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303/319

303、北方の長

 大きな門をくぐり、玄関口まで通された駕籠はゆっくりと地面に着陸した。


 その屋敷の家紋は黒い亀に尻尾の白い蛇がうねる神秘的な絵柄。


 ゲンム家は北方面を統治する一族であり、北部筆頭。

 南のオオトリ家、東のセイリン家、西のビャクガ家に並ぶ由緒正しき家柄である。


 4つの武家は中央のコウカク家を守護し、国を導くためにその身を粉にする。


「言い忘れてたけど、今挨拶して行ってる武家は『四臣創王』っつー国の権力者だ。当主が交代してまだ浅いが、全員歴代でも類を見ないほどに優秀な当主だ。それで今から会うのはその中で最も若く、最も賢い。何せ腹芸が得意な奴でよぉ……正直、3人に比べたらこいつが一番厄介かもしれねぇ」


 駕籠から降りて体を慣らしながらアキマサの話を聞いていたレッドとグルガン。いつもなら特に何も考えずに話半分に聞いているレッドも険しい顔でゴクリと固唾を飲んでいた。

 気合十分といった風だが戦闘以外でのレッドはポンコツなのでもう少し気を抜くようにグルガンはレッドの肩を軽く叩く。


「我の出番のようだな。ここは任せてもらおう」


 そう言ってもらえるとレッドとしても安心出来る。頭を使うのは得意ではないので、グルガンやライトにはいつも助けられている。


「なかなかの自信だな。凄ぇ心強いが……あいつを相手にそう上手くいくかな?」


 アキマサはニヤニヤ笑いながら腕を組んだ。


「随分とあたしを高く買ってくれているようで喜ばしい限りですね。アキマサ?」


 真後ろから聞こえた声に「うおぅっ!」と変な声が出つつ無理な体勢でアキマサは()け反る。そこに立っていたのは緑掛かった黒髪ロングヘアの糸目の少女。口角が少し上がっているので普段から微笑んでいるようにも見える彼女は、糸目も相まってニコニコと笑って見えた。


「脅かすなよなぁシズク~。心臓に悪いぜ?」

「ふふっ申し訳ない。気配を消すのが癖になってまして……モミジも久しぶり。元気してた?」

「うん。シズクさんも元気そうで何より」

「ふふっ……ところで見慣れぬ御仁がいらっしゃるようですが、彼の方々は何者でございますか?」


 見た目にそぐわぬ大人びた口調に年配の風格を感じ、レッドは恐縮しながらお辞儀をした。


「あ、お、俺はレッド。レッド=カーマインと申します」

「我が名はグルガン。我々はこの屋敷の当主に挨拶に参ったが、貴公が当主で間違いないか?」


 2人の名前と理由を聞いたシズクはアキマサを避けるように3歩前に出る。袖の下に隠していた手をスッと出してお辞儀を返した。


「はい。この北部一帯を統括していますシズク=ゲンムと申します。以後お見知りおきを」


 最初にアキマサから若いと説明があり、言葉や発せられる空気感から威厳を感じるものの、まだ10代の少女と思しき外見には困惑を禁じ得ない。


「……このガキが?」


 オディウムは訝しい顔でボソッと呟く。駕籠を使用してまで秘匿されていた情報が、もしかしたら小娘が当主であることを隠すための物ではないかと邪推する。

 もしもこの考えが正解であれば、武家の名を地に落とさぬよう威厳を保つのに必死なのだ。っとオディウムは勝手に納得していた。


 オディウムが呟いた言葉以上の暴言を飲み込んだように、アキマサの助言を聞いていなければ初めて相対した全員が侮っていた可能性は十分あっただろう。

 レッドとオディウムは既に顔に出ているが、グルガンはもたげた懐疑心(かいぎしん)をおくびにも出さず、堂々たる立ち姿で受け止めた。

 シズクはそんなグルガンを片目を薄く開けて観察している。その瞳は赤橙色に輝いていた。


「……こんなところで立ち話もなんですから、どうぞお入りください」


 シズクは低姿勢でレッドたちを招き入れる。


「その前にちょっといいか?」


 アキマサは小さく手を挙げてシズクに近寄る。


「ん? なに?」

「これからまだ駕籠が来るから山の紋のだけ通してくれ。それ以外は跳ねつけて構わない」


 シズクは少し考えた後「良いよ」と了承した。


 レッドたちが通された部屋は風景がほんのり淡い色彩で描かれた掛け軸と花が2輪花瓶に添えられただけの殺風景な一室。

 オオトリ家は装飾過多で煌びやかにしていた半面、ゲンム家は無駄を削ぎ落したかのような質素と言う他ない空間。

 どちらも四臣創王という役職で腕を振るっている上、広い土地を所有していることを思えば貧困に喘いでいるとは考えにくい。だのに拠点にしているリクゴウ家の一室よりも物が少なく感じる様は『質素倹約』を志した結果ではないだろうか。

 とはいえ、比較対象が3件と少ないのでどちらがより武家の一般的に近いのかは分からない。


 ふかふかの座布団の感触を秘かに楽しんでいると、ゲンム家に仕える女中がそっとふすまを開け、お辞儀をして入ってくる。「粗茶ですが」とお茶を1人ずつ配り、お茶請けに羊羹と思しき菓子が置かれた。


「最近巷で噂のお菓子が丁度手に入ったので良かったらお召し上がりください」


 女中はそれだけ言い残すとお辞儀をして部屋を後にした。それを見送ったシズクは一拍置いて口を開く。


「……おニ方は挨拶に来られたと先ほどお伺いしましたが、わざわざお越しくださったのには何かわけがあるとお察しいたします。恐縮ですが、いったいどのようなご用件でございますか?」

「うむ。我らは外なる侵略者を滅ぼさんと世界を旅している。この国の上空にも浮島を発見したため、侵略者の魔の手が及んでいると察した。国の未来のため、また世界の平和のためにも貴公らに助力を願いたい」

「これはこれは……あの浮島の詳細をご存じの方がいらっしゃるとは思いも寄りませんでした。こちらといたしましても領空侵犯を許したままでは治世に障るというもの。しかし敵の戦力を見誤れば返り討ちに遭う。手をこまねいておりましたが、ここに来て打開策が見い出せそうなのは喜ばしい限りです」


 シズクはお茶を手に取り一口啜る。

 アキマサは足を崩して左の耳の穴を指でぐりぐりと掻き始めた。


「はぁ……おいおい。勘弁してくれよ」


 呆れた声に反応するようにシズクは薄目でアキマサを見る。その様にレッドは固唾を飲んだ。

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