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54、気遣い

 レッドたちは最初の居酒屋に戻ることにしたが、ディロンは宿に戻ると言って別れた。オリーは何か言いたそうにしていたが、レッドがオリーを止めたために口を挟むことはなかった。


『よろしかったのですか?地竜の件が分からないままなんですけど……』

「え〜……だって話したくなさそうだったし……無理に聞いたら余計に話してくれなくなるかもしれないからさ」

「そうか。レッドはディロンの感情を読み解いていたのだな?私にはそういうのはよく分からないが……」

「え?でもいろんなことに気が付くし、俺は助かっている事ばかりだけどなぁ」

「レッドのことなら分かる」

「マジ?俺って実はメチャクチャ読みやすい顔をしているんだな」

『というかレッドは魔法契約で主従関係を結んでいるじゃないですか。何をしていなくても筒抜けなのでは?』

「あ……そ、そういうものなの?」


 レッドは途端に恥ずかしくなったが、そもそも感情を読み取る効果があったことを今まで知らなかったので、仕方がないと開き直ることにした。


「そ、そんなことよりもまぜそばを食べたいなぁ〜。もう俺お腹空いちゃってさ」

「それは大変だ。レッドが飢えてしまってはかわいそうだからな。居酒屋まで走ろう」


 美味しいご飯が食べられるだろうと急いで戻ってみたが、居酒屋の店主も店員もドラゴン騒動で避難していた。こうなっては食事は諦めるほか仕方がなく、宿を探すことにしたが、街のほとんどの住人が避難していたために宿も取れない。

 街の住人が避難所から戻ってくる間は何も出来ず、人がいることのありがたみを噛み締めながら1時間弱、居酒屋のテーブル席で暇を持て余した。



 ディロンはどこに寄ることもなくまっすぐ宿に戻った。部屋に入ると鎧を脱ぎ、ベッドに体を投げ出した。ミシミシと悲鳴を上げるベッドを気にせずに目を閉じる。

 瞼の裏に浮かんでくるのはディロンの力を大きく凌ぐ強者たち。ブラッド=伯爵(アール)=ハウザー、地竜王ウルラドリス、そしてレッド=カーマイン。

 ハウザーに軽くあしらわれ、ウルラドリスには危うく殺されかけた。ウルラドリスの攻撃が迫るその時、レッドがディロンを剣1本で守った。それも市販のロングソードで。ディロンの見知った世界がその瞬間に終わりを告げた。


「すげぇ……」


 ディロンの進む道は孤独だった。生まれながらに常人より大きく、そして強い。自分以外の人間が弱すぎる世界は退屈そのものであり、壊さないように人と距離を保つのがせめてもの優しさであり気遣いだった。

 冒険者を始めた頃はそれなりに屈強な連中を見かけた。冒険者ギルドに入った当初は人並みにドキドキしたものだった。

 しかし結局は見掛け倒し。当時、一緒に戦っていたチームで失望することになった。初級冒険者であるはずのディロンにベテラン勢がおんぶにだっこという異常事態が起こった。そんな冒険者たちを見限り、背中を預けられそうな強者を探したが、眼鏡にかなう冒険者を見つけることは出来なかった。

 仲間など要らない。それがディロンの答えだった。

 天井を見る目は少し潤んでいた。



 地竜王ウルラドリスは同胞たちと巣に戻り、お気に入りの絨毯の上にあぐらをかいていた。そして地竜たちが見守る中、おもむろに自分の頬をつねった。


「……いひゃいいひゃいいひゃいっ!!」


 周りが心配するほどつねりあげたウルラドリスはあまりの痛みから指を離す。夢か(うつつ)かを確かめるにしては力を入れすぎだが、それぐらい信じられない現象を目の当たりにした。立て続けに起こった驚いたことを頭の中で1つずつ整理しながら飲み込んでいく。

 地竜を単独で撃破する人間の出現、おまけに頂点捕食者であるドラゴンを食す愚行。放っては置けないと面子を揃えて仇討ちに出る。目当ての人物にはすぐ遭遇したが、ウルラドリスの敵ではなかった。

 だが、その人間を殺そうとした直後、レッド=カーマインが横入りしてきた。その身を盾にして守ろうとするなら共に爆砕するつもりだった。現に今までもそうして来たのだが、レッドは今までの連中とは大きく異なり、真正面から受け止めた。山すら穿つ突進を一歩たりとも後退することもなくだ。これが夢でなくて何なのか。


「レッド=カーマイン……か。それから、なんでウルレイシアがあんなところに……いや、ウルレイシアじゃなくてオリー=ハルコンって言ってたかな?……偽名?人間と行動を共にするための擬態?なんで?」


 サミュエルの仇討ちを優先出来なかった理由の1つ、火竜王ウルレイシアによく似た人物の登場。ウルラドリス同様、巣に引きこもっていたはずだが、どうして出てきたのかまったく分からなかった。


「……も〜っ!分かんないもん!!みんなごめん!しばらく寝させて!!」


 ウルラドリスは途中までちゃんと整理出来ていた思考を投げ捨てて急に幼児になった。すぐさまコテンと大の字に寝転がる。だがそれを邪魔するようにウルラドリスに声を掛ける者がいた。


『ウルラドリスよ』

「ん?なんだ?誰だ!」

『私だ。地帝ヴォルケンだ』


 地帝ヴォルケン。土の精霊であり、炎帝ノヴァと肩を並べる精霊の王である。土の中からスゥーッと半透明の男が現れる。キリッと目鼻立ちのはっきりした顔に整えられた髭を備え、鍛え上げられた体を薄い衣に身を包んだ褐色の偉丈夫。おかしな点があるとすれば腕が4つあることだ。


「おぉ〜ヴォルケンかぁ、久し振りだなぁ。爺は息災か?」

『ああ、相変わらず引き籠もっている。そなたも元気そうで何よりだな』

「んーん。そうでもない。最近同胞を人間に食い殺されて落ち込んでいるところだ」

『食い……地竜をわざわざ食うのか?それはまた変わった人間がいたものよ。それで聞きたいことを思い出したのだが、先ほど火竜王ウルレイシアの話をしていなかったか?』

「おお!耳が良いな!その通りだ。今日ウルレイシアに会ったんだ。で、それがどうかしたのか?」

『驚くべきことだ。ウルレイシアは長い間、炎帝ノヴァに封印されていたのだからな』


 ウルラドリスは目を剥いて驚いた。


「ええ!?なんで封印なんて……!」

『理由は知らん。そんなことよりもノヴァが倒されたことの方が重要でな。誰が倒したのかを知りたいのだ』

「そうか!またウルレイシアに会えればその両方を聞けるというわけだな?」

『ああ、まぁそういうことだな。おびき出してくれるか?』

「良いよ!良いけど明日でいい?」

『もちろんだとも。しっかり寝て、英気を養ってくれ』

「ありがとうヴォルケン!おやすみー」


 ウルラドリスは再度転がった。もう誰にも邪魔されないことを確信して安心したのか、寝転んだと同時にスヤスヤと寝息を立てた。ヴォルケンはその様子を鼻で笑い、また地面へと消えて行く。地竜たちもウルラドリスを起こさないようにそっと定位置に戻る。ウルラドリスの寝息だけが静かな空間に木霊していた。

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