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79、畏怖と狂喜

 光の柱が立ち昇る少し前。エデン正教の教会の一室の扉が開かれた。


「……とうとう女神教を滅ぼすのか?ヘクター」


 背後からの問いに振り向くヘクター。そこにズラリと並んだ5人の荘厳な戦士たち。煌びやかな鎧には聖なる加護が付与され、確かな実力を醸し出す。


 純白なフルプレートに身を包んだ精悍な顔立ち。肩幅が広く、筋肉質な男性。ヒューマン、ライオット=フーバー。

 線の細い身体、面長で狐のような細い目が特徴的な男性。軽装鎧を装着し、レイピアを()軽戦士(フェンサー)。ヒューマン、レイン=トルーマン。

 子どものように小さな身長。垂れたウサギのようなふわふわの耳。丸っこい顔は年齢よりも数十歳幼く見える。女児に樽のようなガチガチの鎧を着せた重戦士(ヘビーファイター)。ドワーフ、クリスティン=パウロ。

 目鼻立ちのハッキリとした彫りの深い顔立ち。手足が長く、鋼の如き肉体を鎧の下に隠す男性。尖った耳が特徴的な戦士(ウォリアー)。ハーフエルフ、ブルック=フォン=マキシマ。


 彼らはヘクターの冒険者チーム"シルバーバレット"の面々ではない。彼らはエデン正教が誇る最高の武力。神のためなら命を惜しまない最強の信徒。与られた称号は聖騎士(パラディン)。ヘクターが枢機卿(カーディナル)より任されたエデン正教の最後の切り札たち。


「当たらずとも遠からずってところ〜?」

「相も変わらずテキトーな返しだな。そのレッド=カーマインってのは女神教ではないのか?」

「違うね〜。だってただの冒険者だし」

「わっかんないなぁ。ただの冒険者を倒すのにウチらを集める理由ある?全員召集とか人のこと考えなさすぎ」

「ま、急だったからね〜。でも任務なんだから諦めてね〜」


 聖騎士(パラディン)のリーダーにヘクターを据えた理由は、聖騎士(パラディン)の中で最も正教に貢献しているためである。


「女神復活の阻止が主力(メイン)ということだったが、本当に女神が居るのか?話を聞く限りではある程度真実だと譲歩してだ。既に儀式なるものが始まっていれば復活の阻止は不可能。いっそ好きなようにやらせれば諦めが付くと考えるがね」


 ライオットはため息交じりに肩を竦めた。その口調からは女神のことを一切信じておらず、女神教の儀式など『どうせ失敗する』『何も出てくることはない』と物語っている。

 それを聞き、レインが細い目をさらに細めながら、腰に()いたレイピアをイジる。


「問題なのは最高神エデンに背く邪教の存在だぜ。レッド=カーマインなどという冒険者ギルドに入り込んだ邪教徒を始末し、女神教を潰してしまってはどうだ?」

「苛烈だよねレインは。ガリガリの癖にさ」

「関係ないだろ……」

「ふへへっこの前聞いたよ?ちっちゃい時にいじめられたんだって?すごいじゃーん。いじめっ子を見返したわけだー」

「……殴るぞクリス」

「仲間割れはよせ。どの道我々全員が召集されたということはレインの言う通り、女神教は近々消えて貰う必要はありそうだが……」


 ブルックはしかめっ面で真正面を睨みつける。ヘクターは仲間たちが久々に会えた懐かしさやじゃれ合いの会話が終わった頃に口を開いた。


「……レッド=カーマインは女神教とは一切関係がないよ」


 いつもの間延びした口調を改めるヘクターに全員が背筋を伸ばした。


「彼はあのビフレストから追放された男だと言えば話が早いと思う。ただ噂通りの弱者ではなかったようでね。もしかしたらあのニール=ロンブルスを超える逸材の可能性もある」

「えぇ〜?うそだ〜っ」

「思い込みを払拭するのは難しいね。でもね、最近魔族が冒険者を誘拐する事件が起こったんだ。相手は『皇魔貴族』を名乗る魔族集団。ニール=ロンブルス率いるホープ・アライアンスが解決に乗り出すも、解決したのはレッド=カーマインだった」

「……それで?」

「これは僕ら以外の口外禁止ね。覚悟して聞いてくれる?遠い昔、エデン正教は皇魔貴族に平伏していた歴史があるんだって。魔族が強すぎるがゆえに戦うことを避け、静かに嵐が過ぎるのを待っていたそうだよ。無論、そのおかげで人族は今の世まで生き延びることが出来ているんだけどね」

「「!?」」

「へぇ〜!マジィ?!それって……奴隷ってことぉ?!」

「ほう、そうか。初めて知ったよ」

「君は驚かないのかい?」

「昔は昔、今は今だ。日々進化する力、技、(すべ)。昔の人間よりも遥かに強い自負がある」

「さっすが聖騎士(パラディン)最強の男だね〜。君には期待しているよブルック〜」


 ヘクターの間延びした声に対し、眉間にしわを寄せた。


「貴様のそれは嫌味にしか聞こえん……私が言いたかったのは何も自分だけが強いということではなく、今この時にも新たな力が誕生し、次世代に貢献するものたちが増え続けているということだ。ライオット、レイン、クリスティン、そしてヘクター。聖騎士(パラディン)を賜りし我ら5人が結集すれば、皇魔貴族にある程度の戦果を見込めるということだ」

