301、乱波師
急なコジュウロウの勝負の申し出にレッドは困惑するが、グルガンは顎ヒゲを撫でながら目を閉じる。
「ふむ。随分と好戦的な者たちだな。行く先々で勝負を挑んでくるとは……。しかし実が伴わなければ共に戦うことに躊躇するのもまた事実。ここはひとつ勝負に乗ってはどうだ? レッド」
「へっ? ま、またですか?……いや、別にまぁ良いですけど……」
レッドは一歩前に出る。ホウヨクの道場と比べれば足場はやや狭いが戦えないことはない。ホウヨクとの戦いを思い出しながら剣の柄に手を伸ばした。
「ここではやめろっ」
そこにヒビキの制止が入る。
「やるなら壁の外でしてくれ。備品が壊れたら困るからな」
「あっ、す、すいませんっ!」
「へいへい、分かりましたよ。まったく……白けちまうよなぁ」
レッドはペコペコと頭を下げて謝り、コジュウロウは両手を頭に組んでクルッと後ろを向いた。一気に闘争の空気が晴れ、壁の外に移動するのかと思われた次の瞬間。
──ダンッ
コジュウロウは床を踏み抜く勢いでレッドの懐へと飛び込む。全員がコジュウロウの強襲に不意を突かれた。
──バオォッ
捻じりを利かせた掌底はレッドの鳩尾を射抜くように突き出されていた。しかしコジュウロウの踏み込みが半歩足らず、寸止めという形で突風を巻き起こす。
「ヒュ~ッ♪」
アキマサは思わず口笛を吹いた。
脅しか、それとも示威行為か。
ともかくコジュウロウはレッドをビビらそうと攻撃を仕掛けるふりをしたと周りは確信し、驚嘆の声を上げた。
「おおっ! 流石はコジュウロウ殿っ!」
「お客人が身動き一つ出来ておりませんぞっ!」
「まったくですなっ! 彼の御仁と戦おうなど無謀という他ないっ!」
そこかしこでコジュウロウを称える声が上がるが、当の本人は汗を一粒流した。
「マジかよ……」
そう呟くとザッと直立し、握手を求めた。レッドは警戒することもなく握手に応じた。
「あんた相当強いな。俺の攻撃を全部避けるとは思わなかったぜ。おみそれしました」
握手するコジュウロウは低姿勢で頭を下げる。レッドも「あ、ああ、そんなそんなっ!」と慌てて頭を下げた。
ヒビキは目頭をぐりぐり揉み解し、瞬きを繰り返し行った後に腕を組んだ。
「……突き、蹴り、抜き手、手刀、足払いからのかかと落とし、最後に鳩尾への掌底。計7連撃による打撃をすべて避け切った。それも紙一重で……」
モミジは「えっ?」という顔をした。見えたのは突きと蹴りと足払いからのかかと落とし、そして最後の締めの掌底の計5連撃。掌底しか見えていなかった部下たちはヒビキの言葉に何を言っているのか分からず思考が停止していた。
「いや、8だ」
そこにグルガンも口を出す。これにはモミジとヒビキが揃って「えっ?」っと困惑の声を上げる。
「ああ、当たりだぜグルガン。8連撃だヒビキ。手刀の後に指弾を使ってる。目を狙って撃ったと同時に足払いを仕掛け、かかと落としで決めようとしたが避けられたためにダメ押しで掌底を仕掛けたんだ」
「なに?……アキマサには見えたのか?」
「な? ふーっ……おいおい。たまたまだよ~。たまたま~」
アキマサはサングラスをチョイっと上げて自慢げに胸を張る。ヒビキはジト目でアキマサを見た後、何も言わずにレッドに視線を移す。
(アキマサは角度的に見えたのかもしれないが、傍から見ていた私には見えなかった攻撃。ならば向けられている当人にはもっと難易度の高いものだったであろう。それを……)
レッドの戦力を見誤っていた自分の審美眼を恥じる。そしてその上でレッドという超強力な戦力と協力関係を結べることに希望を持てた。
「レッド殿」
「はい?」
「この国は今混迷の時にあります。そんな時にあなた方と出会えたことに不思議な縁を感じずにはいられません。共に戦えることに感謝を。まずはこの国の観光をお楽しみいただければ幸いです」
「あ、お気遣いいただきありがとうございます。とりあえずこれが全部終わったら改めて観光を楽しもうかと思ってます」
「な……っ!」
ヒビキは驚いて目を丸くする。
(全部だとっ!? 平和になるまでは観光している暇はないとっ?! 何と厳格な男だっ! この精神力……オドオドしているように見せているだけだとでもいうのか?! 人は見かけに寄らないとはよく言うが、まさかこれほどの男だったとは……っ!)
次の瞬間ヒビキはレッドにお辞儀していた。日常的にお辞儀をしているレッドにとってお辞儀を率先してされることには慣れていない。レッドは困惑しながらもお辞儀し返した。
アキマサはコジュウロウとヒビキがレッドを認めたことをその目に焼き付けた後グルガンを見た。グルガンもその視線に気付き、アキマサをチラリと見る。
「……凄ぇじゃんレッド。マジであるだろ。求心力って奴」
「ああ。とびっきりの奴がな」
2人との挨拶を終えたレッドとグルガンはアキマサに連れられて次に向かった。




