307、裏の裏
「いやぁ~驚いたっ! いきなり現れて何事かと思うたぞっ!」
レッドたちはグルガンの魔剣を用いてオオトリ家の屋敷内に姿を現した。急な訪問に慌てふためくオオトリ家の使用人たち。モミジも自分の身に何が起こったのか全く分からなかったために目を丸くしている。
驚いている連中を余所にアキマサとシズクは感心していた。転移魔法がこれほど便利だとは思いも寄らなかったようだ。
その後すぐにホウヨクも駆け付け、今に至る。
「黙って入って申し訳ないね。ホウヨク」
「いやっなんのなんのっ。我が友ならいつでも歓迎だ。……まぁしかし、来ると言ってくれればこちらとしても有り難いのだが……」
シズクの謝罪を受け入れるホウヨクの肩をアキマサが軽く叩いた。
「すまねぇなっ。急用で報せる暇が無かったんだ。狗を撒くんだったらお前の屋敷が良いかと思ってよぉ」
オオトリ家は南を統治する武家。ゲンム家とは真反対に位置するため、駕籠の出発と同時に転移を使用すれば、複数の駕籠が囮と看破したところでアキマサたちの動向を見破ることは出来ない。
本家を四方八方から見張っても、そこには監視対象が居ないのだ。
凄まじい修練を積んだ忍者たちでさえ、転移の可能性について考えることなど出来ない。もし、縁あって外から手に入れた文献でたまたま転移の存在を知り得たとて、使える人間が国の中に居ないのだから考慮にも値しない。
レッドたちをニシキに合わせたいアキマサの事情を汲んでホウヨクも納得の様子だったが、すぐに困った顔で考え込む。
「……しかし狗はどこに隠れているか分からん。ここからコウカクまで行くとなると見つからない方が難しいのでは?」
「うん。そこでホウヨクの駕籠を貸して欲しいのよ。あたしたちは見張られてるけど、ホウヨクが宝物を献上しに行くことを咎める人はいないから」
「な、なるほど……?」
ホウヨクはコウカク派閥の中で異質であり、四臣創王の中で最も隙のある当主として界隈では通っている。そのため、コウカク派閥を崩すならホウヨクを突くことが肝要とされ、篭絡のために女を当てがおうとしたり、茶器等の芸術品で釣ろうと画策している。
実際ホウヨクはヨリマロやムネヤスから高価な茶器や壺、掛け軸などといった物品を受け取ったことがあり、政の席でヨリマロの指示通りに進言した経緯がある。
だがホウヨクは策謀には明るくないので、シズクやコジュウロウにいいように丸め込まれて提案は即時却下された。ヨリマロの打算も打ち砕かれ、結局何事も無いままお開きとなった。
それ以降はヒビキ、シズク、コジュウロウの3人がホウヨクにキジン派閥が接近していないかどうかしばしば確認を取るようになり、ホウヨクの妹のアゲハにも注意してもらうようにお願いしている。
ホウヨクの間抜けっぷりで策略がご破算になったキジン派閥だったが、コウカク派閥を追い落せるとすればやはりホウヨク以外に居らず、四臣創王に憎しみを送りつつもホウヨクだけは腫れ物に触るようにそっとしているのだ。
そんなホウヨクがニシキに宝物を渡すのはどちらの派閥にとってもリスクが無い。どころか、万が一にもホウヨクが気に入られれば、ホウヨクの言葉すべてを肯定してくれる傀儡となる可能性だってある。
その一発逆転も視野に入れているので、ホウヨクはノーマークなのだ。
「……っといっても、タダウチを行かせたから驚いて全員撤退させたんじゃないかな? あの小心者が『走狗』の頭であるハンゾウを頼らないわけがないし……でも、万が一に備えて念には念を入れないとね」
シズクの読み通り。現在、走狗は全員撤収の命を受けて急ぎ狛堀に帰還中である。
安全に移動が可能だが、そんなこと知る由もないので予定通りホウヨクの所蔵している駕籠で移動することになった。
*
ニシキの邸宅は龍球王国のど真ん中に位置し、龍球王国の一部を除く全国民がニシキを崇め奉っている。常にゲンム家が抱える警備機動部隊『亀鎧』がニシキの屋敷を警備し、現在は特例がない限り承認されているもの以外は蟻一匹通さない厳戒態勢となっている。
そんな場所に空気も読まずホウヨクの駕籠が現れた。すぐに門の付近を担当していた警備の者が走り寄る。
「大変申し訳ないのですがホウヨク様とてお通しすることが……」
ホウヨクの駕籠の運転手に事情を説明に行く。運転手は一旦降り、警備を招いて駕籠の扉を開ける。そこにはゲンム家の当主、シズクが座っていた。
「やっ。仕事は順調?」
「……っ!? え? ちょっ……!? どうして……っ!?」
「しーっ」
慌てふためく警備を宥めてシズクは耳打ちする。ある程度の事情を話し、特例をチラつかせた結果門が開け放たれた。
広々とした庭の隅っこに駕籠を押し込めるように停め、シズクたちは外へ出る。
「んじゃホウヨク。宝物を運び終えたらそのまま帰って良いよ。あたしたちはグルガンさんに連れ帰ってもらうから」
「あい分かったっ!」
ホウヨクは溌溂とした挨拶で送り出す。
シズクの後をついて行くレッドはどの屋敷とも違う厳かな空気に緊張し始める。
(……いよいよこの国の王様と対面かぁ。どんな人なんだろうなぁ……)
レッドが会った王と言えば皇魔貴族の王、アルルート=女王=フィニアスと砂漠の王国ジャガラームの王、『荒れ狂う砂嵐』ことハヌマーン=イム=リーヴァの2人。
本当は2人どころではない。異世界の魔王であるヴォジャノーイや、魔神連中、それを統括する最強の支配者であるデザイアを無意識に除外しているため、レッドは上記の2人を参考に考えていた。
(フィニアスさんは最初は怖いのかと思ったけど結構優しい人だったな。……あ、魔族か。砂漠の王国の王様はふてぶてしい感じだったっけ。この中間あたりが来そうな感じがしなくもないな……)
他愛もない想像を膨らませながら長い廊下を歩いて屋敷の中枢へと足を運んだ。




