63、焦燥
「隠れていても無駄ですフィニアス様。人間は私たちの居城をダンジョンと呼び、常日頃から侵入して攻略法を勝手に編み出しています。これ以上先延ばしにしてもどうにもならないことは明白。是非ともこのベルギルツにお任せいただきたく……」
ここ数日、ベルギルツはフィニアスの元にやってきた。崇拝しているフィニアスの寵愛を受けられず、グルガンに一任されている現状が気に食わないのだ。
「ベルギルツ……何度来ても同じこと。グルガンの報告があるまで動くつもりはない」
「お考え直しくださいフィニアス様。グルガン……様は何かを企んでいると私は考えております。あなた様の御心を害すようなことはこの私が……」
「フィニアス様っ!」
ベルギルツの言葉を遮るようにデーモンが声を上げた。ベルギルツはこのデーモンを殺そうと手を振り上げたが、フィニアスの配下を殺すわけにもいかず、苛立ちを込めてその手を握りしめた。
「……そうか。通せ」
側に寄ったデーモンから耳打ちされたフィニアスは即座に返答する。
「フィニアス様!私は……!」
ガチャッ
とにかく伝えようとするベルギルツの言葉を、またも遮るように扉を開けて入ってきた顔を見てベルギルツは口を閉ざした。
「ん?ベルギルツ、何故ここに居る?」
「ぐっ……これはこれはグルガン様。ご機嫌麗しゅう」
「貴公もな。報告があるのだが、出直すか?」
「構わない。続けろグルガン」
ベルギルツの意見を聞くこともなくフィニアスはグルガンの報告を優先する。この対応にベルギルツは怒りを覚えるも1歩下がって話を聞くことにする。
グルガンはベルギルツが退出しないことに眉をひそめたが、特に不満を言うこともなくフィニアスを見据えた。
「……良いだろう。単刀直入に言うが、レッド=カーマインの懐柔は不可能だ。今のままでは我らの全滅は時間の問題である」
グルガンは険しい顔で報告を始めた。
*
ある程度報告を聞いたベルギルツはグルガンの報告を遮った。
「お、お待ち下さいグルガン様。あなた様はいったい何をしにレッド=カーマインに接触したのですか?それではまったく意味がないではないですか。この失態……どうするつもりなのですか?」
「失態?失態だと?はぁ……貴公は表面しか見えていないようであるな。レッド=カーマインは確かに懐柔することは出来ない。話を聞く限り、彼はかなりの頑固者だからな。それはつまりこちらが譲歩すればあちら側の譲歩を引き出せるということだ」
「譲歩ぉ?ふざけたことを。私たちが人間ごときに譲歩することなど……」
「ベルギルツ。少し黙っていろ」
「……はっ」
フィニアスの命令にベルギルツは頭を下げる。フィニアスはグルガンに顎をしゃくり、続けるように促した。
「……我々はレッド=カーマインと平和裏に手を繋ぐ必要がある。交換条件を出し、彼の要求をある程度まで許容するのだ。たとえ不服だとしても、我らの要求を通すための些事と捉えるべきである」
「ふむ、レッド=カーマインを倒す術がない以上、致し方ないこと。ただ問題なのはその先。レッド=カーマインの目的を果たしたとして、裏切り行為がないと言えるだろうか?急に反転して攻撃された場合、致命の一撃を負うかもしれない。そのような危険を無視するわけにはいくまい?」
「裏切られなくさせるように動くのみよ。問題は我ら魔族と人間が敵であるということが隔たりを生んでいる。すなわち……」
グルガンは面白く無さそうな顔で口をへの字に曲げた。
「魔族と人間の和解が必要であるということだ」
「馬鹿なっ!?」
ベルギルツは我慢出来ずに前に出た。
「人間は私たちと比べて弱すぎます!そんな連中と手を組むなどあり得ません!!」
「聞いていなかったのかベルギルツ。だから我らが譲歩するのだ」
「し、しかし……!?」
ベルギルツはキョドキョドとフィニアスとグルガンを交互に見る。フィニアスも眉をしかめるが、反論することはない。しばし沈黙が流れたところで影から執事が滲み出るように現れた。バトラーは即座に跪き、顔を挙げぬまま報告し始めた。
「……失礼致します。サフィー洞穴のウェイスト様が……レッド=カーマインに倒されました……」
「っ!?」
玉座の間に不思議と響く声に乗って、絶望の報せが鼓膜を震わせる。
ダンジョンに身を潜めようともレッド=カーマインはやってくる。魔族を殺しにやってくる。
「……もはや一刻の猶予もない。ということですか……」
フィニアスは誰に目をくれるでもなく、ギラリと虚空を睨みつけた。




