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306/310

306、知恵比べ

 ゴゴゴ……ギギギィィィッ


 ゲンム家の大門が開かれた。そこから駕籠がスイッスイッと順番に出て行く。

 その数11。

 右に5つ左に6つと別れて進み、角を見つけては1台ずつ離れていった。


「ぬぅっ!? 儂らの尾行に気付き、判別出来ぬように分かれおったかっ!……ぐふふっ……ぐわっはっははっ! 浅い浅いっ! なんてバカな連中じゃっ! 貴様らの行く先などお見通しよっ! どうせあのおぼこ(・・・)のところじゃろうてっ! コウカク家の眼前にでも陣取れば追う必要性など有りはせんよっ!!」


 シュウザは高笑いして無駄な努力と嘲笑う。

 しかし、駕籠を追っていた部下たちから送られてくる映像にはコウカク家から遠ざかるルートを選んでいる駕籠が散見され、最終的に全ての駕籠が別の場所を求めて進んでいることに気付いた。


「な、なんじゃ? 狙いはニシキへの謁見ではないのか?……もしや駕籠のすべてが空っぽかっ!?……ふっ……だからなんだというのじゃ。そうやって儂らを煙に巻こうとしても意味はないっ! こちらはコウカクの庭から動かぬだけじゃてっ!」


 シズクの策略を破ろうとするシュウザはニヤニヤと笑いながらその時を待つ。


 何故ここまで執着するのかは唯一つ。四臣創王のコウカク家独占のスキャンダルである。

 キジン家が再三に渡りニシキへの謁見を求めたにも拘らず、ゲンム家が壁となってすべて却下していた。

 書状がニシキまで届いていないという噂まであり、龍球王国の柱であり、尊ぶべき御方を私物化しているのではという憶測が流れた。

 合うか合わないはニシキが決めることであり、ゲンム家が勝手に拒否して良いものではない。


 このことについてゲンム家の現当主であるシズクに説明を求めたが、シズクは臆面もなく言い放つ。


「事実無根でございます」


 彼女の話をまとめると、書状を精査してからニシキに届けているということだ。

 危険物がないかどうか確認し、文言に非礼がないかを校正し、書状を書き写してから渡す。

 この工程を無視することも、書状を捨てることもないとのこと。


「……お疑いになるのであれば、それも構いませんよ。よろしければヨリマロ様からの書状の原本をお返しいたしましょうか?……ああ、ニシキ様がお会い出来ないのは催事や神事、(まつりごと)に関する事柄でお時間を取れないのが有力かと存じます。時間が取れ次第、必要であればお会いになるのではないでしょうか?」


 ニシキ自身の自由を奪っている噂をも全面的に否定した。

 四臣創王は飽くまでニシキの側に仕える武家であり、(ないがし)ろにしたり、傀儡にしたりなどしていないと公言したことになる。

 ここまでハッキリと物申され、さらに書状まで突っ返されては(たま)ったものではない。結局これ以上は悪魔の証明にしかならず、疑惑は深まったとして留めるしかなかった。


 だが今回、アキマサが連れ込んだ異国の民がキジン家のように書状を出すこともなくニシキに謁見ということになれば話は変わってくる。ニシキに謁見を許された者をゲンム家が選んだ唯一の証拠となるからだ。

 これは言わば背信行為。国家反逆罪と言っても過言ではないのだ。

 公の場で『事実無根』と吐いた唾を飲み込むことは出来ない。


(あの小娘を処刑出来れば今度こそヨリマロが……いや、儂らが天下を取れるっ! チッ……ムネヤスめ。ヨリマロの相談役に就くだけならまだしも、この儂を使いっ走りにしよってっ! あの天狗が命令せずとも儂にはこのくらいの構想はあったんじゃっ! リクゴウのへなちょこもゲンムの売女も儂が少し考えを巡らせば罠を仕掛けるくらいなんでもないわいっ!)


