80、女神復活
永遠に輝き続けるかと思われた光の柱はその勢いを弱め、ようやく視認出来るまでになった。光の中にあるはずの女神の欠片は消え去り、代わりに美しい女性がそこに居た。
ブロンドのウェーブ掛かった髪は腰を覆うほど長く、日に焼けたことがないだろう肌はシルクのように滑らかで白い。ヒラヒラのドレスは繋ぎ目が一つもなく、サイズも身体に沿って張り付くようにピッタリだ。
装飾は簡素なもので、頭を飾るサークレット。耳を飾る小粒のピアスに首元に光る何かのシンボルを模ったネックレス。
閉じていた目をゆっくりと開けば、まつ毛が長い大きい目にサファイア色の瞳。かと思えば片方はルビーのように真っ赤なオッドアイ。
この姿形は女神ミルレースで間違いないが、決定的に違うのは肉体が存在することだ。欠片がある程度揃ったところでミルレースは受肉した。
「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁっ」
鼻で息を吸い、肺に溜め込んだ空気を一気に吐き出す。手を握っては開いて、足首を回してみる。風を感じながら首を回し、感覚を研ぎ澄ませる。下で消滅を免れた魔族たちの視線を感じる。耳をすませば緊張している心臓の音まで聞こえた。嗅覚も鋭敏になって様々な匂いを感じられる。
「ああ〜っくっさぁっ……でも、懐かしい」
感慨に浸るミルレースにレッドの声が響く。
「おーいっ!!ミルレース!!降りてこいよ!!」
「ああ、レッド。いいえ。まだ終わってませんよ」
「……えぇ?!なんか言ったぁ?!」
レッドには口がパクパク動いているだけしか見えない。再度質問するか迷っていると、ミルレースは言葉の代わりに手を突き出した。何かを探るように指先を動かすミルレースの口角がニヤリと上に上がった。
「あはぁっ!見つけたぁっ!」
ミルレースが両手を左右に広げると、バリッという布を破くような音と共に空間が裂けた。その様子を見て緊張が走る。すぐさま駆けつけたグルガンが上空を見上げながら目を見開いた。
「”異空間への扉”を……突破するのか……!?」
ミルレース最後のピース。力の結晶。完全体となるべく手にしたそれは、外に出すだけで不可視の重圧が襲う。ミルレースがその欠片を体に取り込んだ瞬間、さらなる重圧がズシリとのし掛かる。魔族たちもあまりの重圧に跪いた。立っているのは一部の強者だけ。
女神は自分の力が戻るのを感じる。あの時のまま。最高で最強の力。これこそが本当の復活だ。
女神は地面に降り立つ。レッドの願いを聞き入れるようにゆっくりと。
「……お待たせいたしました。やっと……やっと復活が叶いました。レッド。あなたのお陰です」
「いやそんな……というか全然変わらないんだな。見た目とか雰囲気とかさ」
レッドはミルレースの全身を見ながら意外そうに呟いた。それを聞いていたオリーとライトが瞬時に否定する。
「全然違うぞレッド」
「ああ、その通り。邪悪な気だ……これほどの悪意を俺は感じたことがない」
「へ?」
「無礼極まりないですね。最近入ってきたくせに全てを看破しているような口ぶり。ライト=クローラー。私はあなたが嫌いです」
「……俺も貴様が嫌いだ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよライトさん。ミルレースですよ?ほ、ほら、あいつちょっと子どもみたいなとこがあるじゃないですか。嫌なこと言われたらそいつのことをすぐ嫌う癖があるっていうか……」
レッドはミルレースを擁護しようとするが、それに被せるようにグルガンがライトの真横に並び立つ。
「まさかエニグマに干渉できるとは思ってもみなかったぞミルレース」
「当然です。私の能力はあなた方のそれとはレベルが違うんですよ。私の”理”は無敵です」
ミルレースは踏ん反り返って鼻高々に自慢する。グルガンは見聞きした中での一番近いものを持ってこようとするも、アルカナの情報に関しては当てはまりそうなものが浮かんでこない。
