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305/316

305、畜生

 リクゴウ家の屋敷を拠点にライトたちは龍球王国を散策する。


 レッドとグルガンが挨拶に回らされる関係で全員が自由時間となった今、戦闘準備もかねて王国内を見て回ることになった。足場や水路の場所、危険になりそうな物や利用出来そうなものなどチェック項目は多岐に渡る。戦いで地の利を知るのは基本中の基本。


 無論、国内での戦いを余儀なくされた場合に限る。

 壁の中に敵を誘い込み『キルボックス』として使用するのも策略の一環だが、出来る限り国民の生活を害したり脅かしたりせずに事なきを得たい。


 だが、戦いとは非情で苛烈なもの。命の取り合いにおいて絶対は存在しない。

 生き残るための手段は確保しておくことが何よりも得策なのだ。


 日常的に病的なまでに戦いに固執する集団である剣聖と、それに匹敵する聖王国の切り札の七元徳(イノセント)

 世界屈指の戦闘集団は魔導戦艦から屋敷までの道中でも当たり前のように地の利を頭に入れている。

 彼らにとっては一度道を通るだけでその場所はホーム同然。完全記憶能力のように景色の細部まで頭に入れられるわけではないが、一度下見しておけば敵の本拠地だろうと有利に戦えるのだ。


 観光気分だろうと戦いに支障をきたさない。むしろ楽しんでいる姿を見せる方が、町民にとっても親しみやすく映るのは間違いない。


 っと、ここまでは建前だ。


 彼らはただ純粋に旅行客として楽しんでいた。

 行く先々で口々に「どこ行く?」「何する?」と言った言葉が飛び交い、不機嫌だったディロンも酒と肉を与えればすっかり機嫌を直した。

 それもそのはずで、普段は物資の搬入や要人の入国以外制限がされていて一般では入国困難な龍球王国。そんな国を自由に散策出来る上、この国に溶け込むために借りた着物も相まってテンションが上がっていた。


 そんな様子を監視する影が複数存在する。


「もそっと右。ちょい左……あぁっ! 行き過ぎじゃっ!……そうじゃっ! そこじゃそこじゃっ! 言わんでもちゃんとしろっ!! まったく……っ!」


 真っ暗な部屋で光る銅板を見ながらぶつぶつと文句を垂れる巨漢が居た。

 身長は2m前後。大きな体はずんぐりと太っており、弛んだ顎肉や手足までぷくぷくと脂肪の詰まった醜悪な体は、自己管理の甘さや欲求に忠実な様子を想起させる。脂ぎった肌、見るも無残に禿げ散らかった頭が見る者に哀愁を漂わせると同時に、妖怪じみた気味の悪さを感じさせた。


 彼の名はシュウザ=テンクウ。

 天征十一将の武家に名を連ねる『テンクウ家』の当主であり、隠密機動部隊『走狗(そうく)』を組織した男でもある。


 四臣創王のコジュウロウが率いる『虎噤(とらつぐみ)』とは敵対関係にあり、キジン派閥であるシュウザの『狗』と、コウカク派閥であるコジュウロウの『虎』とで日夜しのぎを削っている。


「むほほ~っ! 良いではないかっ良いではないかっ! 異国の女どもは隙だらけで助かるわいっ! ヨリマロの暗愚が国を取った暁には、もっと観光業を盛り上げねばならぬのぅっ!」


 シュウザは銅板に齧りつくように眺めながらライトと共に居る聖職者(クレリック)のハル、死霊使い(ネクロマンサー)のコニ、魔獣使い(ビーストテイマー)のフィーナ、吟遊詩人(バード)のエイナを品定めする。


「ふむふむ。どれも及第点と言ったところじゃのぅっ! 1人はちと貧相なのがおるようじゃが、世の中には色々な輩がおるわっ! 気に入ったっ! この4人を攫うのじゃっ!」


