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第十話

 アグニはタングスを連れて、紅蓮洞の混雑した商店街を歩き回った。


 ツィンカから予想を超えた量の部品類を頼まれたお陰で、すべて見つけ出すのに何時間もかかった。明日の旅支度に必要なものも買い揃え、タングスに持って帰らせた。


 タングスはひとりで戻るのを嫌がったが、アグニに説得されてしぶしぶ引き上げた。大荷物を背負ったタングスを連れて、残りの用事を済ませるのには抵抗があったのだ。


 「あっちいってよ、もう!」


 ツィンカに教えてもらった装飾店に向かう途中、1人の娘が柄の悪い輩どもに絡まれていた。


 「つれねぇなあ、ちょっと付き合えよぉ。」

 「やだっつてんでしょ!?あんまりしつこいと、ファルコに言うよ!」


 どうやらファルコの店で働いている娘だ。

 アグニはその集まりに歩み寄った。


 「ファルコだぁ?怖かねえよ、あんな若造。」

 「へえ、奴の店に置かれてんのか。どうりで可愛いわけだ。」


 アグニは、輩の尻を背後から蹴飛ばした。その輩は勢いよく顔面から地面に激突した。彼の仲間が一斉にアグニを振り返った。


 「何だ、てめぇ!?」


 「楽しそうだな、おい。混ぜろよ。」


 アグニは涼しげな表情で、輩どもに目を走らせた。

 全部で4人。パイマーはいない。ナイフと短銃を各自所持している。


 「うげっ、アグニ・・・。」

 アグニの顔を見て、1人が逃げ腰になった。


 アグニには見覚えが無く、呼び名も知らない男達だ。

 だが4人とも、アグニの顔と名は知っていた。アグニに対するイメージが、それぞれの頭の中で交錯している。紅蓮洞内で、アグニは色々な意味で有名人だ。


 「何だ、お友達は連れてねえのか。」

 別の1人が周りを見渡して、歪んだ笑みを浮かべた。この男はタングスがいないことを知り、強気になった。


 「エア・ウルフがそんなに怖いのか。安心しな、タングスは腐ったものを喰ったりしない。」

 アグニは淡々と事実を述べた。


 「何だと、このガキ・・・!」

 「腐ってても脳味噌は入ってんだろ。おれが、てめぇらの本名を言い当てる前に消えな。」


 「・・・・っ。」


 アグニの脅しは効果覿面だった。

 男達の顔から血の気が引いていく。


 「5秒やる。5・・・。」

 アグニは静かにカウントし始めた。


 「やべぇよ、こいつ〝邪神〟なんだって!ずらかろうっ!」


 最初から逃げ腰だった男が、焦って仲間を急かした。


 「4・・・。」

 「その前に風穴開けてやらぁ!!」


 アグニに尻を蹴飛ばされた男が、短銃を抜いた。


 娘が悲鳴を上げた。

 銃声が鳴る。


 アグニは首を傾げ、自分の頭に飛んできた銃弾を軽々と避けた。


 「なっ!」


 その場の全員が目を疑った。


 アグニはそのままカウントし続けた。

 「3・・・2・・・。」


 男達はつんのめりながら、我先にと逃げ出した。


 「1・・・0。」


 アグニがカウントし終えた時、その場にはアグニと娘しか残されていなかった。



 娘は呆気にとられて固まっていた。


 アグニは放心している彼女の顔を恐る恐る覗き込んだ。


 「・・・大丈夫?」


 娘は、アグニを凝視した。強張った表情が徐々に解けてきたと思った次の瞬間、彼女はアグニの胸に飛びついてきた。


 「いっ・・・!」

 「ねえねえ、どうやったの、今の!?すっごい、神業!!」


 彼女は明るい茶色の瞳を輝かせて騒ぎながら、硬直状態のアグニに身体を押し付けた。


 「は・・・離れろよ!」

 アグニはたまらず彼女を押しのけた。


 娘はきょとんとしてアグニを見つめた。


 アグニはその時初めて、彼女が自分のファンだといっていた娘であることに気付いた。髪色とメイクのせいか、全くの別人に見えた。

 栗色の長い髪、紅蓮洞内では色白に入る肌で、相変わらず露出度の高い服を着ている。


 「ごめん。リサ、ほんとに感激しちゃって。」


 彼女は自分で自分の名を名乗り、しゅんとうな垂れた。


 「アグニに助けてもらえるなんて、ほんっと夢みたい!」

 「あ、そう・・・。」


 リサが再び詰め寄ってきたので、アグニは反射で後ずさった。


 「何か、ご馳走するよ!今日から、しばらく仕事休みなんだ。」

 「いや、いいよ別に。」


