283、伝手
「また入って来たって? しかも今度はレッドの部屋にねぇ……嫌だねぇ、怖いもの知らずってのは……」
ルイベリアは手を振ってため息を吐く。天使に2度も侵入された事態を重く受け止めている。
天使まで出張って来たことにアリーシャも看過出来ない。
「──これは私が思う以上に事が大きくなってきた証拠ですね。これまで以上に戦力を必要とする時が来たようです。龍球王国アマツカグラの友人にも手伝っていただきましょう」
それを聞いた剣聖アレンも立ち上がる。
「龍球王国には伝手がありますっ! 龍球王国に行くなら俺が書状を出しますよっ!」
ライトは腕を組んで眉を顰める。
「……信用出来るのか?」
「ええ。龍球王国ではこれ以上ないほど信用しています。実はその人に剣術を指南していただいたことがありまして、俺が剣聖にまで成れたのはその人のおかげと言っても過言ではないでしょう。信頼に足る人物ですし、実力なら俺が保障しますっ!」
アレンが豪語するほどの人物にブルックも微笑む。
「アレンにそこまで言わせる人物は珍しい。私はアレンを支持する」
その言葉にレナールとデュランも乗っかる。ブリジットは黙っているが、無言の肯定でアレンを秘かに支持していた。
「龍球王国に行くの? いいな~。私も行きたいけどダメなんだろうなぁ……」
七元徳のティオは肩を落とす。セオドアはそんなティオを睨め付けた。
「遊びじゃねぇぞ七元徳。そんで何勝手に離脱しようとしてんだよ。お前らもこの世界の危機に立ち上がれや」
「それはそうなんだけど……」
ティオがいじける仕草を見せたところでランドルフが割って入った。
「我々は現在教皇直轄の任を離れております。ですが魔神ヴァイザーを倒した今、ガブリエル様は退位され、新たな教皇がその座に就くことでしょう。そう慣れば任務もまた変わる。つまり、次期教皇様の命令を受けてようやく我々の行き先が決まるということになります」
これを壁際で聞いていたフィアゼスが鼻で笑いながら首を横に振った。
「悠長なものですね。アリーシャさんの言った通り、これまで以上に戦力が必要となってくる時だというのに教皇優先ですか? これだから正教の信徒は困る。もう少し臨機応変に対応していただきたいものですねぇ」
「それが組織の在り方というものだ。知りもしないくせに偉そうなことを言うな」
アドニスはニヒルを気取るフィアゼスに強く当たる。その態度が気に食わなかったフィアゼスは動きやすいように壁から離れた。
「仲間割れをしている場合でもございませんわよ。どれだけ気に食わないと感じたとしても、わたくしたちは仲間なのですから。お互いもう少し歩み寄りましょう」
「御免被りますねぇ。せいぜい私の引き立て役にしかならない方々と歩み寄るなどと……」
クラウディアの落とし所を蹴るフィアゼス。これにはオーウェンも呆れ返る。
「人も魔族も話の分かるものと分からぬものがいるとは、興味深いものだな。いや、グルガン殿が稀有なのかもしれん」
「そうだな。どっかの野郎とは大違いだぜ」
クレイも同調する。馬鹿にされたと感じたフィアゼスはいよいよカタールを取り出したが、ルイベリアが「艦内は喧嘩禁止ね」と釘を刺す。フィアゼスは鼻を鳴らしてカタールを仕舞った。
「まぁ良いでしょう。そんなことよりも龍球王国への伝手ですか。アレンと言いましたね? 失敗したらタダでは置かないですよ?」
「おいおい、俺らと喧嘩する気か? 上等だ。今すぐおっ始めちまうぜ?」
セオドアが喧嘩腰で立ち上がったが、ルイベリアが再度「艦内は喧嘩禁止ね」と聞き取りやすいようにゆっくりと伝えた。
「これからすぐに出します。龍球王国は今、外からの出入りが難しい状態にあるので、返信があってからの出航になるかと思います。それでよろしいですね? レッドさん」
レッドは難しい顔をしていたが、アレンの質問にはすぐに頷いて返答した。
そして言葉を発することなく立ち上がり、食堂を出ていく。
ディロンがその後ろ姿を追いながら呟いた。
「……どうしたんだあいつ?」
「思うところでもあるんだろう。そっとしておこう」
