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293、洗礼

 レッドたちはモミジに連れられて壁の出入り口から龍球王国へと入国する。


 国に入ってまず飛び込んできたのは建物。そして庭や道に草木を植えているので、緑と木造住宅が調和する美しい和の風景を堪能出来た。

 店には暖簾がかかり、灯りの灯っていない提灯はレッドたちから見れば何に使われるかも分かっていないが、飾ってあるだけでも不思議と楽しい気持ちを湧き立たせる。


 アレンの説明に会った通り、他で見ることの出来ない幻想的な風景は、先ほど落胆させられた心に潤いを与えてくれた。


 物珍しさに好奇心が抑えられずキョロキョロしていると、国民たちはそれ以上にレッドたちを気にしていることに気付く。観光客を滅多に入れることがない国なので、ここに着物以外で歩いているとすぐに目立つのだ。


「なるほど、この格好は目立つな。この街に溶け込むには彼らと同じ衣装が必要か」

「ええ、その通りです。師匠のお屋敷で着物をご用意しておりますのでそちらに着替えていただきます」


 モミジもそれを分かっていて本当はすぐにも着物に着替えて欲しかったが、師であるアキマサからリクゴウ家の屋敷まで街を練り歩くように言われていた。こんなにも目立てば着物に着替えたとて顔が割れている以上、街に出るのは危険が伴うと思うのだがそれでも良いのだろうかと不安を掻き立てられる。


 チラッと酒場や路地裏を見ればゴロツキたちが値踏みをするようにレッドたちをジロジロ見ているのが分かる。他にも何人かよからぬ雰囲気で様子を見ている連中が居るが、そいつらの何人かは慌てて顔を背けていた。

 今すぐにも絡んできそうな雰囲気を持つ連中と、絶対に関わりたくない雰囲気を出す連中。両者は何が違うのかと考えつつも住宅街へと入っていく。

 この道を突っ切れば屋敷だというところで、がなり立てるように呼び止められた。


「待てゴルァっ!」


 背後から呼び止め、前方から道を塞ぐようにゴロツキがやって来て閉じ込められた。


「余所者が勝手に入ってきて俺らのシマを練り歩くたぁ何事だ? もしかしてシマ荒らそうと値踏みしてやがったんじゃないだろうな?」


 屈強な輩が舌なめずりをしながら言い掛かりをつけてくる。ここで襲おうと画策していたかのような配置に違和感を覚えたが、モミジは一歩前に出て牽制する。


「それ以上近寄んないでっ!」

「引っ込んでろっ! 貧相なガキには用はねぇっ!」

「な、なんですってぇっ!?……コホンッ……どこの奴か知らないけど、怪我しない内に帰った方が身のためよ。それにここはあんたたちのシマじゃない。リクゴウ家のシマだから。そこんとこ間違えないでよねっ」


 モミジの言葉に色めき立つゴロツキたち。


「あぁ~っ? リクゴウがなんぼのもんじゃいっ!」

「南蛮人を連れてきていい気になっとるようじゃのぉっ!!」

「もうええわ。攫ってしまおうやないの」


 じりじりとにじり寄るゴロツキたち。終始冷ややかな目で見ているブルックたちの中でレッドだけがアワアワと焦っていた。


「……いや、なんでだよ。あんな雑魚に怖がんなよ」

「い、いや……俺たち何かしたかな? 見てるだけしかしてないよね? この国の法律とか知らないんだけど、見るのがダメなとことかあったのかな?」

「あれはただの言い掛かりだ。どこの国でもあるんじゃねぇのかよ?」

「そ、そうか。アレン君からいい人ばっかりって聞いてたからてっきり……」

「しっかりしろよ、ったく。……なんで俺様の方が順応してる感じなんだよ……」


 オディウムは段々レッドのペースに慣れて行っている自分にイライラしていた。

 ゴロツキたちから放たれる一方的で暴力的な空気にモミジも少し腰を落として臨戦態勢に入る。今にも飛び出していきそうなモミジの肩にブルックがポンッと手を置いた。


「奴らの狙いは我々のようだ。私が出よう」

「俺もやります」


 ブルックとアレンが並んで前方に立つ。


「後ろは任せな」


 レナールがスキットルを開けて酒を一口含むとニヤリと猛獣のように笑う。それに続いてティオも参加しようとしたが、グルガンに止められた。


「ここは我が出る。貴公らはゴロツキをレッドに近づけさせないようにモミジ殿と共に守ってくれ」

「え? あ、はい」


 ティオとリディアは敵を近づけさせないように前後で見張る。レッドとモミジを守るよう中心に配置し、十数人いるゴロツキ相手に前後で2人ずつが戦う布陣。

 モミジは流れるように陣形を整えるブルックたちを心で称賛しつつも、レッドの存在を不可解に思っていた。

 この場合レナールよりも先にレッドが前に出ることを要求されそうだが、むしろ下がっていることが普通であるかのように対応している。先ほどゴロツキたちの圧に怯えるように焦っていたのを鑑みれば、このチームで一番弱いのはレッドなのだろうと憶測が立つ。

