76、怒髪衝天
グルガンは怒りに満ちていた。
久しぶりに帰郷し、家族との幸せな団欒を過ごしている最中に起こった侵入劇。大切なひと時の邪魔をした侵入者を許しては置けない。至って冷静に対処したいところだが、どうしても早足で歩いてしまう。逸る気持ちを抑え切れず最下層にさっさとたどり着き、玉座の間への扉を開け放った。
「おやぁっグルガン様!早かったですねぇ!」
「何のつもりだベルギルツ!!我が城に勝手に入るなど許されざる行為だ!!その汚い尻を玉座から退けろ!!」
玉座に座って調子に乗るベルギルツにグルガンは牙を剥き出しにして叫ぶ。ベルギルツは含み笑いでくつくつと笑い、素直に立ち上がった。
「私はねグルガン様。非常に納得のいかないことが起こりすぎていて極度のストレスを抱えておりまして、このくらいの非礼はお許しいただきたく思っております」
「吐かせっ!もう貴公の発言など聞きたくもない!とっとと出て行かぬなら実力行使を取らせてもらうぞ!!」
「私が何の考えもなくこのような行いに走ると本気でお思いですか?……そう目くじらを立てずにお聞きください。すぐに済みますとも」
玉座に上がる階段を1段1段ゆっくり降りるベルギルツ。距離が縮まる度にグルガンは臨戦態勢となっていくが、その殺気を見ないふりでもしているのか、ベルギルツは一切無視して歩みを止めることはない。
「いくら考えても女神復活はあり得ないことだと私たちは考えているのです。あの時は気の迷いで交換条件を出しましたが、やはり反故にすべきだと判断を下しました。なので勝手ながらここに侵入し、女神の欠片を強奪しようと考えたのですが、何とも素晴らしいことにあれだけ多くの欠片がどこを探しても見当たらないのですよ。よくも完璧に隠し通せたものです。お手上げですので、あなたの帰りをここで待たせてもらいました」
「……なるほど。よくもぬけぬけとそこまで正直に話せたものだな。どいつもこいつもこの阿呆の口車に乗せられたマヌケどもと言うことか」
ギロリと周辺を見渡すと、上手くカモフラージュされた他の皇魔貴族が姿を現した。
「ベルギルツ殿!せっかく隠れていたのに何を言っているのですか!?完全に優位性が失われましたぞ!」
「いや、グルガン殿は最初から気付いている。ベルギルツ殿が口を滑らさずとも背後を取っていれば首が飛んでいたであろうな」
男爵と子爵の姿がグルガンを囲んで殺気立っている。ベルギルツは肩を竦ませて余裕綽々に言い放つ。
「正面切って戦えば私たちは負けるでしょうが、こうして囲んでしまえば猛獣の相手でも容易いもの。魔力の総量や腕力一辺倒では勝てぬ世界を学んでいただきましょう。さぁ少々脅し文句を使わせていただきますが、殺されたくなければ女神の欠片をこちらに渡してもらいましょうか?」
「その小さな脳みそではそれが限界だなベルギルツ。レッド=カーマインとの戦いから何も学んでいないと見える。力が全てではない。納得させる知力もまた力なのだ。こうして囲んで我を脅したところで欠片が出てくると思うか?貴公らが陳謝し罰を受けるか、実力行使に出て一戦交えるか。どちらか選ぶが良い」
「ふはははっ!!」
ベルギルツは高らかに笑う。グルガンが訝しそうに眉をひそめたところで得意げに話し始めた。
「実は私はあなたが思っても見ないところで監視の目を光らせておりましてなぁ、ある地点でいつも見失っていることに気付き、最近まで調査していたのですよ。私が向かわせた者共がすでに結界の突破を試みていることでしょう。あなたのひた隠す弱みへの結界をねぇ!……言ったでしょう?私はあなたを見ていますとね」
その瞬間にグルガンの目がカッと見開く。
「そう来たか……そこに踏み入るならば命はないと思え」
「これは良い!グルガン様が狼狽するほどの何かがそこにはあるということですね?!いやぁ楽しみですねぇ!……どうでしょうグルガン様。ここはひとつ私の脅しに屈してみませんか?悪いようには致しません。今ここで、私たちに欠片をお渡しください。ひとつだけでも結構です。そうすれば今来た道を引き返し、大切なものを守ることが出来ます。さぁ!」
ベルギルツの広げた手に対し、グルガンはスッと指を1本立てた。そして次の瞬間、ボッと空気を切り裂く音と共に見えなくなるほどの速度で腕を振り抜いた。
ビキィッ
ベルギルツの陶器のようなツルツルで白い仮面に蜘蛛の巣のようなヒビが走る。あまりの威力に頭は仰け反り、足は背後にたたらを踏んだ。
「グルガン!貴様!!」
周りの男爵たちが熱り立つが、ベルギルツが高らかに笑った。
「はーっはっはっはっ!!よろしいよろしい!!戦争ですねぇ!!こうなったらあなたの大切なものをすべて粉々にして……!!」
「黙れベルギルツ。もう愛想が尽きたわ。貴公らも覚悟しておけよ」
「覚悟するのは貴様の方だ!!この包囲を抜けられると思うのか!!」
「……我はフィニアスにすら話していないことがある。例えば……ある地点からある地点までをひと息で移動可能であるとかな」
グルガンの言葉の意味を理解出来たのは、目の前から瞬時に消えたのを確認した直後だった。
「瞬間移動だと?!馬鹿な!!」
「こんな……!あり得ん!?」
全員が狼狽える中、ベルギルツは腕を上げて雲を掴むような動きをしながら「待てぇぇぇっ!!」と声を張り上げた。瞬間移動などというふざけた力を目の当たりにし、何も出来ない悔しさから出たのは虚空を掴むという意味のないポーズだった。
ガチャッ
ベルギルツの願いが通じたのか、扉が開け放たれた。グルガンの背後を取っていた男爵は振り向きざまに飛び退く。誰が来たのか目を凝らすと、赤髪の男の姿があった。男爵と目があった男は小さくぺこりと頭を下げた。
「あ、えっと……ど、どうも〜。グルガンさんはいますか?」
忘れもしないその顔はレッド=カーマイン。レッドを認識した皇魔貴族の面々は背筋を凍らせた。




