89、凱旋
女神討伐直後。
夜の闇が戻ったと同時に洞窟より姿を現した影があった。
『いったい……何が起こっているのじゃ……』
長い白髪と白いヒゲを蓄えた仙人のような老人は、フヨフヨと浮きながら恐る恐る辺りを見渡している。すぐ後ろに風の精霊王”風帝”フローラと土の精霊王”地帝”ヴォルケンが呆れ顔で洞窟から現れる。
『は?何を惚けとるのか……そんなの決まっとる。彼奴らがやりおったということよ。なぁヴォルケン!』
『そのようだ……ふぅ、我らが除け者とはな。まさか思ってもみなかったぞ』
老人は目を伏せて組んだ足を解く。スッと地面に降り立つとどこからか杖を取り出して体重を掛けた。
『そなたらの言、信じる他なかろう……女神を討伐し脅威を取り除いた事実を。これほどまでの偉業を成し遂げられる人間がこの世界にいるということをな。復活を未然に防げなかった時は流石に覚悟したが、もう迷うことはない。最後の脅威を取り除き、世界に平和をもたらそうではないか』
『おんやぁ?流石にボケたか。女神を討伐したというのに他に一体何が居るというのじゃ?』
『ふんっ……そなたらは知るまい。いや、知る由もないわな。世界には知らんで良いことがごまんとあるのじゃ。最大の懸念であった女神を討伐出来たのなら、あと2つくらいどうということもなかろう』
『2つ?2つもあるのか?!』
『うむ。1つは『乾きの獣』。もう1つは『獣の首輪』。この2つを討滅し、世界を本来の姿へと戻す。早速儂をレッドの元へと案内してくれ』
老人は曲がった腰に手を当てながらゆっくりと肩越しにフローラとヴォルケンを見た。その視線の鋭さたるや、ドラゴンにも引けを取らない。それほどまでの眼光を受けているというのに、2人は顔を見合わせて力なく首を振った。
『何っ?!ど、どういうつもりじゃ?儂の頼みを……!?』
『いや、その……』
『ああ。爺を連れて行くのは無理じゃ。無理無理』
『ええいっ!!またとないチャンスなのじゃぞっ!?世界を救いたいと思わんのか!!……あ、もしやそなたらその何某がどこに居るのか知らんのか?』
『確かにどこに居るか見当もつかんが、そういうことじゃない。第一、たとえ隠れていようが探す手はいくらでもある。それくらいは精霊王を名乗っていたのなら想像出来るだろ?ったく……夜明けが近い。このまま移動すれば確実に太陽の光を浴びるぞ。日の元を歩けるのか?』
『……あぁ……』
老人は杖を手放してフヨフヨ浮きながら洞窟に帰っていった。その背中を目で追っていたフローラは真っ先に宙に浮く。
『私はお日様とか関係ないから先に行かせてもらうぞ。ヴォルケンは後から爺を連れてこい』
『勝手なことを。面倒なことは全て俺か?』
『……聞こえとるぞー……』
『とにかくもう行くからの』
『あ!おい待て!』
フローラはヴォルケンの制止を無視して飛び去った。
*
女神討伐から無事帰還したレッドたちは一旦グルガンの領地へと戻る。デーモンたちに抜け出したことを詫びながら、最初に案内された豪勢な館へと戻り、たくさんの料理を振舞われることになった。
「さぁ!遠慮なく食べてくれ!」
グルガンの言葉にレッドは感謝を述べ、苦笑いを浮かべながら葡萄酒の注がれたグラスを手に取る。
「乾杯の前に一つだけ。レッド、オリー、そしてライト。我の我儘に付き合わせてしまったことを詫びさせてくれ。女神討伐を強行したことは本当にすまなかった」
「あ、あれは俺がすぐにも復活させたいって思っただけでグルガンさんのせいじゃ……」
「いや、復活を後押ししたのは我の責任。討伐に関してもレッドの力を借りざるを得なかった我の力の無さを嘆くのみである」
「そうか?あの魔剣の力は強大だった。本当に1人でも倒せそうな勢いだと思ったが?」
オリーの指摘にグルガンは自嘲気味に鼻を鳴らした。
「あの力は確かに強大だ。であるがゆえに周りを巻き込んでしまう。それに奴の力が未知数であった以上、1人で倒すことは困難であった。いや、それどころか我ら皇魔貴族だけでは倒しきれなかったことは明白。貴君らがいてこその勝利である」
「ふっ……たった1人だけでは手が足りない。それを補う力こそが俺たちのチームの力というわけだ」
ライトの言葉にレッドは感動を覚えた。泣きそうな目を伏せて「俺たちのチームの力……」と反芻するように呟いた。
「なるほど。となればこのチームをまとめ上げた功労者に乾杯を捧げるとしよう。……レッドに!!」
スッとグラスを前に掲げる。それを見てオリー、ライトも「レッドに!」とグラスを掲げた。壁際で見ていたデーモンと使用人たちにも笑顔が溢れる。それに対してレッドはガタッと立ち上がると万感の思いを込めてグラスを前に出した。
「ミルレースに!!」
一瞬間が空いた。まさかここでレッドが女神に乾杯を贈るとは思いも寄らない。目が点になる使用人たちを余所にレッドの顔は誇らしげだ。
そしてグルガンたちはレッドの気持ちを汲んで弔いの乾杯も捧げる。
「「「ミルレースに!」」」
全ての始まりは女神ミルレースの復活劇に他ならない。彼女が居なければレッドが奮い立つことは無かったのだから、チーム結成の功労者は間違いなくミルレースだ。
レッドは満足して酒を呷る。代謝が良すぎて酔うことは出来ないが、雰囲気作りに酒を飲むのは悪くない。
美食に舌を打ちつつミルレースを想う。楽しかった思い出を胸に秘め、レッドはお腹いっぱいになるまで食事を堪能した。




