表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/317

65、来訪

 攫われたシルニカとルーシーを救い出すためにホープ・アライアンスは一度街に戻って態勢を立て直していた。ギルド会館でギルドマスターに報告している最中、ぬるりとやってきたのは真っ黒なフード付きマントを頭から被り、仮面を付けた大男。自らを執事(バトラー)と称して困惑するニールたちに言い放つ。


「……人質を返して欲しくば……人族の代表となる(おさ)と、警備を2人。そしてレッド=カーマインを連れてこい。……場所は花の宮。猶予は3日ほど設けよう……遅れた場合は人質を殺す……理解出来たか?」

「どうしてレッドを……」

「……質問には答えない……人質のためにも早く来ることだな……」


 そう言うとバトラーは影へと潜り、その場から消失した。急な出来事に困惑を隠せない冒険者たちはニールを見る。その視線に気づいたニールはみんなを見渡して口を開いた。


「従わざるを得ない。奴らの要求を聞いてなるべく素早く2人を助けよう」

「そうしてくれると助かるぜニールさん。お嬢が不憫でならねぇ」

「ルーシーお嬢様をどうか……どうか……」


 2チームの懇願を一身に受け、ニールはコクリと1つ頷いた。


「ギルマスはすぐにレッドを呼ぶように呼びかけてください」

「心得た。しかし長はどうする?どこかの国の王を連れてくるなど論外だぞ」

「そのレベルの方を期待してはいませんよ。長と称してそれなりの人物を連れて行きます。ここで言えば魔法局の幹部、またはエデン教の司教(ビショップ)クラス、もしくはあなたでも大丈夫です」

「えっ?!ま、待ちたまえ!人族の長を名乗るには私では荷が重すぎる!ほ、他の候補で何とかならんか?!」

「今重要なのは2人の命です。それにあちらの狙いが何なのか不明な以上、有無を言わさず殺される可能性もあります。本当の人族の長となる人物を出すわけには行きませんよ」

「無理だ!!私には!!」


 魔族の一連の行動が単なる暇つぶしの可能性まである以上、あらゆる危険を承知の上で参加する必要がある。それを聞いたロードオブ・ザ・ケインのギルドマスターは震え上がった。『まだ死にたくない』と顔に書いてある。


(この人はダメか……となれば魔法局側も首を縦には振らないだろうな)


 ニールは一瞬失望の眼差しを向ける。ホープ・アライアンスを起ち上げる前に評議国で言ったことがここに来て現実のものとなった。最初からニールにそれなりの権限を与えていれば自分が長を名乗ることも出来たが、今では考慮にも値しない。


「ヘクター」

「ま〜……仕方ないよねぇ?」


 直ぐ側で腕を組んで壁にもたれていたヘクターはニールの呼びかけで部屋を後にした。


「持つべきものはエデン正教……か」


 ニールは皮肉交じりに鼻で笑う。そしてキュッと顔を引き締め、虚空を睨みつけた。


(またお前が僕らに絡むのか……レッド……)


 手に入れた魔剣レガリアのステータス底上げにより、レッドとの力関係はほぼ解消されたと見ているニールだったが、どうも苦手意識が心の奥底から這い出てくる。ロータスの邪眼に手も足も出なかった屈辱が、魔剣を持つ前に感じていたレッドへの劣等感を刺激したようだ。惨めだった自分をもう二度と会いたくなかったレッドとの再会に苛立ちながら肩を落とした。



 ここ数日、レッドはギルド会館で相変わらず虫食い状態の掲示板を見つめていた。

 先日グルガンが居たおかげで野伏(レンジャー)系統専用の任務(クエスト)を受注出来たが、今回は専門職業(ジョブ)任務(クエスト)には期待出来ない。

 専門職の冒険者を臨時で雇えば雇った分のお金が追加で発生するので、無理に受注するのは馬鹿らしい。また、現在のチーム名は『レッドとオリー』といういかにもなカップルチームの様相を呈しているため、報酬の分配を気にして誰も入ってくれない。特に今は必要のないことだが今後のことを思えばチーム名は変えておくべきだろう。


「うーん……この街での任務(クエスト)はもう無理かもしれないなぁ……」

『それなら次に行きましょうよ。次の街のダンジョンになら受けられる任務(クエスト)もあるでしょうし、私の復活も早まるというものです』

「それも1つの選択肢だな。この街ではレッドが話していた有名になるというのも難しい。ディロン=ディザスターが任務(クエスト)を取っていく以上、次の街に行くのが適当だろう」

『え?別に有名になるくらいならサッとダンジョンに潜って他の方々の目の前で魔獣を5体くらいパパッと殲滅すれば良いのでは?』


 その提案にレッドは「えぇ……それはその……」と難色を示す。オリーも頭を小さく振りながらミルレースを見据えた。


「ミルレースは仕事というものが分かっていないようだな。何のために任務(クエスト)があると思っている?当然、冒険者同士で倒すべき対象が被らないためだ。もし受注もしていないのに魔獣を勝手に屠れば横取りしていると思われるし、それが単に有名になりたいだけなどとほざいたら変人扱いだ。レッドが変人になりたいと言うのであれば全力で支援するが、そんなわけないのだからその案は全力で否定するぞ」