 シュウザは銅板を見つめながら苛立ちを見せる。そして移り変わる景色に何やら違和感を覚えた。


「……んっ? これは『狛掘(こまぼり)』の大松ではないか? こっちは耳欠け地蔵……? 何故に……はっ?! 今すぐに全員撤収しろっ!!」

『殿? いかがされました?』

「急げというのが分からんのかっ!!」

『しょ、承知いたしましたっ』


 コウカク家の領土で待ち伏せしていた部下たちとライトたちを見張っていた部下たちは、それぞれ困惑しながら撤収する。それを確認したシュウザはガタガタと銅板を倒しながら立ち上がる。

 暗室をこじ開けてどたどたと走り出し、縁側で聞き耳を立てた。

 テンクウの本家は『狛掘』と呼ばれる領地にある。部下が駕籠を追って映し出された風景から察するに、目指していた目的地はシュウザが住まうこの場所ではないだろうか。

 それを裏付けるかのようにヒュンッヒュンッと独特の音で次々と駕籠がやってくるのが聞こえる。


「ええいっ! どういうことじゃっ!? どういうことじゃっ!!?」


 シュウザは急いで着物を着替え、体裁を保つと玄関まで汗を流しながら辿り着いた。

 門番が慌ててシュウザの元に走り、外の状況を説明する。


「やはり亀鎧(きがい)かっ!? あの売女めぇっ!!」


 龍球王国アマツカグラで憲兵のような役割を持つ組織、警備機動部隊『亀鎧』。

 国の法と秩序を守るためにコウカク家がゲンム家に任命した大役。それを実行するための警察機構である。


 門の前では駕籠から降りて整列する男たちの姿があった。

 ヘルメット型の兜を装着し、防刃服を着込み、腕章を付けた男たちがぞろぞろと駕籠から降りて隊列を組んでいる。

 その中で隊長と思われる男が一歩前に出た。


「シュウザ殿ぉっ! シュウザ=テンクウ殿ぉっ!! 居らんのですかぁっ?!」


 かすれたような大声でシュウザの名を呼び始める男。特徴的な声を聞いてシュウザは震え上がった。


「こ、この声はタダウチ……タダウチ=ネズっ!」


 タダウチ=ネズ。ゲンム家に仕える家臣であり、恐ろしく有能な男。

 警備機動部隊『亀鎧』が捕まえた犯罪者を収容する刑務所の所長をしており、本来なら実動部隊に配属されることはない。しかしその実力は凄まじく、対立を避けるべき存在として、しばしば強者の間で語られることが多い。


「ちょっとぉ話があるのですがっ! 出て来てくれないですかねぇっ?! それとも今はお留守ですかなぁっ?!」


 門番はシュウザの顔を見て「旦那様。あ、ああ言ってますが……」と不安そうな顔を向けた。その目を見て即座にブンブン首を横に振る。


(ふざけろっ! なんで儂があの男と話し合わんといかんのじゃっ!? 部下が出払っとる時にしれっと現れおってからにっ!!)


 眉間にシワを寄せて嫌という気持ちを前面に出す。遭いたくなかった状況に憎悪すら湧くが、自分の判断は正しかったと心の中で慰める。タダウチという戦力を前に無防備のまま対処することはないのだ。

 自分の領地に駕籠が侵入した時の映像が頭の中にフラッシュバックする。あの時、背筋に感じた氷で撫でられたような鋭い寒気に咄嗟に口に出た「全員撤収」。直感に従ったが故の言葉は称賛に値する。


「……良いか? 先ほど出払っている部下を呼び戻した。あやつらが戻るまでこの門をくぐらせてはならんぞっ」

「か、かしこまりました……」


 消え入る声で承諾するが、絶対に無理である。現状でタダウチに本気で仕掛けられれば本家は3分で壊滅する。

 相手は到着した駕籠の数分居ると考えて11人。荒くれ者たちを沈める力を持つ実力者10人と桁違いの怪物1人を前にして命の保証はない。


 だが、当のタダウチは攻めようなどとは考えていない。乗ってきた駕籠から小さな折りたたみ椅子を取り出して門の前に座り込む。まるで出てくるまで耐久しようと考えているようだった。

 防刃服は風通しが良くないので蒸れるのか、懐からハンカチを取り出して顔の汗を拭う。


(ふーっまったく……シズク様は人遣いが荒い。何故この私がこんなところまでわざわざ来る必要があったのかっ?……いや、分かりますよ? 例えヨリマロ様であろうとも私の肩書を知れば捕まるのではないかと怯えることくらい想像はつきます。怯えた顔が目の裏にも浮かんできますとも。だからこそあえて私を呼び出したんでしょうけど。……はぁっ……先代の方が職業や役職で括ってくれた分、今にして思えば(らく)したと自分でも思いますよ? でもその揺り戻しがコレでは割りに合わないでしょっ!)


 部下が帰るのを待つシュウザと、有名で相手を警戒させてヘイトを稼ぐタダウチ。

 両者の『待つ』意味は違えど、結局はシズクたちの思い通りに事が運ぶ。

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