72、共有感
魔導国ロードオブ・ザ・ケイン、ギルド会館前。ニール=ロンブルス率いるホープ・アライアンスの主要人物がワラワラと集まっていた。
「お、おい、ニール……あれ……」
ジンはギルド会館を目指してやってくる冒険者に目が釘付けとなっていた。それを見た他の面々も驚愕から目を開く。
「……え?ルーシー?」
プリシラが口にしたのは疲れた表情で歩くルーシーの姿だった。
「いや待ってください。あれはシルニカさんもいますね……」
ローランドの指摘する通り、今回の人質事件の被害者であるルーシー=エイプリルとシルニカが魔導国に2人揃って戻ってきた。
「これは一体どういう状況なのかな〜?」
ヘクターはいつもの薄ら笑いを浮かべながらニールを見た。ニールはそんな視線に顔を左右に振って理解不能であることを示す。これには人族の長役を務めるはずだったエデン正教の司教もキョトンとしている。
「ニール殿……これは一体どういうことかね?これでは私の立場というものが……」
「すまない。僕にも何が何だか……」
「お嬢っ!!」
「ルーシー様っ!!」
2人に気づいたチームメイトが一斉に駆け出す。ルーシーもシルニカもそれに気づいたのか、嬉しそうに小走りで仲間に近付く。あっという間に囲まれた2人はみんなと解放された喜びを分かち合う。
「お怪我はございませんか?!ああ、侍女たる私が側に居ながら何という失態を……」
「わたくしたちは何ともありません。安心してくださいまし」
「さっすがルーシー様!自力で脱出されるなんてお見事です!!」
「お嬢の雷撃魔法が効いたんだろうぜ!」
「2人がタッグを組んで魔族の牢獄から脱出?!早速吟遊詩人に話を売って歌わせましょうぜ!良いしのぎの匂いがしまさぁ!」
「気が早ぇってのっ!まずは話を聞いてからだ!!」
「じゃ飲みに行こうぜ!」
「賛成!賛成!行こ行こ!!」
わいわい言いながら楽しげな声が辺りに響く。ニールは慌てるように「待て待て!」と呼び止めた。
「まずはギルドに……いや、僕に話をしてくれないか?何があったのか覚えている限りで事細かにお願いするよ」
「えぇ?なんて言ったらいいのかなぁ……説明が難しいんだけど、あんたならメチャメチャ分かることだと思うなぁ」
「まぁ確かにその通りですね。ビフレストの方々ならば……あの複雑怪奇な状況を説明出来るやも知れませんわね」
シルニカとルーシーが困り顔でお互いに視線を交わしている。この如何ともしがたい顔には見覚えがあった。必死に否定しようにもその人物は魔族から唯一名指しで指名されていたことを思い出し、ニールはため息交じりにその名を口にした。
「レッドか……」
後から追い付いたビフレストメンバーもニールの呟きを聞いて理解を示した。そのレッドの秘密に触れてしまった人間に共通する何とも言い難い共有感は、言葉にすることが難しい。
「……それで?件の彼は今何処にいるのかな?」
神妙な顔で俯くニールたちを見回しながらヘクターは質問する。名前を聞いたエデン正教の司教も熱り立った。
「そうだ!勝手なことをしよって!私の面目が立たないじゃないか!!」
「言ってる場合じゃないみたいよ〜?ルーシー、君は聞いてないのか〜い?」
「そうですわね……獅子頭の魔族についていきましたわ。何でもその方の領地に案内したいとかで……」
「……獅子頭?」
「ええ。とりあえず移動しませんこと?こんな往来で話すようなことではないように思えますので……」
「そうだよ!私お腹空いちゃった。覚えてること話すからご飯奢ってよね!」
シルニカの提案で食堂に移動することになったホープ・アライアンス。人質救出の特別任務は立ち上がったと同時に消滅し、何事もなかったように日常が戻ったのだった。
*
『……ならぁんっ!!』
ゴゴゴゴゴ……
地面が慟哭するほどの咆吼。洞窟の奥より聞こえたその声は山をも崩しかねない勢いだった。
『煩いのぅ……何をそんなにピーピーギャーギャーと……』
風帝フローラは迷惑そうに耳を防ぎながら文句を垂れる。ここは地帝ヴォルケンの住む山の一つであり、先代の地帝の隠居先でもある。
先代の姿は仙人を絵に描いたような老人だ。伸ばし放題の髪と髭を丁寧に解きほぐして整え、目を隠すほどの眉毛まで綺麗に櫛を入れている。まるで生きている年数を誇っているようにも見える長い髪の毛や髭は地面に立てば引きずるほどである。魔法使いのローブのような衣装を身にまとい、座禅を組んで浮いている姿は、ある種の神や仏のように見えなくもない。
そんな先代と共に住むヴォルケンはフローラの来訪に気付き、一緒になって報告を聞いていたが、今まで一度も聞いたことのない先代の怒鳴り声にただただ驚いていた。
『先代がここまで取り乱すとは……女神ミルレースとはそんなにも危険な存在なのか?』
『ふぅう……危険などという話では最早ない。この世界の根幹を揺るがす大災害に他ならん。そのレッド=カーマインとやらにはすぐにも止めるように通告せよ。無理ならば……殺すしかない』
覚悟を決めたような顔をする先代に2人は苦笑する。
『それは……無理じゃないかのぅ?』
『ああ、無理な話だ』
『ヴォルケンも知っておったか。あやつを……』
『?……何を言うておる?もしやそなたらは既に懐柔されたとでも言うのか?!』
『違わい。そんな内面的な部分じゃないわ』
『俺は先に殺す気で戦ったが、あの男には傷1つ与えることが出来なかった。かすり傷1つな』
『はぁ〜……あれと戦ったんかえ?よくぞ無事に生きて戻ったもんじゃ』
フローラとヴォルケンの間にもまた、知ってしまった共有感があった。話についていけない先代は疑問符を浮かべながら2人を交互に見やる。その顔には達観というなの諦めがにじみ出ていた。
『元素を司る精霊の王が人間ごときに何ちゅう顔をしておるのじゃ!……思えば炎帝も倒れたそうじゃな。おぬしらに託したのは間違いじゃったか?』
『そこまで言うのなら、一度レッドに会ってみてはどうか?』
『そうじゃそうじゃ。会えば見方も変わるっちゅうもんじゃ』
『どうしたって女神復活を否定するのは一緒じゃ。とはいえ、おぬしらに期待出来ん以上は儂が出るしかあるまいて』
先代はフヨフヨと飛びながら洞窟の出入口へと向かう。しかし外へと出る瞬間に先代は急に苦しみ始めた。
『ぐあぁぁああっ……!!』
尋常ではない苦しみ方をする先代。腕が千切れ飛んだかのような苦しむ姿にフローラとヴォルケンは呆れた。
『また始まったか……』
『爺の陽光嫌いは相当なものじゃなぁ』
先代は長らく洞窟にこもっていたせいで強い光に弱くなってしまった。昔は地帝として鳴らした精霊も歳を取った。
『だ、駄目じゃっ!!ここから先は難しいっ!!夜っ!!夜に出ようっ!!』
『はぁ……好きにしてくれ』
女神ミルレースは大災害。それは歴史書という記録媒体とは全く違うこの世界で実情を知る唯一の存在の言葉。既に隠居し、後進に道を譲り、少しだけ情けなくなった彼の知る女神とは何なのか。歴史書の通りの破壊神か、はたまた世界を変えてしまう何かなのか。
レッドの活躍で復活の目処が立ってしまった女神ミルレース。果たして世界の命運は如何に。