レッドは黙々と廊下を歩いて行った。
*
レッドたちの話題の中心である龍球王国アマツカグラは表向き平和そのものだった。
浮遊要塞が到着してからそれなりに時間が経過したが、武力による進攻は一切なく、書状が行ったり来たりしながら漫然と時が過ぎていく。
魔神グレゴールが駆る浮遊要塞を正面に据え、防衛のために物見やぐらから敵の動きを逐一観察していた将軍ヒビキ=セイリン。
同じく警戒態勢で内外に目を光らせる隠密部隊筆頭のコジュウロウ=ビャクガ。
2人は『四臣創王』という役職を持つ武家の当主である。
ヒビキは現場をいったん離れて四臣創王全員に招集をかけ、突発的な会議を開いた。
敵の動向の報告と警備体制、助力の要請の有無など情報共有と万が一の対処のすり合わせのためだったがそれは建前であり、追い払うことの出来ない現状に苛立ちを抑えきれなかった。
「分かるよぉヒビキの気持ち。あんなのがあたしたちのすぐ傍まで来たってのに何も出来ないなんて世も末さ……」
ヒビキの心に寄り添うの北部筆頭。ゲンム家の当主、シズク=ゲンム。
緑掛かった黒髪のロングヘアの少女。可愛らしい顔をしているがまだ成長をの途上であり、これからだんだん美人になっていくのが分かる整った顔立ち。いつもニコニコとした糸目のおかげもあって人懐っこい印象を受ける。
ちょこんと正座している様はこじんまりしていて四臣創王の中では頼りなさそうに見えるが、10代という若い身空で心技体のすべてを備え、知力も四臣創王随一。年齢に相応しくない地位も先代の父親から奪い取ったものであり、見た目で侮れば痛い目を見る。
「全く面倒である! もっとこうズダダダダッ! と状況が進まないものか!」
胡坐をかいて大声で喋るのは南部筆頭。オオトリ家の当主、ホウヨク=オオトリ。
赤い癖毛に橙色のメッシュが入った燃えるような頭髪。きりっとした太眉に瞳の色はややオレンジ掛かった緋色。鍛え上げた筋肉はもりもりとその存在を主張する。暑苦しいという言葉がぴったりと当てはまる2mの巨漢。
鎧武者のヒビキもかなり身長が高いものの、ホウヨクと比べれば頭一つ下がる。
四臣創王随一の戦闘能力を誇り、一騎当千の実力者。その実力は大陸最強と謳われた剣神ティリオン=アーチボルトに匹敵すると噂されている。
そんな逞しい体と実力を持つ彼だが、顔は中性的であり化粧をすれば女性にも見えるというギャップ持ち。この顔もあってか、ナルシストである。
この2人と同様、ヒビキは東部筆頭セイリン家の当主であり、コジュウロウは西部筆頭ビャクガ家の当主。つまり四臣創王とは龍球王国の東西南北を治める武家の総称である。
「鳥獣風情の頭ならすぐにも襲撃されたかもしれないけど、そうはならなかったから少なくとも知性はあるんでしょ。それを踏まえてキジン家が権限を頗る活用して奴さんを内側に招き入れたがってる。まだ実現はしていないけど、来るとなったら全力で阻止しないと。と言っても、書状でのやり取りを見るにそこまで悪い人って感じではないかなぁって……」
「問題があってからでは何もかもが遅い。公家共は何のための防衛か分かっていないのだ。自分の体で考えれば分かることだが、虫を体内に入れて内側から食い破られる事態となれば命はない。そうだろ?」
シズクにヒビキが噛みつく。コジュウロウはやれやれと肩を竦めた。
「あの野郎がこの国の将来に目を向けてたら取って置きの酒でもてなしてたぜ。ま、夢でもありえねぇがよ」
「しゃらくさいっ! いっそこちらから仕掛けて頭を引きずり出し、粉々に打ち砕くというのはどうかっ!」
攻めに転じることを打診するホウヨク。しかしそれをヒビキが切る。
「制空権を取られ、地の利もない。圧倒的不利な戦局になるのに仕掛けるバカはいない」
「うぐっ!?」
「元よりこちらは防衛一本。相手の出方を伺い、後の先で斬るのみ……」
「し、しかしだなぁヒビキ殿」
「二度は言わない」
ヒビキは腕を組んで静かに目を閉じる。実際ホウヨクの言う通り、しゃらくさいとは思っている。しかし戦局を見誤れば勝てる戦いも負ける。相手の戦力も分かっていない現状では負ける可能性の方が濃厚。打って出るのは自殺行為。
