81、言いたい放題
ミルレースの命令で金属の巨獣が動き出す。見ただけで強力なことがよく分かる風貌。グルガンはチラリとレッドたちを肩越しに見た。
かつての仲間たちがここに居たら女神の重圧で寝っ転がっていただろう。レッドはもはや言うまでもない。オリーは火竜王ウルレイシアの創作物であるため、伯爵に匹敵する力を持つことは容易に理解出来る。不思議なのはライトの存在だ。ライト=クローラーはそこまで強くなかったように記憶していたが、子爵や男爵が平伏している中にあって普通に立っている。ともすれば剣を抜いてレッドと戦う気でいる。
ここに立つのは上澄みなどという言葉で言い表せる者たちでは無い。女神に抗う術を持つ刺客。もし適切な言葉があるとすればそれは多分『神殺し』である。
(随分とレベルの高い話だ……)
グルガンは不思議に思う。永久に封印すべき存在を解き放ち、恐怖の呪縛と重圧に堪え、能力の一端である金属の巨獣を前にして、焦りが消えつつある。形はどうあれここに居る全員が戦う覚悟を決めたからだろう。一致団結が心に余裕を生んだのだ。
「レッド。戦車は我らが何とかしよう。貴君にはミルレースを任せたい」
「え?で、でも……」
「勝手に決めるなグルガン。レッドに全てを押し付けるつもりか?私がそんなこと許さない」
「オリー=ハルコン。心配する気持ちは分かるが実力を考えろ。我らにとってはあの怪物が巨大な壁だ。あの壁を無視して飛び越せるのはレッドだけだ。レッドならミルレースを抑えられる」
「オリーさん。悔しいがその通りだ。俺たちがあれを何とかすれば、すぐにも加勢出来るんだ。あれを放置する方が不味い」
オロオロするレッドを見て確かにその通りだと頷く。オリーはレッドに頭を下げた。
「あ……はい」
レッドは全員で抑え込むことを考えていたため少々裏切られた気持ちになるが、言い争っている暇などないと感じ、戦車を無視する方向で決着した。
「あらあら。私の攻撃手段が戦車しかないとお思いですか?うふふっ……それではもう少し力をお見せしましょう」
ミルレースは杖をクルッと回し、天高く振りかざす。
「塔」
ゴバァッ
地を割ってミルレースの背後から現れたのは石造りの天を衝く塔。現れたと同時に塔の出入り口や窓などのありとあらゆる穴から瘴気が噴き出している。毒の瘴気は雷撃をまとって辺りに漂う。移動などの動きを阻害し、じわじわと破滅させようとしている。言うなれば範囲弱体化。さらに「悪魔」と続けて杖を振ると、塔からヌゥッと奇怪な生物が顔を覗かせる。それも無数に。
「チッ……遊ぶつもりはないか」
「いや、まだ遊んでいる。こちらは初めから全力、だがあちらはまだ全部を使用していない。レッドがミルレースを追い詰めることが出来たなら……今度こそ抗えぬ死を見せつけられるであろうな」
金属の巨獣、災厄を振りまく塔、悪魔。次、その次、またその次を見据えるグルガンの目にも捉えきれぬ未知の領域。歴史書に記されていた女神の様相とはまるで違う。今思えばあの書き筋は作者自らが体験したものではなく、又聞きによるそれらしい文献だったのではないかと邪推してしまう。
ミルレースは武器を構えるライトたちを見据え、冷ややかな視線をレッドに向ける。
「無限に湧き出る災厄。あなたは仲間を守りきることが出来ますか?」
「災厄って……そんなもんを操ってるなんて、やっぱりお前邪神だったのかよぉ……せっかく俺が……期待してたってのにさぁ……」
レッドは戦車に向かって歩く。戦車は近付くレッドにサーベルを振るう。目の前まで迫る刃。
ゴゥッ
豪快な素振り。サーベルはレッドに当たることはなくレッドは戦車の真下を歩く。下半身である馬の腹の辺りに赤い光があり、真下にも目があることを初めて知ったレッドは(あ、これ踏まれるかも)と思ったが、今更進路を変えたところで無駄だと悟り直進する。だが戦車はジタバタすることなくレッドが踏まれることはなかった。
「仲間を守る気がないのですか?薄情ですね……いや、覚悟の上というわけですか」
「あ、えっと……そ、そうだ。俺に出来ることは限られてるからな。お前が出した奴ら全部強そうだし……みんながミルレースを俺に任せるというなら俺が何とかする。それが復活を手伝った俺の役目だ」
「言われたからやる。みんながやるからやる。丸め込まれ、渋々同調し、理解もしていないくせに行動する。あなたはいつもそうでしたね。……ただ1つだけ一貫していることがありました。それが仲間を守るというものです。それを曲げるならば、もうあなたとは言えません。その上で聞きますよレッド=カーマイン。あなたがやるべきことは一体何なのですか?」
ミルレースはレッドが慌てふためく姿を連想する。ここまで言われた時、レッドは自分の無知と羞恥心から白痴のごとく棒立ちとなり、ブツブツ言い訳を呟きながら現実逃避を始める。今までレッドと旅をしてきて何度となく見た光景だ。あまりにあんまりなことをぶつけられれば逃げ出すこともあった。
復活までの間はヘソを曲げられても面倒なので、赤子をあやすようにレッドを慎重に扱ってきたつもりだ。だからこそ言いたいことはたくさんあった。受肉した今、レッドに頼ることはもうない。ここで言いたい放題ぶつけることが出来るのは内心相当気持ちが良かった。
「……ああ、そうか……俺はお前にそんなに我慢させていたのか……」
レッドの言葉に不意にミルレースも目を見開いた。いつもなら泣きながら惚けたことを抜かす男がここにきて見透かしたようなことを呟いた。




