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302/315

302、駕籠

 北に向かう道中、アキマサは駕籠(かご)屋に向かった。


「へぇ。ここにも挨拶する人が?」

「あっははっ! 違う違うっ! 移動手段を手に入れようと思ってな? ほら、ゲンム家の領地までは結構遠いからさ」


 スルッと暖簾を潜って中に入っていく。しばらくして中で大笑いが聞こえだし、アキマサがヒョコッと顔を出した。話をつけたのか手招きをして中に入るように促す。

 中には小太りでもみあげの辺りに白髪の生えた店主が笑顔で出迎えてくれた。


「おぅっモミジちゃんっ! 久しぶりぃっ! 最近おみかぎりで寂しかったんだよぉ?」

「うん。だって使うことなんてほとんどないもん」

「悲しいねぇ。モミジちゃんなら安くすんのにさぁ……まいいや。4人分の駕籠ならすぐに用意出来るぜ。今日は比較的暇だったもんでよ。ツイてたなぁ、お客人」


 店主はニヤリと笑って奥へと案内した。

 そこに置かれていたのは屋根付きの駕籠。大名が乗るような立派な外観は山車(だし)のようにも見える。しかし駕籠はすべて一人乗りであり、何故か取って付けたような車輪がついている。申し訳程度の4輪でバランスをとっているが速度は出そうにない。人力車のように突き出た前方は座れるような改造が施されてあり、運転手が座って操縦する構造だ。

 前後で2人乗れる子供のおもちゃを大人が座れるサイズまで大きくし、乗っている人物が見えないように飾り立てたチグハグさを感じる。

 正直本当に走るか不安である。


「へへ、分かるぜぇ言いてぇことはな。ここじゃ当たり前だが、初めて見た奴はみんなそんな顔をするんだ。実はこいつは普通のやり方じゃ動かねぇ。陰陽師の修行をした巫術使いじゃないと動かないような仕組みになってるんだ」

「フジュツ? 面白い話だが、それは言うなれば企業秘密という奴ではないか?」

「あっ! そりゃそうだ。こいつはうっかり〜……って、あんたの仲間や知り合いに誰か巫術師でもいるのかい? 巫術に関しても聞き馴染がないようだが?」

「まったく知らない。今初めて聞いた」

「だろ? じゃ安心だな。というかそれ以外にも動かすにはコツがいるからなぁ。単純に巫術師を連れてきたって動きゃしねぇよ……っと小難しい話はここらでお開きにしようぜぇ。それぞれの駕籠を選んでくれや。ガタイの良いあんた用の大きさもあるぜ? 代金ならもうアキマサにもらってっから」


 カッカッカッと笑いながら部屋の隅っこの椅子に座った。モミジはグルガンの側に立って独り言のように話し始めた。


「陰陽師になれなかった、あるいはなることの出来なかった巫術使いを雇い入れてるそうです。この会社はいわば受け皿。かといって独り占めせずに経験を積んだ人には独立出来るように支援もしてるって師匠が言ってました。移動に不自由な高齢者も助かってるからみんな感謝してると……って、良いことばかり言ってもこの業界ではあの人が駕籠の元締め。あの人を通さないと駕籠屋は成り立たないし、無視して起業したところで潰されるって噂もありますから、一概に良い人とは言えませんけど……」

「ふむ。清濁併せ吞むことが長い商売を可能にしているということか。見習うべきところは多い」

「?……何か商売でも始められるのですか?」

「いや、我は商いよりも農業の方が肌に合っているのでな。デザイアとの一件が終わったら領地に引っ込むつもりだ。しかしもし商いをやってみようと思った時、こういう知識は役に立つ。『知識は力』とはよく言ったものだ」

「そして『経験は宝』ですね」

「むっ……」


 モミジの言葉に感心してグルガンはチラッと視線を送る。良いところのお嬢さんのように感じていたが、アキマサの弟子となって世俗のことをよく勉強しているのだろう。こころなしか腰に差した刀も(さま)になっているように見える。


 レッドはそんなことなど露知らず、駕籠に夢中になっていた。


「凄いなぁ。魔動車も凄かったけど、こういう独自の乗り物ってのはテンションが上がるよ」

「ガキかよ。この駕籠ってのもガキっぽいしよぉ。これ本当に走ると思うか?」


 オディウムがぶつぶつ文句を垂れていると背後からアキマサが声をかけた。


「こいつは浮くんだよ。俺の膝上くらいの低空飛行だけど空を駆けるってのがどっちかっつーと正しい表現かな?」

「あ、そうなんですね。じゃ車輪は……?」

「車輪は普段移動させるのに便利だから付けてるらしいぜ。そうじゃないとほんのちょっとの時にも移動のたびに巫術師が浮かせないとダメだからな」

「なるほど~」


 終始感心しきりだった。


「それから駕籠は俺が体格も含めてバチッと決めてるからそいつに乗ってもらうぜ」


 そういって指さした先にはグルガンの体格に合わせた大きい駕籠が4つ置かれていた。それぞれ振り分けられた駕籠の前に黒子の衣装を着込んだ運転手が立っていて、動かす前の最終チェックを怠らない。


「あれ? 師匠、全員大きめの駕籠にするんですか?」

「おうよ。ささ、時間ないからとっとと乗った乗った」


 レッドたちはアキマサに促されるまま乗り込み、ゲンム家の領地である『北轟峰(きたとどろきみね)』に向かって出発した。

 駕籠の中は思ったよりも快適であり、動き出しは安全も考慮されてゆっくりと出るがその後はスムーズ。大地を走らないから舗装状態など関係なしにスイスイ動く。

 これなら駕籠を魔動車ぐらい大きくした方が人をたくさん乗せられて効率が良いように思えるが、建物が密集しているところも多いため道幅が狭く、車幅の広い魔動車では通行の妨げになる。1人を乗せるくらいのこじんまりした大きさが丁度良いのだ。

 せっかくだから流れていく風景も見たかったが、窓は灯りと空気を取り入れるためだけにあるのか、すだれで仕切られていて外の様子はほんのり分かる程度。どこをどう移動しているのかさえ分かり辛くされていた。


「……臭うぜ」


 オディウムはギラリと目を光らせて呟く。


「えっ?! もうっ!?……ごめん……」


 レッドはハッとしてすぐに衣服を嗅ぎ始め、しゅんっとなって謝った。先ほど借りた服をもう汚してしまったと落ち込む。


「そっちじゃねぇよっ!……ったく、この乗り物の構造についてだ」

「構造?」

「ああ。考えても見ろよ。さっきまでずっと足で移動してたってのに急に駕籠に乗せただろ? 俺たちに知られちゃいけないことが北轟峰(きたとどろきみね)にはあると思わねぇか?」

「あ、確かに。外が見れないし……これは勘ぐっちゃうなぁ」

「もしくはゲンムって野郎の本拠地は誰にも知らせてねぇとかよぉ。とにかく俺らに隠していることがあるって気がしてるぜ。こいつは一波乱ありそうな気配がビンビンしてきたなぁおい……」


 オディウムの推測が正しければ挨拶をした武家の当主3人以上の何かが待ち受けている。さらに厳しい試練が待っているかもしれないと思うだけでビクビクしてしまうが、ここまで来たからにはやり切るしかない。

 レッドは密かに覚悟を決めていた。

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