289、おかしな采配
浮遊要塞が龍球王国に到着し、襲撃がないことにストレスを感じながら数十日。ついに動きがあった。
「何のつもりだっ! トガノジョウっ!!」
敵襲に備えて守りを固めていたセイリン家の軍を、押しのけるように別の軍団がやって来た。
セイリン家当主であり、この軍の総指揮であるヒビキ=セイリンは、肩を怒らせながら突如やって来た軍の司令官に詰め寄る。190cm近くあるヒビキから見れば大抵の人間を見下ろすことになり、目の前の男もまた下に目線があった。
長い白髪を掻き上げて後ろに結い、広いおでこと常に眉間にシワを寄せたのが特徴的な居丈高な男。
トガノジョウ=トウダ。
天征十一将の内の一つ『トウダ家』の当主であり、腕の立つ武将である。
頭頂部から毛先まで白髪であることと、醸し出す雰囲気から老けて見られがちだが、まだ20代と若い。
長身で威圧感のあるヒビキを前に臆することなく仁王立ちで迎える。
「何のつもり、だと? ふっ……いつまでも動きがなく陣形を敷いているだけの愚策に喝を入れに来たのだよ。私が来たからには君を失望させたりはしない」
「それはとっくに……いや、今はそんなことはどうでもいい。これはコウカク家から託されたセイリン家の仕事だ。お引き取り願おう」
「ニシキ様を御旗に立て、私の上手を取ったつもりかな? 不敬極まる行為だ」
「なにを……っ!?」
トガノジョウはスッと書状を取り出した。
「これを見たまえ。先にあった会合にて過半数がこのトガノジョウを防衛に回すことに賛成した。もう君の出番はない」
「過半数をっ?! そ、そんなはずは……!?」
書状を開き、ヒビキは絶句する。そこにはトガノジョウを防衛ラインに推薦する文言と、賛成した家の名前が書かれてあった。
『キジン家』を筆頭に『テンコウ』『トウダ』『タイイン』『テンクウ』、そして『リクゴウ』の名がハッキリと書かれていた。
「バカな……」
ヒビキの反応を見て満足したトガノジョウは鼻で笑いながら歩き去る。トガノジョウの家臣はそれと同時に声を張り上げた。
「ここは今から我らトウダ家が仕切るっ! セイリン家の者は引継ぎを済ませ、早々に立ち去ることっ!よいなっ?!」
「待てっ!! そもそも会合が開かれたなど聞いてないぞっ!!」
家臣は呆れた顔でヒビキに目を向ける。
「申し訳ございませんが御当主殿、既に決定したことにございます。そも、あなた様が参加していようとも決定に変わりありません。過半数を超えているのですから、諦めていただく他ございません」
その通りである。ヒビキの中では『公平性が……』や『これは不意打ちに等しい』など様々言いたいことが頭を駆け巡ったが、6つの家の合意に抗う術を持ち合わせてはいなかった。
「……承知した」
ヒビキの苦々しい顔を見て家臣は鼻で笑った。その顔を見たヒビキの部下はカッとなって掴みかかろうとするが、それをヒビキが手をかざして制した。
「やめろっ」
「し、しかし……!」
「不服ではあるが決定は決定だ。ここはトウダの者たちに任せて我々は防衛線を下げる」
「……畏まりました」
ヒビキの判断を聞いたトウダ家の家臣、シンクロウ=クロバは先ほどまでの愉悦が消え、一気に無表情となる。
無造作に伸ばした少し長めの黒髪、冷たい印象を受けるツリ目に赤い瞳を内包した病み系のイケメン。トウダ家の家臣の中では随一の実力を持つトガノジョウの懐刀。
冷笑を見せたのは相手の怒りを誘い、暴力沙汰を起こさせてセイリン家に貸しを作るつもりだったのだが上手くはいかなかった。
シンクロウは何事もなかったかのようにやさしく笑って見せる。
「……トウダの家臣としてその判断は否定しなければなりません。ですが個人的には賛成でございます。この話は聞かなかったことに致しますので、良ければ我々が危機に陥った時には是非ともご協力いただけますようよろしくお願い申し上げます」
張り付いた笑顔のまま深々とお辞儀をするとサッと踵を返してトガノジョウの元に歩き去った。
「……気味の悪い奴ですね。常にこちらを試すような視線には虫唾が走ります」
「ああ。トガノジョウ以上に厄介な男だ。下手に手を出すと面倒なことになりそうだ。今後は気を付けろ」
「あ、た、大変申し訳ございませぬっ!」
部下に引継ぎを任せたヒビキは下がりながらも急な配置転換に頭を捻る。
(最近帝国と聖王国の直上にあった浮島が墜とされたとの情報は耳にしていたが、まさか攻撃を仕掛けるつもりなのか? 早計が過ぎる。力量も測れぬまま攻撃を仕掛けるのは無謀であることを再三に渡り打診し続けたというのに結果がこれか……? いや、キジン家は浮島の主と密会をしていた報告がコジュウロウから上がっている。攻撃ではなく敵を招き入れるための配置転換ということか? だとするならアキマサがかかわっていることの理屈が通らない)
キジンを筆頭とした他の家はともかく、リクゴウ家当主であるアキマサとは旧知の仲。キジン派閥に迎合するような男では決してない。
「……何かがある。いや、何かを起こそうとしているのか? アキマサ」
ヒビキは腰に差した刀を撫でながらギロリと浮島を見た。




