278、行く末
──ザッ
デザイアは立ち上がった。
わなわなと肩を震わせながらギラリと目を光らせる。
「……裏切ったかドラグロス」
右手を眼前まで持ち上げ、鎧の隙間から漏れ出るオーラを握り潰すように拳を固めた。
「モロクを撃破し、さらなる成長を遂げたようだな。面白い。この私に歯向かうとどういうことになるのかその身に教えてやらねばなるまい……」
──ゴゴゴゴゴッ
全身から沸き立つオーラは玉座の間全体を覆い、強大な魔力を遊ばせる。
デザイアはおもむろに手をかざし力を込めると空間に穴が開いた。
「ロードデーモン。ここへ」
呼ばれた魔王はその穴をくぐって現れた。
大きなうねるツノを2本生やした翼が生えた悪魔。石を削り出して作られたかのような嘘のように角ばった筋肉と唇に隠れ切らない上顎の牙が2本、サーベルタイガーのように飛び出ている。
エルフの皇帝ゼロニアスに書状を手渡した悪魔である。
胸を張り、威厳溢れる様相でデザイアの前に姿を現したが、内心ビクビクしているのはすぐに分かった。
「お呼びいただき光栄でございますデザイア様」
「うむ。これより半刻の後、ドラグロスを捕獲しに行く。部下に周知し準備を開始せよ」
「ドラグロス様を?……畏まりました」
ロードデーモンは通過したポータルをそのまま使用し戻っていく。通過したのを確認したデザイアはサッと穴を閉じた。
「くくくっ……ドラグロスめ。首を洗って待っていろ」
*
ヴァイザーが倒れる直後、魔王ヴォルド=ホーンは戦線離脱して丘の上へと逃げ延びていた。
ディロンを散々殴った挙句、決着をつけることなく逃げ出したのには同レベルの魔王たちの死にある。
魔王は世界を支配することの出来るほど強力で稀有な存在。同じく魔王を倒すことの出来る勇者もその世界に片手で数えるほどしか存在し得ない。
この世界に降り立つ時、何故こうまで過剰な戦力で攻め入る必要があるのか疑問だった。魔王クラスが束になっても敵わない魔神まで投入して。
それが今になって氷解した。多くの魔王を以ってして、あの時こうしていればなどという考えを微塵に砕く戦力差。単純に人間が強すぎる。
ヴァイザーの気配が消失し、部下として拘束されていた浮遊要塞が吹き飛んだ時に心が折れた。
ヴォルド=ホーンは地べたに座り込んでため息を吐く。
「「……帰りたい」」
誰かと言葉が重なった。よく見るとすぐ傍の石に腰掛けるようにベルギルツが座っていた。
「おっ!? ベルギルツでねぇかっ! まさかこんなとこで会うとは夢にも思わねぇでっ!」
「私と同じくあなたも逃げて来たようですね。あなたが生き残るとは思いませんでしたよ」
「そりゃこっちのセリフだ。弱ぇくせによくもまぁ生き残れたもんだ。ヴァイザー様……あのイカレジジイに殺されないわ、この戦いで生き残るわ、やっぱおめぇにはなんかあるだなぁ」
納得したようにうんうんと頷くヴォルド=ホーン。ハッと気づいたようにベルギルツを見た。
「……俺はデザイア様のところに行こうと思うがおめぇはどうする?」
「何を言い出すかと思えば……。デザイア様にこのような失態を報告すれば殺されてしまいますよ。私は行きません」
「そんなこと言わずに頼むでっ! おめぇが居ればもしかしたら殺されねぇかもしれねぇんだっ!」
「どんな根拠ですかっ!? 行くんならあなただけで行ってくださいよっ! とにかく私はごめんですからねっ!」
プイッとそっぽを向くベルギルツだが、ヴォルド=ホーンは諦めない。
「……そんなこと言って良いだか? この世界がデザイア様に支配された時にこっち側に居ねぇとおめぇの生きる場所もなくなっちまうど? どころか裏切り者として真っ先に殺されちまうだ」
ベルギルツはドキッと心臓を跳ねさせる。
