ぶほど足が速かった。足音を立てないエア・ウルフに対し、カマーフは荒々しい蹄の音を立てながら走る。黒い疾風のように走る彼らの姿は、立ち止まっている時より健康的で力強く見え、なかなか優雅なものだった。タングスは、カマーフたちを怯えさせないよう一定の距離を保って走った。


 夜の帳が垂れ始めた荒原を抜け、大峡谷の入り口に差し掛かった辺りで一行は足を止めた。予定より船が少し遅れたため、今晩中にコロニーには辿り着けないと判断して野営することになった。


 その夜は、この一帯では珍しいほど空が澄み渡っていた。アグニは仰向けになって寝転び、満天の星空を眺めた。

 無限に広がる宇宙の狭間で、幾億もの星が消滅してはまた生まれる。エスもまた、その星の1つとして滅び去る運命にあるのかもしれない。


 アグニは無理だとわかっていながらも、1つの星に焦点を当てて遠距離透視を試みた。彼の隣で一心に星空を見上げていたタングスが、心の中で笑った。


 (アグニ、無謀な挑戦は止せ。精神を傷つけるだけで、何も得られない。)


 「・・・バルタナの天文学者は、この星空を遠距離透視するんだぜ?」

 と言いつつ、アグニは透視を諦めた。


 (それは特別な装置を使っての話だと、カフが言っていただろう。生身の人間の目では不可能だよ。月までなら、出来る者はいるだろうが・・・。)


 「お前なら、何処までいける?」


 (そうだな・・・本気でやろうと思えば、月の向こうまでいけるかもしれない。でも、そんな無意味な危険は冒さないよ。誰かさんとは違うのでね。)


 タングスは偉そうなことを言いながらも、アグニより先に星の遠距離透視を試していた。アグニは勿論そのことに気づいていた。


 彼女が本当はどこまで見ることができたのかは定かではない。


 「これだけの夜空を見て、試さないパイマーがいるかよ・・・。」


 アグニは降り注ぐような星屑に手を伸ばし、果てしない宇宙へ浪漫的な思いを馳せた。


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