291、超弓武神破邪
魔導戦艦を退けたのは魔導弓の力である。
それも人間が持つような魔導弓ではなく、設置型の超巨大弓。その名も『超弓武神破邪』。
武力で最強を目指したトガノジョウが私財を投じて作らせた兵器である。
もちろん一つの家だけでは到底持てる品ではない。その裏にはキジン家の資金援助と、テンコウ家の人脈を生かした技術提供があったからに他ならない。
「おぉ……っ!」
「何という威力だっ!」
戦も無く、倉庫で腐らせていた超兵器を使用することに感動を覚えた部下たち。
これを浮島に打ち込めばかなりのダメージを与えられると自負している。
「ふんっ、他愛もない。最初から私を防衛の要にしておけば、このような浮島を近づけることなかったのだ」
トガノジョウはふんぞり返って威張っている。
「しかしよろしかったのですか? 警告もなしに急に魔導弓を放つなど……」
「蛮族に話し合いなど通じん。我々を威圧するように滞空させているあの浮島を見ろ。破壊した方が国のためというものだ。しかしそれに踏み出せないのが現体制の困ったところよ。ニシキ様は臆病風に吹かれ、四臣創王は指を咥えて見ていることしか出来ん始末」
「殿。そのくらいでお控えになった方が……」
ジロリと部下を睨み付けるが、すぐにくだらないものを見たように視線を切って陶酔に入る。
「ふんっ、まったく……。今の世の中ではシンクロウの苦言も分かる。言論統制を敷かれているようなもの。その点、ヨリマロ様は素晴らしい御方だ。策謀を巡らせ、浮島の主とも既に会合を開かれた。ニシキ様など遠く及ばん」
「密会でございます。あまり大ぴらに口にするのはどうかと……」
「どうでも良いことだ。このままヨリマロ様が実権を握ってくれればありがたいのだがな……」
トウダ家の栄光のために邁進するトガノジョウ。シンクロウは気が気でない。こういった不用意な発言を所かまわず口にする主人に愛想が尽きる思いだった。
(イノシシ武者め。どこでどう聞かれているかも分からないというのにベラベラと……。狗ならまだしも虎に聞かれたら大事になるぞ)
密偵や草の者を意識しつつ目配せをするシンクロウ。今のところそれに該当しそうな影はないが、油断は禁物である。
「殿っ!!」
伝令係が急ぎトガノジョウの元に走る。息を落ち着かせ何事かを尋ねると跪いて口を開いた。
「東に急接近してくる魔物の影がございます! 飛行船が隠れた辺りからやって来たと報告がっ!」
「なにぃ? なるほど、あの程度では怯まんか。ならばもう一度、超弓武神破邪にて分からせてくれる。『雷竜』を下ろし、『火の鳥』を番えよ」
「はっ!」
部下は踵を返して走り去る。
「殿。空に放つならともかく、地面に火の鳥を放てば地形が変わってしまいます。お考え直しください」
「分かっていないようだなシンクロウ。これは一つの公開演技。いわばキジン派の示威運動に他ならない。これ以降、誰も私に文句が言えぬようにするための布石でもあるのだ」
トガノジョウの目には野心が灯っている。それはいずれキジン家を超え、龍球王国そのものを手中に収めようとまで考えているほどの野心。
超弓武神破邪の一撃を内外に知らしめ、武力による支配を目論む。
*
オディウムを乗り物にして地上を駆けるレッドたちは疾風の如き速さであっという間に大きな壁の前までやって来た。
「ったく、なんで俺様がこんなことを……」
「乗り心地は悪くないよ」
「うるせぇっ!」
キレるオディウムを放っておいてレッドたちはまじまじと壁を眺める。
石と木で作られた見上げるほど巨大な壁。一見脆そうに見えるが、魔法を使用する者にはこの壁に防護魔法がかけられていることに気付く。高硬度な上、風雨に曝されても問題ないように腐食防止効果や水をはじく防水まで徹底している。
定期的に手入れされているおかげか先ほど建て終わったかのようにまっさらな状態だ。余程の綺麗好きか、几帳面か。龍球王国の国民気質が良く現れているように感じる。
壁から警戒心を孕んだ複数の眼差しで見られているのを感じる。敵ではないことを証明するために対話が必要だと感じた一行はキョロキョロと出入り口を探し始めた。
『そこで止まれぇっ!!』
拡声器で大きくしたような声が響き渡る。
『怪しい奴らめっ! キサマらの目的が何かは知らんが、それ以上進むようなら攻撃を開始するぞっ!!』
「待ってくれっ! 俺たちは怪しい者じゃ……っ!」
──バシュッ
アレンが大声で誤解を解こうとしたが、そのすぐ目の前に光の矢が射られた。これは小型の魔導弓であり、威嚇用に使用したと思われる。
『お前たちの弁明など聞いていないっ!! 今すぐに立ち去れっ!!』
相手は聞く耳を持たず、一方的に攻撃を仕掛けようとしてくる。完全になしのつぶてである。
ブルックはアレンの肩を掴み、首を横に振る。
「仕方がない、一旦下がろう」
「で、でも……」
「もう一度書状を出してから反応を見て見るべきだ。このままではいつまでたっても入れないからな」
アレンは肩を落とし、踵を返した。まさか入国許可を得た先で門前払いを食らうなど考えられない。それはレッド他みんなも同じで、思った以上に落胆させられた。
仕方なく魔導戦艦に戻ろうとオディウムの背中に乗り込んでいる最中に、草木の陰から「ねぇちょっと」と甲高い声で呼び止められる。その声に聞き覚えの合ったアレンはハッと顔を上げた。
「モミジさん!」
知り合いの登場に嬉しくなってオディウムの背中から飛び降りる。
「久しぶりアレンくん」
モミジもまんざらではない顔で迎え入れる。
「この子がアレンの?」
レナールは信じられないといった顔で目を丸くしている。
「あ、違いますよ? この人は俺の姉弟子のモミジさん」
「モミジ=タイジョウです。よろしく」
ペコリとあいさつをするモミジに「あ、どうも」と返答する。
「師匠から皆さんが来ることは聞いていたのですが、申し訳ないことに今この防護壁を守護する武家が聞き分けのない奴でして……。あたしが中までご案内いたします」
レッドたちは顔を見合わせて困惑する。
怖がらせないように人間形態となったグルガンがモミジにせっついた。
「すまないが、我々だけではなく船を待たせてあるんだ。出来れば早めに誤解を解いてもらいたいのだが……」
「承知しています。とにかく今はついてきてください」
一行は仕方なくモミジの後を追う。
そんな中レッドは一人、壁の上を眺めていた。
「何やってんだレッド? 置いてかれちまうぞ」
「あ、ごめん。いや、なんか上で揉めてるように見えるっていうか……」
「こっから? 嘘だろ。お前どんな目をしてるんだよ?」
「いや、やっぱり何でもない。あ、えっと……みんなどっち行った?」
「……お前方向音痴な上に迷子属性持ってんのかよ。勘弁しろよな、ったく……。ほら、あっちだ」
レッドはオディウムに案内の案内をされながらみんなと合流し、事なきを得た。




