92、新しい任務
「……あのぅ……大変言いにくいのですが、もう少しお安くはならないでしょうか?お値段が少しお高いと言いますか……」
しっかり日に焼けた小麦色の肌を隠すように羽織ったローブに、素朴な田舎娘といった栗色のおさげ髪が特徴的な女の子は縮こまりながら、対面に座る騎士の女性に交渉する。
騎士の女性はちょいっとティーカップを摘むと唇を湿らせる程度に傾けた。彼女は風花の翡翠のリーダー、ルーシー=エイプリル。ルーシーが口を開くのを待っていたが、女の子の質問に返答したのはルーシーの隣に座る妙に姿勢が良い侍女のジューンだった。
「大変申し訳無いのですが、アラムブラドのギルドではすでに価格が決まっていますので、私どもが個人的に値段交渉に応じることは出来ません。しかしながら、そちらのご要望にお応え出来るのは私たち風花の翡翠のみです。再度ご検討をお願い申し上げます」
「それはそうなんですけど……」
煮え切らない依頼主にルーシーは少し大きな音を出すように、手に持っていた皿にカップを置いた。女の子はドキッとしてルーシーに目を見張る。
「女性がチーム内の半数以上を占め、それなりの実力を持ち、素行の良い冒険者チームとくれば、その全てに当てはまるのはわたくしたちだけですわ。もし他を探されるのであれば結構ですが、わたくしたち以上の警護なんて不可能であると断言しておきます」
これほどの自信を前面に出されれば思わず頷いてしまいそうだが、流されるわけにいかない。予算は限られている。
というのもこの女の子、ステラ=ナーヴァスは最近不運続き。運び屋を営んでいた父親が腰をやり、後を頼まれてしまった彼女は、運び途中に荷馬車の車輪が外れ、雇っていた見習いの男に路銀を持ち逃げされ、挙げ句届け日に間に合わなかったと受取人に値引きを強要された。
最早明日にでも身売りをしなければ駄目かとまで追い詰められていたのだ。
「……お、お願いします!せめて分割でお支払い出来ませんか?お支払いを2……いや、3回に分けていただけたら必ずお支払い出来ますので!」
「そういうのはしていませんの。勝手にルールを曲げては今後の信用問題にもなりますのよ?」
「あぅ……そ、それは……」
「でもまぁ、何か訳ありというのは伝わりましたわ。価格に関してわたくしたちではどうにも出来ませんが、他の冒険者を紹介させていただきます。顔は広い方ですので、ある程度あなたの要望に応え得る方が見つかりますよ」
「は、はぁ……よ、よろしくお願いします……」
ステラはルーシーの提案を承諾した。といっても不安しか残らない。ステラの希望である大半が女性で構成された冒険者チームは風花の翡翠を抜けばそれほど大したことがないのだ。
ルーシーに合うまでに既に顔合わせで3チーム紹介があったが、魔法学校から出たばかりの女性たちが学生のノリでチームを組んでいたり、何故か支援職しか居ないチーム構成だったり、バイセクシャルのチームでステラが性的に見られたりとお世辞にも依頼したくないメンツ揃い。特に性的に見られるのがどうしても無理。
ということで、何とか風花の翡翠に依頼を受けてもらえないかと心では願っている。だがルーシーにその気はなく、お付きのジューンもルーシーの意見に同意し、進言も期待出来ない。
冒険者ギルドの奥の間から退出し、受付に歩き出す。トボトボと歩くステラの前でルーシーは不意に足を止めた。急に立ち止まったのに困惑しているとルーシーが口を開く。
「あら?あれは……」
ルーシーの視線を追った先に居たのは3人の冒険者。ルーシーはニコリと笑ってジューンを見る。
「ジューン」
「はい。適任かと……」
二言で済んだ会話に疑問を感じているとルーシーがステラに向き直る。
「あ、あの……」
「それなりの実力を持ち、素行の良い冒険者チーム。その上で価格は最安値。女性が大半というのは叶いませんが、これなら文句がないのでは?」
「そ、それってあちらの方々でしょうか?」
ルーシーは笑顔で頷いた後、声を張り上げた。
「レッド!」
「ん?あ、ルーシーさん。こんにちは」
「ルーシー=エイプリルか。こんなところで会えるとはな」
「ええ、ここで会うとは運が良いですわ。少しお話しいいかしら?」
「え?あ、はい。良いですよ」
ステラは恐る恐る冒険者たちを見渡す。見た感じ男2女1。もちろんここに居ないだけというのも考えられるが、男性ばかりだと万が一もあり得るので怖い印象を受ける。しかしステラの目は信じられないものを写していた。
「え?……え?うそ……ラ、ライトさん?」
冒険者ギルド1イケメンと名高い男が今目の前にいる。この事態にステラの頭は混乱した。最近ラッキーセブンの解散が取り沙汰されたが、ステラ調べではかなりの功績を残したはずである。その分価格も高くなりそうなものだが、いくら個人的に有名でも1からのスタートとなれば例外はないということなのだろうか。
ライトはステラの視線に気づき、ニコッと微笑んだ。昨今、男性に対して抱いた恐怖心が薄れてトキメキへと変わった。イケメンは女の子の荒んだ心を瞬時に癒す効果を持っているようだ。
ルーシーとの話し合いを快諾したレッドは、早速奥の間へと通されて話を聞く。ルーシーの提案は受付で仕事を探していたレッドたちには渡りに船だった。二つ返事で仕事を受けてルーシーとジューンは席を立つ。
「それではレッド、あなたにお任せしますわ。必ず送り届けなさい」
「あ、はい。任せてください」
レッドも見送るために席を立つと、ジューンが何を思ったのかレッドの両手をそっと包み込んだ。
「うわっ!?ちょっ……!」
突然のことに驚くレッドの声に、オリーがガタッと腰を浮かせたが、ジューンに敵意を感じなかったので待機を選択した。
「レッド様。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私はルーシーお嬢様のお付きのジューンと申します」
「え?あ、はい。知ってます」
「お嬢様をお救いいただいたことを心より感謝申し上げます。出来ますればまた後日、チーム総出であなた様を労いたいと考えております。お暇な時がございましたら日程を調整し、感謝と慰労、そして私たちのチームと今後とも仲良くしていただきたく懇親会を開きます。幹事はお任せください」
「えぇ?!そんな大したことじゃ……」
「何をおっしゃいますの。わたくしを救うなんてよっぽどの事ですのよ?まったく。謙遜されるとわたくしが惨めになりますわ。素直に感謝を受け取りなさい」
「そんな……ルーシーさんにそこまで言われると照れちゃうっていうか……正直あ、憧れていたのもあったんで嬉しいというか……」
「わたくしに?憧れを?……うふふっ、あなたにそんなことを言われるとなんだか心が救われますわ……またお会いする日を楽しみにしていますわ。レッド」
そう言って出て行くルーシーの頬はなんだかポッと赤くなっていたように思う。すっかり蚊帳の外になっていたステラだったが、ライトの側にいれてそれどころではなかったので気にしていない。奥の間には幸せが溢れていた。