(アルカナだと?女神の力に関しては大雑把に書いているだけで名前などは歴史書にも載っていない……エニグマに干渉したのがアルカナの力ならば、恐らく書いてあること以上の隠された能力があるに違いない)
「無敵……え?でも封印されたよね?」
「レッドは余計な口を挟まないで。……ふふっ、ようやく復活出来たのですから祝杯を上げましょう」
「あ、賛成!やっぱりミルレースも腹は減るんだな。よーし!それじゃ街までしゅっぱぁーつ!」
「うふふっ……皇魔貴族の血でね」
「……ん?」
突然何を言い出したのか分からなかったレッドは左手を上に掲げたままピタリと止まった。ミルレースは「ワンド」と言って宙空から杖を取り出す。白金と金で装飾された美しい杖。懐かしそうに撫でた後、杖をレッドたちに向けた。
「戦車」
──ゴゥンッ
ミルレースの背後に突如として霧が発生する。全くと言っていいほど先の見えない雲にまで届きそうなほど立ち上る濃霧から、赤い目のような光が何かの起動音と共に輝き、ぎょろぎょろと左右に動いたかと思うと姿を現した。
ミルレースを跨いで前に出たのは金属のケンタウロス。フルプレートのように無骨な鎧、両手に馬鹿でかいサーベルを持ち、肩付近から生えた手はハルバートを持っている。脇の付近には砲塔が生え、下半身は馬の脚に隙間なく鎧を着けた完全防備。20mは下らない巨躯をレッドたちに見せ付ける。
「な、なんだ?あの化け物は……」
子爵や男爵は驚愕と恐怖と重圧によって身動きが取れない状態となっている。戦車に睨まれた彼らは殺意を一身に受け、死が間近に迫っていることを悟る。
逃げなければ確実に死ぬ。だが足がすくんで逃げられない。そもそも重圧で思うように動けない。それら全ての融合が気絶しそうなほどの恐怖を生み出している。
「レッド、オリー、あとそこのおまけ。安心してください。これはあなた方には一切危害を加えません。怪我をするのは皇魔貴族だけですので」
「その中には我も入っているということか?」
「ええ、あなたも皇魔貴族でしょう?レッドに加担した理由は私の討伐のため。そんな輩を野放しにしておくほど私は寛容ではありませんから」
グルガンは鼻で笑ったが、内心は冷や汗をかくほど焦っている。戦車の能力が未知数であることもそうだが、この化け物だけに集中することは出来ない。本体であるミルレースを倒さない限り、この手の化け物が延々繰り出されることは間違い無いのだから。
「あ、はいっ!はい!ミルレース!」
「はぁ……もう、なんですかレッド?」
「それはダメだよ。グルガンさんは俺たちのチームメンバーだ。仲間を傷つけるのは許さないぞ」
「ふむ……その獅子頭の魔族の家系は仲間を盾にすることを厭わず、チクチクと鬱陶しい戦い方をしてきたのを思い出します。そんな奴を仲間に入れておくと面倒ごとが増えるだけですよ?」
「先祖は先祖、この人はこの人だろ?」
「血族というのはよく似てますよ。全く違う過程で育とうとも性格や素行は遺伝子に組み込まれています。いざという時に裏切るのは目に見えています。私が今ここであなたたちの今後の苦労を摘み取ってあげようとしているのが分かりませんか?」
「んー……俺にはよく分かんないけど、起こってもいないことを言われてもしょうがないっていうか……とにかくその危ないのを仕舞ってくれないか?ちょっと話し合おう」
「レッドはお優しいですね。お人好しが過ぎますよ?やはりこの私がなんとかするしか無いですね……」
ミルレースは杖を振りかざす。戦車は煌々と目を光らせ、キュイーンという起動音を鳴らして歩き出す。如何あっても止まることのない暴力の化身にレッドは剣を構えた。その様子にミルレースは眉をしかめる。
「レッド?私も……仲間ですよね?」
「ああ、そうだ。だから戦いたくない……けど」
「そうですか……悲しいことです。ならば容赦しません。全員轢き潰しなさい戦車」
レッドはグルガンのためにミルレースに戦いを挑む。
ミルレースもその覚悟を汲み取り、レッドを敵と定めた。
仲間として旅をしてきた仲間であったはずの両者。どちらも譲れぬ意地がある。