「確かに昔と今では戦力に大きな違いがあるだろうけど、それは相手だって同じことだとは思わないのかい?」

「思わんな。今回のターゲットであるレッド=カーマイン。かのニール=ロンブルスを超える力を持っていたとして、一個人が皇魔貴族を出し抜いた事実。これだけで説得力が増しただろう?」


 状況だけを抜き出せばその通りだ。一冒険者に出来たのなら、最高戦力と認められた聖騎士(パラディン)に出来ぬことはない。一夜の内に壊滅させることも夢ではない。


「あ〜ごめん。言い忘れてたんだけど、僕が特別チームに参加して戦ったハウザーも皇魔貴族の1人なんだ。冒険者チームが4組とディロン1人の参加。僕から見てもあの時はギルド最強のメンバー構成で戦ったと自負しているけど、奴には服を汚したくらいでかすり傷一つ負わせられなかったよ」


 ヘクターは当時を振り返り、苦虫を噛み潰したような顔でブルックに申し訳なさそうに話す。その返答にレインが噛み付く。


「そのハウザーって奴は上から数えた方が早い奴だろ。そいつが強いのは分かったが、レッド=カーマインが個人で何とか出来たというなら他はそうでも無いってことの裏返しじゃないか?俺たちでも対処可能ってことが証明されたな」

「なぁるほどぉっ!さっすがレインね!ぜーんぶ憶測っ!」

「……あ?」

「クリス。そこまでにしときなよ。喧嘩だけはしないようにね」


 クリスティンとレインの間でギスギスとした空気にヘクターは釘を刺す。


「ところでヘクター。レッド=カーマインは何処にいるかの見当はついているのか?」

「現在捜索中です。なにせ"花の宮"以降、魔族について行ったという話でしたから。街に戻ってないんですよねぇ……」

「それはまさか……」


 ライオットが言い掛けたその時、窓から光が差し込んだ。何が起こったのか驚いて全員が武器を瞬時に構えた。何らかの攻撃を疑い、レインが窓からチラリと外を確認する。


「な……なんだこれは……!?」


 空が明るい。すっかり日が沈んだはずの空が強大な光に照らされている。異様だったのは空が青でも赤でもなく真っ白だったことだ。原始の光よりも眩いその光は。全ての生物にこの世の終わりを連想させた。


 ──……ォ……ォオオンッ


 それと同時に心胆を震わせる衝撃波が街を襲う。地震のように揺れる建造物。窓の側にいたレインに割れた窓ガラスが降り注いだ。怪我をすることはなかったが、あまりの事態に後退りしながらレインは仲間たちを見渡した。


「お、おい……これは一体どういう……」


 ズンッ


 急に体が重い。この感覚を形容するなら限界まで運動をして体を酷使した時の疲れに似ている。今すぐにでも床に寝そべってしまいたくなるような筋肉の強張り。この部屋に居た5人全員が跪く。倒れるのだけは耐える。それと同時に肌が泡立つような恐怖が湧き上がる。動悸が激しく、息もし辛い。脂汗が吹き出て床にポタリと落ちた時、ヘクターが声を出した。


「め……女神……多分女神が……復活したんだ……!!」


 ヘクターの言葉にライオットが反応する。


「これは……前にも同じような気を感じたことがある……!まさかあれは……ぐっ……女神復活の……予兆だったとでもいうのか!?」

「ちょっ……立てないんだけど……!?これがもし女神……だとして……こんなのどうやって戦えってのよ!!」


 クリスティンは今までにない圧倒的な力の差に怯え、叫ぶことしか出来ない。そんな中、ブルックはいの一番に立ち上がる。


「これが神か……」


 戦う気力すら削がれる力の奔流、恐怖の化身。ブルックはその力に崇拝の念を抱いていた。信じる神はエデンであるが、絶対の力は宗派を飛び越える。世界が危機に瀕しているというのに感動が先立つのは神の存在を近くに感じるからだろうか。

 願わくば女神同様にエデンが顕現し、世界のために戦ってくれることを心より祈る。実に自分勝手な意見だが、そうでなければ女神教こそが……邪教の信徒が報われてしまう。

 それだけは許せない。神はこの世に1柱のみなのだから。



「はーっはっはっはっ!!女神様が復活された!!」


 女神教の幹部は本部から飛び去った欠片の行方を捜索しようと考えた矢先、光の柱が立ち上り空が明るくなったことで喜悦を滲ませた。


「来るぞ!我らの時代が!!」

「ご神体が飛び去った時は肝が冷えたが、ようやく成就するのだな!次の勇者を製作する必要はもう無いのだな!!」

「無いっ!!今より我らが頂点だ!!」


 天高く手を広げ、女神教はミルレースを讃える。

 長き時を経て、ようやくこの時がやってきた。世界の終わりを連想させる真っ白に輝く空を、救済の光、もしくは壇上に降り注ぐスポットライトの光のように感じていた。

 様々な理由で見放された女神教の信徒は涙を流して感謝する。『これで世間を見返せる』『一発逆転が成った』など、神の力を笠に着た出涸らしと無能の集まり。女神教の信徒にとっては世界がどうなろうと知ったことでは無い。

 己こそが全てであり、己こそが主役なのだ。

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