表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

308/317

308、国の象徴

 通された部屋は障子が開け放たれ、目の前の庭に日光が差し込む神秘的な空間。


 落葉樹が植えられた庭は、大きな屋敷から出ずとも四季折々を感じられるように考えられてのものだろう。しっかり手入れがされているので、葉っぱ一枚落ちていない。邪魔にならない程度に適度に植えられた芝生も相まって小さな公園に見える。


 同時に部屋の内部も埃ひとつ落ちていない綺麗で清潔な空間。心なしか空気が澄んでいるように感じられる。実際巫術によって新鮮な空気が取り入れられ、適正な温度を保つように設計されているので当然のことと言える。


 内部はあまり飾り立てておらず、広々とした空間というイメージが湧く。まるで最初に訪れたゲンム家を思わせたが、ゲンム家で通された客間は『質素』という表現が適切だ。必要だと思える調度品を備え付けただけの簡易的なもの。

 それを考えればここは『調和』と言える。壺や掛け軸などの調度品はもちろん、和彫の龍があしらわれた装飾や襖の模様、畳の1枚1枚に拘った全てが一流の空間。

 一見変わらないように見える2つの部屋は、その実まったく違うものであることが分かる。


 上座に向かってアキマサとシズクは身動ぎ1つなく正座しているのに対し、モミジはソワソワとしている。相手が相手だけに緊張感が凄まじいのだろう。

 グルガンは部屋の隅々まで()めつけるように確認しながら罠の類を警戒し、特に問題なしと納得しながらレッドを横目で見た。モミジの緊張感に当てられたのか、レッドもソワソワしている。


(似た者同士なのかもしれん……)


 性格や性別はまるで違えど、感性が似ているのだろう。それかレッドの感受性が高いだけの可能性もある。


 しばらく待っていると、巫女のような白と赤を基調とした着物を着る美しい女性たちがすり足で部屋に入ってきた。2人の女性は左右に分かれ、上座の梁に備え付けられていた垂れ幕をそっと下まで下ろした。


「ニシキ様がお入りになられます」


 その言葉と共に侍女とアキマサたちが手を突いて頭を下げた。当然レッドやグルガンも続いく。

 薄らと透けるような視認性の悪い垂れ幕の奥、スッと襖が開いてすり足でゆっくりと誰かが現れる。座ったと認識出来る衣擦れの音が聞こえ、上座に座ったニシキと思しき人物が口を開いた。


「……面を上げよ」


 透き通るような声。体の芯に染み入るような美しい声に皆顔を同時に上げる。

 蚊除けの蚊帳のように風通しの良さそうな垂れ幕だが、視認性は悪く顔はよく見えない。だがキラキラと光る飾りが額に付いていることだけは何となく分かった。


(あれがニシキか……)


 グルガンの観察眼でも垂れ幕越しに見た感じでは性別もよく分からないが、華奢なシルエットや雰囲気、発せられた声から女性のように感じた。


「シズク。アキマサ。モミジ。3人とも息災のようで喜ばしい限り。……して、特例を用いてまで、一体何用であるか?」


 ニシキの発する凛とした声に張り詰めた空気が緊張感をより高める。その質問にシズクが率先して返答した。


「はっ。本日はお忙しい中お会いいただき、誠に感謝しております」

「……良い」

「本日特例を用いましたのは、緊急で会っていただきたい方々をご紹介するためにございます」

「ほぅ……確かに見覚えのない2人がいるようだが、その者たちで間違いないか?」

「はっ」


 シズクがチラッとグルガンを見るとグルガンは一つ頷いて口を開く。


「グルガンと申します」

「あ、お、俺……? えっと……っ!」


 テンパるレッドだったが、グルガンはレッドを見て深く頷いた。そのキリッとした顔に勇気付けられたレッドは咳払いを一つして垂れ幕の内側に座るニシキを見つめる。


「……レッド=カーマインですっ」


 垂れ幕の視認性の悪させいで見えるはずもないニシキの目を、何の迷いもなく見つめるレッドの視線にニシキは一瞬顔を背ける。アキマサはニヤリと笑って足を崩しつつシズクよりも前に座った。アキマサの無礼な様子に侍女は慌てたが、シズクが普段糸目で見えることのない赤橙色の瞳でチラッと見たことでグッと黙った。