「いやいや待ちなよヒビキ。ホウヨクがその実力を振るおうってのに邪魔しちゃ悪いだろう?」
「……え?」
コジュウロウはにやにやと笑いながらホウヨクを見る。それにつられてシズクもニコッと笑った。
「確かにそうね。岩盤をも砕く剛腕のホウヨクが単身行って戦局を塗り替える働きを見せてくれるに違いないわ。そうよね? ホウヨク」
ホウヨクはすっかり威勢を失っていたのだが、それを察してコジュウロウとシズクが追い打ちをかけた。
「いや、あの……わたくしは……」
「冗談はその辺にして2人とも。それよりも問題の公家は今どうしている?」
ヒビキの質問にはシズクが答える。
「相変わらず黒幕ごっこで忙しそうだよ? 立場と財力に物を言わせて派閥の拡大を狙っているね。あんまり捗って無いみたいだけど……。最近ではニシキ様に近付こうとお目通りの嘆願書を送り付けてくるから全部跳ねてる。いつ何時強引にやって来るか分からないから敷地内に入れないよう厳戒態勢を敷いてるよ。何かあればすぐに連絡が飛んでくる。今この時でもね」
「ニシキ様に近付こうなど不敬極まる。国の危機でもなければ一人残らずひっ捕らえて打ち首にしてやるものを……」
「だから今動いてるんでしょ?」
「……だろうな。狗が放たれていると聞いたが、そっちはどうなっているコジュウロウ」
コジュウロウはつまらなそうな顔で唇を尖らせながら答える。
「狗と虎じゃ結果は見えてるだろ……。つっても今は泳がせてるぜ。前に3匹捕まえた時、いきなり自爆しやがったからな。捕まえた狗は全滅。虎は1人が死亡、1人が重傷だ。つーわけで情報収集に切り替えた」
「ふんっ! 自爆とは派手な死にざまだな! 毒物であればこちらも手が打てるというにっ!」
「ああ、だな。そういえばホウヨク。お前のとこに最近公家の連中が出入りしてるのを見た気がすんだけど、ありゃ俺の気のせいか? それともまた懲りずにお前を篭絡しようとでもしてんのか?」
「う、うむ。篭絡かどうかは分からんが、最近良き茶器が手に入ったと聞いて見せてもらえる機会があってな……」
「お前また……」
「安心めされいっ! 今度は受け取って無いからっ!」
ホウヨクの自信たっぷりに言い放った言葉に「そもそも受け取るな」とヒビキのツッコミが入った。ホウヨクがしゅんっと縮こまったところでシズクがヒビキを見る。
「話を戻すけど、キジン家の動きを見るに奴さんは一応意思疎通は取れるみたいだし、こっちからも書状を送ってみようか。何を考えているのか把握しておきたいし、話の分かる相手なら戦わない解決法もあるかもしれないよ? ほら、いつまでも兵を配備していたら身が持たないでしょ?」
「難しいところだな。帝国にも聖王国にも攻め入った噂が立っている以上、友好関係は結べまい……」
「……今はまだ『見』ってこと?」
シズクの言葉に沈黙で返答する。
「あ〜あ。ホウヨクじゃないけど、どっかに打開策って転がってないものかなぁ? 例えば、聖王国や帝国から助力の打診があるとか……」
「前に一度書状を送っているのだろう? それで返事がないのだ。自国で手一杯と考えるべきだな。……さて、私もそろそろ戻ろう。私のわがままで招集をかけてすまない」
ヒビキが立つのに合わせてホウヨクも立つ。
「水臭いぞヒビキ殿っ! わたくしたちの仲ではないかっ!」
「こっちからも呼び掛けることもあるから気にしない気にしない。防衛頑張って」
2人に励まされたヒビキはお辞儀をして感謝を表す。ヒビキが行った後、コジュウロウがシズクに耳打ちする。
「……テンクウのおっさんの所にジャガラームの国王から書状が届いた。そのまま機界大国に流したようだが、妙な動きが続いてる。ニシキ様のことは引き続き頼んだぜ」
シズクの目が微かに開く。赤橙色の瞳がチラリと見えたかと思うと、すぐに目を閉じて小さく頷いた。
国には国の問題がある。
魔神たちは国民総出で当たらなければならない問題だというのに、それを利用しようとする勢力のせいで一丸となることが出来ない。
魔神グレゴールが攻めて来ないことだけが唯一の救いだった。