 とするなら何故一見強そうなチームに居るのか。もしかしたらレッドの飼っている牛のような頭を持つマスコットがこの男の価値を高めているのかもしれない。そう思いつつオディウムをチラッと見ると、オディウムはその視線に気付き、イラっとしたような顔でモミジを睨んできた。


(何こいつ……可愛くない……)


 モミジがオディウムを嫌った直後、「やっちまえーっ!」という号令が響き渡る。ドタバタと大股開きで武術の心得も無いように走ってくる。その点ブルックたちは武術に加え、命がけで戦いを掻い潜って来た歴戦の勇士。素人のゴロツキに勝ち目があるわけもなく、ヒラヒラはためくマントすらまともに触れることなくボコボコに吹き飛ばされていく。


「強い……」


 モミジもこの程度のゴロツキには負けない。たとえ十数人全員が一斉に掛かってきても対処出来る自信があるが、ブルックたちの動きのキレに着目している。

 息の合ったコンビネーション、足捌きや適切なタイミングでの攻撃。強すぎる腕力をでたらめに振り回すのではなく、敵の頭がそこに来ることを想定して拳や蹴りを置いておく偏差攻撃を中心とした命を取ることのない攻撃は、言葉以上に彼らの『人となり』を教えてくれる。


 このままでは勝てないと悟ったゴロツキは武器を取り出す。それは『合口(あいくち)』と呼ばれる短刀。小さく、刀のように目立つことのない合口は持ち運びに便利で、もしもの時に使用出来る武器である。

 こっそりと気配を消して間合いの外から陣形の中に入り込むと、ティオに向かって突進する。1人でも怪我をさせれば勝ちとでも考えている浅はかな行動。

 モミジは不味いと感じて足に力を入れたが、それよりも速くティオが男の手から合口を蹴り飛ばす。

 横から蹴り飛ばされた合口は壁へと刺さり、ティオはそのまま一回転しながら男の延髄を蹴り飛ばした。勢いづいた男は顔から地面へとダイブし、ピクピクと痙攣している。


「おぉ〜っ流石ティオさんっ!」


 レッドの称賛にウィンクで返答し、ティオは警戒に戻った。

 その後は特に何事もなくゴロツキを倒しきり、ブルックたちは汗一つ掻くことなく芋虫のようになった呻く男たちを見下ろしていた。


「すいませんティオさん。1人取りこぼして……」

「問題ないよアレンさん。……しかしこのまま放置するのは不味いかな。私とリディアでこの方たちを回復させます。皆さんは先にお屋敷に入ってください」


 ティオの提案に「流石にそれは……」とモミジが苦言を呈しそうにすると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。


「いやぁ〜っ凄い凄いっ。君ら面白いねぇっ」


 そこにはサングラスをかけた胡散臭い男が立っていた。男を見た途端レッドは見覚えのある顔にハッとなったが、初めての龍球王国で見覚えのある顔に出会えることなどないはずだ。


(う〜ん……さっき壁の上にいた人に見えなくもないけど人違いかなぁ……?)


 レッドの考えを余所に新手かと身構えるブルックたちだったが、アレンとモミジが茫然と、しかしハモるように声をかけた。


「「師匠っ!」」


 その瞬間に警戒は解ける。警戒が解けると共に懐疑的な視線に晒される。


「師匠って……コイツが?」

「ちょっ……酷い言い草ですよレナールさん。そうです。この方こそが俺が剣術を教えてもらった龍球王国の師、アキマサ=リクゴウさんです」

「どうも〜」


 手を振ってニヤつくアキマサに目を点にする一行。


「……うん。立ち話も何だからさ。屋敷で話そうか。そいつらは後でウチのに手当てさせるからそのままで大丈夫だよ。ささ、中へ中へ」


 アキマサに言われるがまま後ろ髪を引かれる思いでゴロツキたちを放置し、屋敷の中へと案内された。

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