「ニシキ様っ。このアキマサに発言権をお与えくださいっ」

「……うむ。許す」

「この者たちは今我々の上空に居座る浮島の主を知り、さらには国の現状をも変えうる存在ですっ」

「……彼らが? それほどのものか?」

「はい。彼らの戦力は凄まじく、ルオドスタ帝国の剣聖6人と聖王国ゼノクルフの七元徳(イノセント)全員、さらには『月光の乙女』と称されたアリーシャ=クラウ=セントルーゼ、『暗黒騎士』フィアゼス=デュパインオードの2人という破格部隊を率いています」

「それは……我が国を正面からでも鏖殺(おうさつ)し得る戦力。個人が所有する領分ではない」

「はい。まさにその通り。であるからこそ、我らが手を取り合うに相応しいと心から思える者たちなのです」


 アキマサの言うことが全て事実であるなら国の命運を託すに足る実力者揃い。これほど頼もしい連中はいない。


「……そなたたちの話を聞こう。そうだな……グルガンとやら。アキマサの言が事実であるなら、そなたたちと共に手を取り合えるのは幸運と言う他ない」

「……恐れ入ります陛下」

「陛下……か。そう言われるのは少々むず痒いものがある。優秀な家臣のおかげで体裁を保ってはいるが、私など単なる象徴に過ぎない」

「お戯れを。ですが僭越ながら一言だけ言わせていただけるのであれば、王とはそう言うものであると我は考えております」

「ほぅ?……続けよ」

「はっ。ありがとうございます。では端的に申し上げます。世間一般で知られる王とは国の指針を決める最後の決定権を持った者を指します。家臣や国民の意見を聞き、必要なものとそうでないものを取捨選択をして最終判断を下す。しかしながら必ずしも正しい決断を下せるとは限りません。その責任と重圧は計り知れず、完璧な判断を求めるあまり、愚かな家臣の助言を聞き入れてしまう可能性があるのです。家臣が優秀でこそ王は安心し、優秀な家臣が支えることで覚悟が決まる。陛下を支えている家臣たちが優秀であるとお考えであれば、この国の安泰を意味しております。今の政治を続けていただくことが国にとっての利益ではないでしょうか?」


 驚くほどにハッキリ物事を告げるグルガンの言説には言葉以上に確かな重みがあった。まるで自分が体験して来たかのように力説する様は畏敬の念を感じずにはいられない。


「そなたは……王族の生まれか?」

「いえ。家臣の側にございます」

「なるほど。(いず)れ名のある国の出なのであろうな。出生はどこか?」

「ここアノルテラブル大陸より遠い彼の地、名もなき大陸でございます」

「何とっ……。伝承には聞いていたが、今や忘れられた大陸として名高いあの地か。田舎すぎて文明が一世紀遅れているとか、極端なものでは一度全て滅んで新たな文明が席巻しているという眉唾な物まで様々な憶測が流れていたように思うが……噂とは当てにならない物だ」

「確かに。文明が100年遅れていたり滅んだりしておりません。噂は誇張されるもの。……とはいえ、半世紀ほど技術の発展が遅れているのは否めません」

「ふふっ。面白い」


 普段謁見の場では笑うことのないニシキだが、新しい刺激に喜んでいる。頭の回転が早く、口の上手いグルガンを気に入ったようだ。これはアキマサやシズクにとって喜ばしいことだった。

 ノリに乗ったニシキは黙って話を聞いているレッドの存在が気になった。先程たまたまとはいえ迷いなく目を真っ直ぐ見られたのには正直焦ったが、グルガンほどの覇気も感じられず、ともすれば一般人の雰囲気を醸し出すレッド=カーマインとは一体何者なのか。


「時にそなたはどこの出か? レッド=カーマイン。そなたもグルガンと同様、彼の大陸出身か?」

「え? は、はいっ。そうですっ」

「ほぅ、そうか。グルガンと行動を共にするそなたもそれなりの地位なのか?」

「俺は……いや私?……ん?……あっ、お、俺は冒険者です。言ってみれば流れ者みたいなものでして、はい……」

「流れ者……」


 ニシキの反応はイマイチだった。ここに呼ばれた時点でそんなレベルの人間であるはずがない。聡明なグルガンと比べると、あまりに差があり過ぎて風邪を引きそうになる。

 色々と聞きたいことはあったものの、先のグルガンとの楽しい会話に水が差されたように感じて興が醒めてしまった。

 この時点でアキマサから聞いた凄まじい戦力を統括しているのが誰か理解した。


「……そうか。そなたたちに出会えたことに感謝する。今後そなたたちの世話は私の権限の下、四臣創王とアキマサに任せる。私はここを離れることが出来ず、世話を掛けることが多々あるだろうがよろしく頼む」

「はっ! お任せをっ!」


 アキマサの承諾の声にレッドたちは頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