61、天才
この世には天から愛された冒険者が存在する。
稀代の天才と呼ばれる冒険者たちは、すべて何らかの成果を上げ、首長、指導者、将軍、勇者などその時々に合った肩書を手にし、その名を歴史に刻んできた。
昨今で言えば魔法剣士ニール=ロンブルス、竜殺しディロン=ディザスター、そして武器の主ライト=クローラー。
ニールは魔法と剣技を組み合わせた攻撃を駆使し、様々な敵を倒してきた猛者である。また、冒険者をまとめ上げるリーダーシップを発揮し、魔族に対抗するための同盟”ホープ・アライアンス”を立ち上げる。
ディロンは生まれ持った最強の肉体で他を圧倒し、遂にドラゴンを単身で撃破するまでに成長した。増長することなく魔獣討伐に力を入れ、さらなる高みへと昇華する。
そしてライト=クローラー。類まれな身体能力と記憶力ですべての武器を使いこなす器用を絵に描いた男。戦闘技能もさることながら戦局を見極めることが出来る戦略家の一面も持っている。イケメンであることもプラスに働き、天は二物を与えないを真っ向から否定する男だ。
冒険者の頂点を極めたとも称される三英傑。そんな3人の中で最も天才であるのはライトを置いて他にない。
2人に比べてパッとした戦果はないものの、ライトは一度見た技や動きを完璧に模倣し、戦いに応用することが出来る。
槍術、弓術、剣術、双剣術、斧術……様々な武器術をあらゆる師範代から教えてもらい、すべて自分のものとしてきた。それゆえに器用貧乏と評価されがちだが、ライトの本当の才能を皆は知る由もない。
*
──それは突然だった。
ライト=クローラーは相変わらず山に籠もり、剣を振り、岩の上で瞑想をする。いつものようにゆっくりと静かに深呼吸を繰り返し、ただひたすらに自然に心身を委ね、溶け合い、調和していた。
ふと何かに見られている気がして目を開ける。この視線は何日か前から感じていたが、その視線の先を追っても何もいなかった。だから気にしてもしょうがないのだが、今日の視線は物理的な距離が近いのだ。ぐっと近寄ってくるようなそんな気配が気になって目を開けてしまった。
相変わらず何もない空間を見ることになるだろうライトの目の前には、顔を覗き込むように見ている女性がいた。あまりに突然のことに心臓が飛び跳ねそうなほど驚き、ライトは一瞬体をのけぞらせた。だが女性はキョトンとした顔でじっと見つめてくるだけで何もしない。
女性の悪意のない好奇心で満たされた瞳を見て段々と落ち着いてきたライトはしばらく無心で見つめ合う。女性が瞬きをしたことでようやくこの異質な状況に疑問が出た。
「……君は……誰?」
『此れか?此れは風じゃ。其れは誰じゃ?』
風を名乗る女性は首を傾げながらもライトの目を見続ける。深く碧い宝石のような目、エメラルド色の髪の毛は彼女の全身をすっぽりと覆うほどに長く、キラキラと光に反射するマントを羽織っているかのように優しくたなびく。目はパッチリと大きく、つり目に見せたいのか髪色と同色のアイラインを引いている。健康的で少し細身の女性といった印象を見せる彼女は肌色が透けるほどの薄い衣装を身にまとい、水着のような下着がうっすら見えてしまっている。
どこか判然としない空気に溶けてしまいそうな雰囲気を漂わせる彼女はただの人間ではない。何故なら彼女は空を飛び、積み上がった5mはある岩の上に座るライトと同じ目線を維持しているからだ。空を飛ぶ魔道具は存在するが、彼女の衣装から魔法の痕跡を感じ取ることは出来ない。ライトの主観によるものだが、彼女は風そのものであると感じた。
「俺の名前はライト=クローラーだ。君は……違っていたら盛大に笑ってくれても構わないのだが、君はひょっとして精霊ではないか?」
『そうじゃ。此れは精霊じゃ。ところで其れは何をしておったのか?』
「そうか君が……。俺は君のような精霊をこの目で見たくてここで修行していた。まさかこんなにも早く効果が現れるとは夢にも思わなかったが……」
『ほぅ?此れらを見ようと?変わっておるな。自然が自然であるように、其れらと此れらには隔絶した世界がある。その世界への干渉を試みようとした理由はなんぞ?』
「世界を知り、愛しい人たちと共に歩むために必要なことさ。つまりは……愛だよ」
『愛?……ふひひっ……愛?ふひひひっ!』
精霊はコロコロと鈴のように笑い、空中を縦横無尽にくるくる回る。ひとしきり笑い転げて落ち着いたのか、姿勢を正してライトを見た。
『面白き人間よ!精霊を認識しようとした人間はそれこそごまんと居た。しかし見れた人間など此れは知らん。其れの原動力となった愛しいものどもをこの目で見たくなったぞ?』
「ああ、ぜひ会ってくれ。きっと君も気に入る。ところで……君の名前は風で良かったのかな?」
精霊はふわっと両手を広げ、胸を張って答えた。
『此れは風帝フローレンス。風の精霊王なるぞ?ライト=クローラー』
「精霊にも序列があるのか。自然とはそういうものと無縁と思っていたから意外な話だ。ふっ、まさかここ最近俺を観察していたのが王だったとはな……」
『ん?何を言う。此れを認識したのは今日が初めてのはずでは?』
「見られている感じは薄々だが感じていた。それに君の反応から俺に興味を持ったのは今日が初めてではなさそうだったからね」
『ほぅ?なかなか賢しい人間よ。ますます気に入ったぞ?』
「それはどうも。フローレンス」
ライトは柔和な笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がる。フローレンスは岩から颯爽と下りるライトを目で追いながら質問を投げかけた。
『何処へ行くのじゃ?』
ライトは地面に降り立ち、見上げながら返答する。
「機は熟した。彼らの下へ行く。……行こうフローレンス」
手招きをしてフローレンスを呼ぶ。
『ふひっ……不敬な男じゃのぅ』
フローレンスはニヤリと笑ってふよふよとライトについていった。




