296、悪巧み
レッドたちとアキマサの関係が深まっている頃、防衛を一瞬だけ任されたトガノジョウ=トウダの謹慎の知らせがキジン家に届いた。
「何ということじゃっ!! すぐにムネヤスを呼び戻すでおじゃるっ!!」
つい先程いつもの定期連絡とヨリマロの機嫌取りが終わり、帰り支度を整えていたムネヤスはすぐさま小さな茶室へと案内された。
やっと終わったと心底ホッとしていたというのに呼び出しとは、何かとんでもないことを言われかねない。嫌な顔一つしないように顔に力を入れながら茶室に入った途端、ヨリマロが書状を投げつけた。
「……どうかなされましたかな? ヨリマロ様」
「どうこうもないわっ! 奴は一体何を考えているのじゃっ!?」
「奴とは……?」
ヨリマロは投げつけた書状を何度も力強く指さし、見るように促してくる。
幼い子供特有の嫌なことがあった時、言葉よりも行動で報せてくるような面倒臭さに似た雰囲気にため息をつきたくなる。子供は語彙力がないのでそれを補うための行動であることを思えば理解出来るが、ヨリマロは大の大人である。口で説明しろと言いたいところだが、怒りや呆れの感情を抑えて書状を手に取った。
その文面にはトガノジョウ謹慎の文字が書かれているのに気付く。目を泳がせながらだれの指示かを確認すると、リクゴウの紋章が朱印で押されていた。
「アキマサめ……我らを謀ったか……っ!」
「そっちじゃないわ間抜けっ! 問題なのはトガノジョウの方じゃっ! 奴に秘かに保管させていたあの大型魔導弓を持ち出して警告もなしに撃ちおったそうじゃぞっ?! そのせいで危険物として虎噤に押収されてしまったわっ!!」
「な、何ですってっ!?……し、しかしそのようなことは一文字も……」
「今し方口頭で報告があったんじゃっ! そのくらい察せっ!!」
癇癪を起しているヨリマロの無茶な要求に辟易しながらもムネヤスは顎を撫でた。
「……ふぅむ、手札を一つ取られましたか。トガノジョウの失態とはいえ、ここで虎が出てくるとは……アキマサを動かしたのは四臣創王ということで間違いありますまい……」
「そんなこと言われんでも分かっとるわっ! 問題はどうやって取り返すかであろうっ! どうすれば良いっ?! 狗を放つかっ!?……いやっ! 狗では太刀打ち出来んっ! この際麻呂が……っ!!」
勝手に追い詰められ過ぎて、自分が今まで保ってきた黒幕ムーブを投げ捨てようとしていた。
「その必要はありませぬ。手札は多いに越したことはありませぬが、気取られても面倒です。仕方がないので魔導弓とトガノジョウは計画から外しましょう」
「ぬっ! 馬鹿なっ!? それでは戦力が足りぬっ!」
「いえいえ、そんな事はありませぬぞ? 確かに謹慎中のトガノジョウは使えませぬが、奴の忠臣であるクロバ、シュウジ、タカガミのトウダ御三家を我らの陣営に加え入れましょう。万が一、御三家がやらかした場合は全てトガノジョウが責任を取る形で……」
「トウダの家臣に主人を裏切らせると言うのかっ?! 武家は皆一様に面目を保とうと必死のはずじゃっ! 主人を差し置き、自分だけ目立とうとするなど武士の風上にも置けまいてっ!」
「……よくご存じで。我らを手玉に取るために相当苦労なさったご様子ですな。しかし、シンクロウ=クロバは一味違います。あ奴であればトウダ家の地位を担保によく働くことでございましょう」
ムネヤスは淡々と告げる。その様に戦々恐々とするヨリマロだったが、思えば同じ穴の狢であることを悟り、笏を口元に当てがいながらケタケタと笑った。
「うふっ……ほっほっほっほっ! なんとまぁ酷い男よ。まさに外道というのが相応わしい」
「お褒めに預かり光栄にございます」
深々と頭を下げるムネヤス。ヨリマロは大層満足げに頷いたが、ムネヤスは内心怒りに震えていた。
(先手を取られたか……これはあの小娘による揺さぶりと見るのが妥当。ゲンム家当主、シズク=ゲンム。先代のオウガイ=ゲンムは御し易い男と見ていたが、その娘が当主の座を奪ってからというもの四臣創王の層がより厚くなりおった。あのトロいアキマサが酒造の火事をネタに強請って来たのもシズクの差し金で間違いあるまい。……生意気な小童どもが家督を継ぐなど千年早いわっ!)
ムネヤスは四臣創王最年少のシズク=ゲンムが影で動かしていると踏んだ。彼女は若いながら頭が良く、決断力に優れたゲンム家の星。そのため、相手の言葉の意図や裏を正確に読み、ズバッと確信を突いたり、言葉の端々に罠を仕掛けて相手の動揺を誘ったりもする。
彼がシズクを警戒するのは個人的な恨みからではあるが、それ以上に四臣創王の頭脳担当としての側面からでもある。
「それほどまでに自信があるというなら戦力を多少削ぐのもやぶさかではない。だが、分かっておろうな? 麻呂に大口を叩いたのであるから必ず計画は遂行されねばならない」
「心得ております。コウカクの派閥がなりふり構わないというのであれば、こちらも遠慮なく行けるというもの。我が手腕、御覧に入れまする」