忘れられた大陸にて皇魔貴族の女王フィニアスに仕えていたベルギルツは、既に裏切り者として扱われていた。
実は一度、女神討伐後に何事もなかったかのように戻ろうと思ったが、陰で噂されていた情報から侯爵の位を剥奪され、領土も丸々取り上げられたことを知った。
長年仕えて来た間柄だったというのにこの仕打ちはあんまりだと考えたベルギルツだったが、皇魔貴族と事を構えるにはあまりに戦力に差があったため諦めざるを得なかったのだ。
ヴォルド=ホーンと同様にこの世界で帰る場所などベルギルツには存在しない。
しかし今更変更するのは恥ずかしい。ベルギルツはゴホンと咳ばらいを一つしてから腰を上げた。
「……ふーっ、まったく。私を脅すほど追いつめられている方をお一人で行かせるのは忍びないではありませんか。仕方ありませんねぇ。行きますよヴォルド=ホーンさん」
ベルギルツはヴォルド=ホーンのせいにしてこの場を取り繕うことに決めた。ヴォルド=ホーンは別に気することはなく逆に嬉しそうにベルギルツを連れてデザイアの元に戻った。
*
戻ったバカ2人は玉座の間へと通された。デザイアの前へと放り出され、ヴァイザーの身に何が起こったのかを1から10まで伝えることになった。
終始殺される空気を感じ取っていたベルギルツは段々めそめそと泣くような仕草まで見せ、メンタル的にも限界に達していた。
だが、ふとグルガンの名を出した時、デザイアの目の色が変わる。
「……何? ゴライアスがこの大陸に来ているだと?」
その瞬間この場にあった重苦しい空気が晴れる。グルガンの名がベルギルツとヴォルド=ホーンを助けた。
「……なるほど。ドラグロスがこの私を裏切った理由が分かって来たぞ。……ロードデーモン」
「ははぁっ!」
ベルギルツたちを連れて来たロードデーモンはすぐさま跪く。
「先の捕獲の件は取り止めだ」
「は?……し、しかし……か、畏まりました。皆にそう伝えます」
「うむ。下がれ」
「はっ!」
ロードデーモンは踵を返して急ぎ足で玉座の間を後にした。
「ヴァイザーが生前私に進言してきたのは正解だったようだ。ここまでは見えていなかっただろうが、それなりに予測し、警戒してのことであったのだろう。ヴァイザーよ。お前の忠義に報いてやろう」
デザイアは手をかざし、空中に豪華な装飾が施された鏡を出現させる。その中に何者かが映った。
ベルギルツからはその何者かは見えなかったが、重く深みのある紳士的な声が聞こえて来た。
『──お待ちしておりましたデザイア様』
「……そうか。息災であったか? ルークフィン」
『──はっ。デザイア様もお変わりなく過ごされているようで安心いたしました。しかしながら、デザイア様の目の奥に悲しみが見えまする。支配は滞りなく完遂致しましたのでマイラ殿共々、帰還の準備を整えております。今しばらくお待ちいただきたく……』
「良くやった。待っているぞ」
『──はっ。マイラ殿にもそうお伝えいたします』
プツンと通信が切れると同時にバキバキと鏡は宙に吸い込まれるように壊れて消えていった。
「フッ……ドラグロスとゴライアスが組んだのであれば思った以上に楽しめそうだ。もう少し泳がせてやろう。私の渇きを癒すためにな……」
ザッと立ち上がるデザイアをボーっと見ていたベルギルツは慌てて頭を下げる。
「お前らはこれよりロードデーモンの下に就き、エルフの管理をしろ。今回の件は不問とする。下がれ」
「は……ははぁっ!!」
2人は深々とお辞儀をして玉座の間を後にする。
ヴォルド=ホーンはベルギルツの悪運にある種神懸かり的なものを感じていた。
それと同時に魔神が追加されることへの強い懸念もあった。
この世界の行く末と自分の命を天秤にかけながらヴォルド=ホーンは、結局なるようにしかならないと身を委ねるのであった。