「おぉっ!オリー賢い!俺は単に戦うのが無駄なだけだと思ってたけど言われてみたら確かにそうだな。勉強になる」

「そうか。レッドはそんな風に思っていなかったのか。ふふっ、レッドは純粋だな」

『えぇ……物は言いよう、ということですか。まったく、オリーはレッドにはとことん甘いのですから……』


 3人で和気藹々(あいあい)と話し合う。周りから見れば虚空に話しかける2人は既に変人なのだが、その事実には気付いていない。


 バンッ


 ギルド会館の扉が大きく開かれた。その音に振り向く人々の視線の先には男が立っていた。逆光を背に浴び、影で正体を薄っすら隠しながら鋭い眼光をギラリと光らせた。大きな音と眩い光という過度な演出で皆の注目を浴びたこの男は、ギルドのみならず世界中に知れ渡ったひとかどの人物だった。


「え?……おい、あれって……」

「掲示板で見たぜ。確か最近解散したんだよな?」


 コソコソと話す冒険者たちから飛び出すように男はレッドに声を掛けた。


「レッド!!」

「ん?……え?あ、ライトさんじゃないですか。ご無沙汰してます」


 武器の主(ウェポンマスター)という職業(ジョブ)をギルドから与えられ、その戦績と能力の高さから、上位5名の1人に名が上がるとされる最強の冒険者。その名をライト=クローラー。

 すべての武器種を難なく使用し、ほんの少しなら魔法も使用可能というオールラウンダー。

 魔法はニール=ロンブルスに比べれば少し落ちるが、本領は肉体による武器の仕様と近接戦闘なので、魔法はおまけだ。

 ライトはレッドたちの元へとズンズン歩いてくる。床を踏みしめるように一歩一歩着実に近付く。


「ふっふっふっ……待たせたなレッド、オリーさん。それから……」


 すっと上向く視線はミルレースを見ていた。


「彼女がレッドと行動をともにする精霊というわけか」

『!?……え?見えているのですか?!』

「ああ、声も聞こえている」

「凄いっ!見えなかった人でも見えるようになるんだ!」

「すまない。俺が未熟なせいで君を見ることが出来なかった。だが山籠りで鍛え上げた心身と自然との調和により、俺は精霊を視認することが出来るようになった!早速君の名前を聞かせてくれないか?」

『私は女神ミルレースと申します』

「俺はライト=クローラーだ。よろしくミルレース」

『え……あの……ちょっとよろしいですかレッド。もう彼はチームの一員で間違いないのでしょうか?』

「え?あ、その……ライトさんが良ければ……」


 モジモジしながらチラチラと視線を送る。ライトは大きく首を縦に振った。


「当然だ。否定されようが俺はついていくと言ったはずだ。そうだろうレッド」

「えっと……あ、はい。確かそんな感じで言ってましたね」

「違うぞレッド。正しくは『空気も読まずについていく』と言っていた。そうだな?ライト=クローラー」

「!?……そ、その通りだ。まさかそこまで覚えていてくれたなんて……凄く嬉しいぞオリーさん。ちなみに俺のことはフルネームではなくライトと呼んでくれ。もちろん呼び捨てで構わない」

「分かったライト=クローラー。そんなことよりも背後に連れているのは誰だ?」


 オリーがライトの背後を薄目で見ている。レッドもミルレースも言われてハッとした。空気に溶け込むように薄っすらと輪郭だけが浮いているように見えた。


『ほほぅ?隠密の()れを見つけるか?さすがは火竜王じゃのぅ』


 その声と共にブワッと室内に突風が吹き荒れる。ありえない事態に周りで見ていた冒険者やギルド職員が驚いて顔を隠したり、持っていた書類を飛ばされたりしている。レッドもライトも急な突風に目を瞑る中、オリーだけは平然とライトの背後に現れた女性を睨んでいた。


「風帝フローラか」

『まさにまさに。久しいのぅウルレイシア』

「私は火竜王ウルレイシアに創造されたゴーレム、オリー=ハルコンだ。すまないがお前とは初対面であることを伝えておく」

『んは?ゴーレム?どこがじゃ?()れは生き物にしか見えんが?』


 現れた際どい格好の精霊、フローラはふわふわと飛び回りながらオリーをまじまじと観察する。


『前回もありましたね。確か地帝の時でしたっけ?このくだりをいつまで続けるつもりですか?まったく……精霊同士で情報の伝達を行うことは出来ないのでしょうか?』

『んん?そういう其れも精霊ではないか?一介の精霊風情がこの風帝に対して無礼であろう』

『私はめ・が・みっ!女神ミルレースですぅ!!女神であって精霊ではありませんよ!』

「ん?精霊ではない?そうだったのか。知らなかったぞミルレース」

『さっき彼に自己紹介した時にも女神と言ってますが?!まぁ、訂正するほどでもなかったですし、そもそも訂正するのが面倒だったというのもありますが……』

『んくくっ……精霊同士で情報の共有が出来ないのかと謳った直後に、自分は仲間内にさえ情報の伝達をしていない……他者に要望する前にまず自分を何とかしてから言うのじゃな。それは二重思考と言うのじゃよ?』

『ぐっ……多少口が回るようですね。ですが負けませんよ!』


 女は3人揃うと(かしま)しいという。最近まで身近にあった光景を懐かしみながらライトは微笑んでいた。

 周りで見ている傍観者たちは3人の行動に恐れ(おのの)く。虚空に話しかける変人が掲示板の前で談笑しているのだ。しかも1人は言わずと知れた最強の冒険者の代表格、ライト=クローラー。このことから変に納得するものも出てきた。


「そうか……ラッキーセブンが解散したのはこういうことだったのか……」


 その言葉が館内に浸透する。ラッキーセブンの解散理由の1つに『ライトが変人だったから』が追加された瞬間である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