277、気迫
──ガシャアァァンッ
ガラスが割れたような音と共に空間が裂け、ヴァイザーとグルガンが姿を現した。
「やはり固有結界かっ!」
既視感を覚えていたライトは答えに辿り着く。
焦げ付き、神罰形態を保てなくなったヴァイザーは皮膚がバリバリと剝がれていくように元の老人の姿へと戻っていく。口からは煙を吐き出しながら力無く落ちるがままに任せている肉体は所々欠損しているのが伺える。
『ゴライアス様ぁっ!!』
守護者たちは乙女座の言葉で一斉にグルガンを視認する。
かすり傷一つない全くの無傷。
それを見たフィアゼスは小さく首を振って呟く。
「……彼は化け物ですか……?」
ダメージがないことは良いことだが、余裕ではなかったようだ。守護者たちはグルガンが思った以上に魔力を消費していることに気付く。
終始優勢に戦いを進めていたのは推測出来るが腐っても魔神。グルガンを以ってしてヴァイザーは一筋縄ではいかなかったようだ。
だがこれでようやくこの戦いに終止符を打てる。
もう死んだも同然のヴァイザーにグルガンはトドメの一撃を加えんと拳を握り締めた。
──ギョロッ
白目を剥いていたヴァイザーは目をカッと見開いてグルガンを睨んだ。
「ま……まだじゃっ!! ただでは……死なんぞっ!!」
ヴァイザーは両手を前に突き出し、グッと引き寄せるように両手を胸元に持ってくる。
それに何の意味があるか分からなかったが、上空を見上げていたグルガン以外の仲間たちみんなが気付いた。
「あっ! おいっ! 浮島が落ちてくるぞっ!!」
その言葉に何をしでかしたのか分かったグルガンは眉間にシワを寄せた。
「はーっはっはっはっ!! ゲホッゴホッ……こ、こんなこともあろうかと要塞の浮遊核には細工をしておるわっ!! 儂を殺せばこの一帯は全て吹き飛ぶぞっ!!」
「……要塞ごと移動させたのはこのためでもあったか。往生際の悪い……」
「ふはっ! 何とでも言えっ!! 儂を殺すかっ! それとも全員生きて帰るかじゃっ!! さぁどうするっ?!」
──グゴゴゴォッ
浮遊要塞は浮島と称されるように巨大な岩の塊。それを浮かせるためのエネルギーは相当なものだ。
嫌がらせでしかない要塞落としだが、ヴァイザーには生死を分かつ最後っ屁。この質量とエネルギーが地上で暴発すれば地震や地割れなどの災害を誘発し、聖王国全土が危うい。
逃げたところで助かるかどうかも怪しい自爆行為。
どう対処すべきか、これには2つの選択肢が上げられる。
第1にヴァイザーを殺し、最後の力を振り絞って仲間を転移させる方法。
これなら今この場に居るほとんどをを救えるが、グルガンも魔力が尽きかけているために全員を転移させる事は出来ない。何人かの犠牲は免れない上、聖王国もただでは済まないだろう。
第2にヴァイザーを生かし、要塞落としを一旦止めさせる。これならとりあえず要塞は落ちてこないが、ヴァイザーに回復の機会を与えれば今後一切付け入る隙が無くなるだろう。
2つに1つの選択。
こうして見れば生かして次に繋げることが最良の方法のように思える。
しかし穏便に済ませる領域など、とうの昔に過ぎている。
──ミキミキッ
グルガンは握り込んだ拳に更に力を入れた。
「なっ!? ま、待てっ!! 儂が死んだら全員道連れじゃぞっ!? そ、それでも良いのかっ!!?」
「元より貴公を生かして帰す選択肢はない。ここで息の根を止め、我が全員を救って見せようっ」
グルガンの決意は硬い。たとえ妻子を人質に取られようとも、ここで終わらせる覚悟を感じる。
グルガンだけではない。この場の全員が武器を構えて要塞に立ち向かおうとしていた。
生き物であるなら死にたくないと思える当たり前の感情を突いた結果、戦士たちの矜持を呼び起こしたのだ。
背後からも前からも凄まじい気迫が押し寄せる。
ヴァイザーは見誤った。『どんな汚い手を使ったとて、生きていれば次がある』そんな絶対者としての矜持をかなぐり捨てた自爆作戦は逡巡すらされることなく失敗に終わる。
だがそうなれば確実に落とさねばならない。その覚悟が木の枝一本ほどの脆さしかないことを判らせ、共に道連れにする。
「へっ! よく言ったぜゴライアス。気に入ったっ!」
頭上から聞こえてきた声にグルガンはフッと笑った。
「……最高のタイミングだ」
ヴァイザーも聞き覚えのある声の主に思わずグルガンから視線を外す。
「なっ?!……ドラグロスっ!? キ、キサマ、生きておったのか?!」
そこには腕を組んでニヤリと笑ったドラグロスがヴァイザーを見下すように浮いていた。
「おうよ。回復に手間取って出遅れちまったのよ。さっさとおっ始めるってんで俺の出番は無ぇだろうと思って来てみたが、来てみるもんだなぁおい。よぉ、ゴライアス。俺はあの島をもらうぜ。……じゃあなジジイ。これでお前もおしまいだ」
「ぐうおぉぉぅっ……! キ、キサマァ……っ!!」
もう喉も限界か、ヴァイザーは絞り出すようにしゃがれ声を発する。ドラグロスに近付こうとしたのか空中を犬かきのように掻いたがまったく進むことが出来ない。
ドラグロスはそんなヴァイザーを放置して浮遊要塞へと凄まじい速さで飛んでいく。小さくなっていくドラグロスを眺めながらヴァイザーは目に大粒の涙を浮かべていた。
「……ああ。これで、遠慮なく全力を使える」
グルガンは握りしめた拳に今使用出来るすべての魔力を注ぎ込む。拳の周りだけ空間が歪んでいるように見えるほどの力みと殺意が込められている。この世からヴァイザーを跡形もなく消すために。
「あ……あぁ……あぁぁぁあっ!! よ、よせぇぇぇっ!!」
魔力が切れ、地面に向かって落ちるだけのヴァイザーは手足をバタつかせるだけで何も出来ない。
仰向けで手足をバタバタさせている様子は虫が死の間際にもがいているように見える。
──ボンッ
グルガンの拳はヴァイザーの顔面に向かって放たれた。
防御しようとしたのか、それともただ反射的に動いてしまったのか、交差させたひ弱な両手と共に頭が弾け飛ぶ。
拳の威力が高すぎたのか、残った欠損だらけのぐずぐずの肉体も衝撃波によって消滅した。
──ゴバアァァッッ
それと同時に天高く舞い上がったドラグロスは、ヴァイザー戦の勝利を祝うかのように浮遊要塞を盛大に爆散させる。
長く険しい道のりを越え、ついに一行はヴァイザーを撃破した。