 アグニが素っ気無く断ると、リサは子供のように頬を膨らませた。


 「よくない!お礼しないと、リサの気が晴れない!」


 彼女は、そうと決めたら絶対に譲らない我がままタイプだ。アグニは頭を掻いた。


 「あ・・・じゃあ、ちょっと買い物つきあってくれ。」


 アグニが提案すると、リサは満足してうなずいた。


 「うん、いいよ。何買うの?」

 「女物のアクセサリーなんだけど、おれセンス無いから代りに選んでくれよ。」


 ふいにリサが顔を近づけてきたため、アグニは仰け反った。


 「・・・彼女へのプレゼント?」

 「え、いや・・・まあ、そんなとこだ。」


 アグニが弾みで認めると、リサは顔を曇らせ口を尖らせた。


 「なぁんだ、彼女いるのか。そりゃそうだよね、カッコいいもん。ファルコの嘘つき・・・でも、そんな事でめげないのがリサの取り柄なんだ。」

 「・・・・。」


 リサは、アグニが一番苦手なタイプだ。アグニは彼女の思考を間違ってでも読まないように、波長を完全に遮断した。



 2人は一軒の装飾店に入った。リサは、次から次へとアクセサリーを手に取っては騒ぎ立てた。


 「これ、綺麗!あ、でもこっちの方が何にでも合いそう。むぅ、これもお洒落だしぃ。」


 アグニは嫌気をさしてため息をついた。この調子では、いつまでたっても決まらない。アグニは楽しんでいるリサから離れ、店内を歩いた。

 色とりどりのガラスや鉱物がはめ込まれた銀細工が、鉄板の上に数限り無く並べられている。


 「素敵なお店ね!誰から教えてもらったの?ファルコ?」

 「いあ、お袋にだ。」


 「へえ、センスいいね。若いんだ?」

 「ああ。」


 リサの口は閉まることがないようだ。アグニは彼女の質問に短く答えながら、ミアに似合いそうなアクセサリーを探した。だが彼の目には、どれも同じに見えた。


 「ねえ、彼女の目と肌って何色?あと髪も。」

 「え・・・何で、そんなこと聞くんだ?」


 リサは信じられないといった様子で、大きな目をぱちくりさせた。


 「基本よ、基本!アクセサリーとか服を買うときの!アグニって、ホントにそういうの疎いの?いつもお洒落なのに。」

 「・・・・。」


 アグニが身につけているアクセサリーや着ている服は、ツィンカが買ってきたり手作りしたものだ。髪型もツィンカの好みにされている。

 「うんうん、そういう天然なとこもリサ好きだな。ギャップがあってドキってする!」


 カウンターの奥に座っている女店員がくすくすと笑った。


 「・・・目は緑で、肌はこげ茶。髪は、青っぽい黒。」

 アグニは、面倒くさそうに説明した。


 「ふむふむ。じゃあ、暗い色は無しで・・・青か緑メインがいいね。」

 リサは独り言のように呟きながら、再びアクセサリーを眺め始めた。


 アグニはリサの助言を頼りに、その場から店内を見渡した。彼の広い視野の中、1つの首飾りが目についた。おもむろに歩み寄り、それを手に取った。


 乳白色のビーズが施された革紐に、細やかな模様が掘り込まれた白銀製の正十字がぶら下がってる。その中心に、大粒で鮮やかな緑色の鉱物が埋め込まれていた。角度によって青色にも見える。ミアの瞳よりは明るい。


 「あっ!それいいじゃん、ばっちりだよ!」いつの間にか横に立っていたリサが、アグニの手にしている首飾りを見てOKサインを出した。


 アグニは、その首飾りをつけているミアを想像した。似合いそうだ。かなり値段は張るが、彼は迷わず買うことにした。


 勘定を済ませて店を出た2人は、しばらく商店街をぶらついた。アグニはおしゃべりで騒々しいリサに疲れを感じながらも、天真爛漫な彼女に時々笑わされた。


 リサには、ミアには無い元気と明るさがあった。最初はそれを鬱陶しく思っていたが、慣れてくると楽しくさえ感じるようになった。

 度々すれ違うハンター仲間や同僚に、リサとの関係をいちいち聞かれるのは面倒で仕方なった。



 アグニには家に戻って明日までに仕上げねばならない事がいくつもあったが、リサにせがまれて予定以上に時間を食っていた。


 彼は自分に気のある娘を傷つけずに、うまくあしらって逃げる方法を知らなかった。そして、リサは飛び切りタフで粘り強い娘だった。



 彼女に催促されて、2人は飯屋に足を運んだ。そこで、思わぬ人物と出くわすことになった。




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