 唾を飛ばしながら下卑た笑みで命令を下すシュウザ。しかし狗はすぐには動かない。


『……殿。こちらの幼女はいかがいたしましょう?』

「ん?」


 スイッと画面が動いた先に映ったのは着物を着たウルラドリス。彼女の年齢は4人よりも上だが、その体格からは微塵も感じられず、幼女としか思えない。

 しかしシュウザはニヤついた口をへの字に曲げて心底いやそうな顔をした。


「……いや、それはよい。戦闘能力の高い個体は顧客に危害を加える。儂の評判が下がるのは避けねばのぅ」


 シュウザは即座に4人とウルラドリスとの実力差を見抜く。

 これはシュウザの経験や能力による力ではない。シュウザが齧りついている銅板にからくりがあった。


 その名も『真実の銅板』。本来は覗き込んだ者の適性や熟練度を評価出来、それに応じて技の習得を早める目的で使用されていた。

 シュウザの父親であり、先代であるゴウザ=テンクウは才能のない息子の助け舟になればと思い、遺産の1つとして残しておいた便利な魔道具である。


 この世界における通信手段の一つである『無色の水晶』を加工して作った大量のガラス細工と銅板を同期させ、女子供を狙った人攫いのためだけに利用している。まさに外道。


 因みに、ガラス細工の作成と2つの魔道具の同期は魔導大国と機界大国の2か国に裏ルートからそれぞれ依頼し、完成品を手に入れた経緯がある。


「その点ではやはりこれほど丁度良い女子(おなご)らはそうおらんっ! 久方ぶりに調教の腕が鳴るというものよっ! ぐひひっ!」


 舌なめずりをしながら見つめるシュウザだったが、その悪意ある視線にハルたちは気付けない。シュウザの部下が付けているガラス細工の一つ、片眼鏡からシュウザの悪意や念が飛んでいたのなら気付けただろうが、そんなものが飛ぶはずもなく。

 しかしすぐ傍で目を光らせていたライトとディロンは部下たちの無機質な視線に気付いていた。


「……こっちを観察してやがるなぁ。俺たちに喧嘩を売ろうとでも思ってんのか?」

「……いや、狙いはハルたちだ。さっき少しだけフィーナを先行させた時、獲物を狙うように俺たちから視線が外れた気配を感じた。女子供を人質にしようと考えている可能性がある」


 その意見はディロンも同意だった。監視の目から逃れるように顔を背けてニヤリと笑う。


「へっ! 俺たちを狙うなんざ馬鹿な奴らだっ」

「多分だが、他のチームは有名人過ぎて手を出せば返り討ちに遭うと分かってのことだろう。俺たちはこの大陸では無名だからな」

「そんなら話は早ぇ。何人か締め上げて悪い奴らを片っ端からとっちめようぜっ」

「どうやって……って、囮なんて考えているんじゃないだろうな? そんな危険なことはさせないぞっ」

「うぇえっ? んなもん船に乗った時から覚悟の上だろ? ったくしょうがねぇ。ラドに行かせるかぁ」


 ウルラドリスに手招きして呼び寄せると上目遣いで猫のように軽やかにディロンの元にやって来た。


「なになに? 何か用?」

「おう。実はよ、オメーにやって欲しいことが……」

「待てディロン。ここは俺たちの知っている大陸とは一線を画す。彼女にも危険が伴う可能性があるから1人で行かせるのは反対だ」

「は? じゃ、どうするんだよっ」

「何の話?」


 ディロンの苛立ちとウルラドリスの疑問の顔がライトに集中する。


「フローラ、ヴォルケン、ジュール。居るか?」

『ん? なんじゃ? 此れに用かのぅ?』


 ライトの言葉に応えたのはフローラだった。出来れば3人ともに居て欲しかったが、1人でも居てくれて良かったと胸を撫で下ろす。


「俺の指差した方に行ってくれ」


 ライトがこそっとバレないように指で監視者の場所を指し示す。フローラは詳細も聞かされぬままに承諾してフヨフヨと移動する。監視者はすぐに踵を返して立ち去った。

 これにはディロンも口を真一文字に結ぶ。精霊は常人に見ることが出来ない。相手もかなりの実力者だと見るのが妥当。守りに入ることが賢明であると悟った。


「ねぇ何の話? ねぇってばっ!」


 ウルラドリスはディロンの裾を何度も引っ張っていた。


「チッ……精霊じゃと? 希少なものを持っておるわ。これを手にすることが出来れば儂の地位はうなぎ登りっ!……と、言いたいところじゃが、精霊を捕まえるための道具の持ち合わせがないとは使えん奴らじゃて、まったく……」


 まさかの存在の出現に驚き、撤退を命令したシュウザが逃がした魚の大きさを嘆いていると、銅板から声が聞こえて来た。


『殿。彼奴等(きゃつら)が動きます』

「なに? もう動き出すのか? もう少し吟味したかったが仕方ない。えっと……? ハンゾウの班は確か1班じゃったか?」


 本命の監視対象が動くとあっては見ないわけにはいかない。シュウザはチャンネルを合わせてゲンム家の本拠地の映像を映し出した。


「おおっ! そうじゃっここじゃここじゃっ!……よいな? 絶対に見失うなよっ」

『御意』

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