275、獅子王
(クソッ! クソッ! クソッ! どうなっておるんじゃっ! この儂の神罰形態を前にこ奴らは何故生きておるのじゃっ!!)
ヴァイザーは焦っていた。
様々な攻撃、様々な能力を使用して追いつめようとするが悉く防がれ、間合いから外される。
1人1人は大したことがない敵。単騎では魔王にすら勝てそうにない奴も居るというのに1人の死者も出していない。
神罰形態となって10数分。これだけ時間を掛ければ本来なら全滅、遊んでいてもほぼ壊滅に追い込んでいる。
なのに敵は一人も欠けることなく攻撃を仕掛け続けている。その理由はヴァイザーにも分かっていた。
1人1人の立ち回りが上手い。翻弄する者、攻撃を加える者、かすり傷でさえ瞬時に回復させる者、そして敵の些細な動きや隙に気付いて情報を与える者。
有象無象の集まりではなく、例えるなら絶え間なく襲ってくる激流。
1人1人が思考し、効率化を図りながら指示役の声に耳を傾け、再度修正する。
1人でも殺せれば瓦解するのではないかと思われるバランスだというのに、その均衡を崩すことが出来ない。
グルガンの他にも警戒すべき存在がライトだ。ガルムの武器である二刀一対の刀を装備している。
ヴァイザーに攻撃を仕掛けているライトはそれほど強いようには見えないが、ガルムを倒したメンバーで最も貢献したからこそ武器を持っているのだろう。
ライトはかなり強いと見て間違いないし、武器自体にも相当な力を有している。魔刀を使いこなせるとは思っていないが、もしものこともあるので注意が必要。
さらにブルックもライト同様にとてつもない威力の魔剣を振るっている。
つまり戦闘面で警戒すべきはこの2人。
ヴァイザーの触手に絡め取られることも、槍や魔法に当たることもない2人にイライラさせられる。
その上、クラウディアのストレスだけをためてくる羽攻撃や、遠くから急所を狙ってくるアドニスの攻撃などウザ過ぎて憤死してしまいそうである。
「出来るだけ傷を与えて常に回復させ続けろっ! 槍を持っていても所詮は魔法使いでしかないっ! 魔力が尽きればそれで終わりだっ!」
そしてすべてを見透かしたように吼える生意気な獅子頭。
(……何を考えているグルガン?)
ライトは触手を切り落としながらヴァイザーに斬撃を飛ばす。甘んじて斬撃をその身に浴びるヴァイザーは、避けないのか、避けられないのかは定かではなかったが、相も変わらず傷口はあっという間に塞がる。
未だ底知れぬ魔力を前に終わりが見えないが、グルガンはヴァイザーに最終目標を開示してしまった。そんなことをすれば魔力が枯渇する前に尻尾を巻いて逃げ出してしまう可能性も出てくる。
完全に逃げ道をなくしてからであるならまだしも、ピンピンしている敵に情報を与えるのはいかがなものか。
最前線で戦っているブルックとて同じことを考える。
ここまで削ったのに、みすみす逃がすつもりなのかと。
しかし2人は手を止めるわけにもいかず、攻撃を仕掛け続ける。
──ビキビキビキッ
ヴァイザーの顔に無数の青筋が浮き上がった。口から泡が吹きそうなほどの苛立ちを見せている。
魔力の枯渇を狙っているなど言われる前から気付いていた。
数の暴力による不利な状況、逃げることも策の内として選択肢は存在していたのだ。
だがグルガンのこの言葉はヴァイザーの逆鱗に触れた。
尊く崇め奉るべき完璧な、まさに神の如き存在だというのに、魔力が無ければ大したことのない存在だと言われてしまったのだ。
これはもう自己同一性の否定である。
「キサマっキサマっキサマァっ!! キサマだけは絶対に許さんっ!! 今すぐキサマを葬ってくれるっ!!」
「やれるものならやってみろ。無駄撃ちで魔力が尽きるだけだ」
その瞬間、その言葉にヴァイザーの頭は冷える。
「……ハハハッ! その通りじゃっ! 儂がむやみに攻撃を仕掛ければキサマの思う壺じゃっ! しかしこうなればどうなるかなっ?!──天神爛漫っ!!」
──ブワァッ
突風が吹き荒れると同時にヴァイザーの背中から黒い靄みたいな影が辺りを包み込む。吹き飛ばされないように踏ん張ったみんなが次に見たのはヴァイザーの消失。
「何っ!? どこに消えたっ!?」
そして同時にグルガンも消えた。
『ゴライアス様っ?! ゴライアス様ぁっ!!?』
乙女座の叫びが木霊する。
消え去ったグルガンはヴァイザーの支配領域に隔離されていた。
「これは……固有結界か?」
「はーっはっはっはっ!! ご明察じゃっ! 物知りなおぬしならよく分かるじゃろう? 今どんな状況かのぅ」
ヴァイザーはバッと両手を広げる。明かりが点いたようにパッと明るくなったその場所はドーム型の万華鏡の中。キラキラと宝石のように輝く鏡の中に閉じ込められたのだ。
「我だけを隔離したか、それともそもそも1人しか閉じ込められないのか……?」
「ふんっ! この期に及んで未だ優位に立てるとでも思うておるのか? この空間は儂の世界、儂だけが優位に事を進められる。もう虫どもの邪魔だてなど入らぬっ! おぬしが儂を1人で倒し切るその時までここに封じられるのじゃっ!」
ヴァイザーの叫びと共に鏡の中から変身前のヴァイザーがヒョコッと顔を出した。反射したすべての鏡の中にヴァイザーが存在し、その全員が槍を構えて穂先に魔力を貯め始める。
頭に浮かんできたのは一斉掃射。この数のヴァイザーが魔法を放てばグルガンなど跡形も残らない。
「……そうか。勝負を焦ったなヴァイザー。こうまで失態を重ねられる貴公はもはや芸術という他ない」
グルガンは体の大部分を隠していたクロークを脱ぎ去り、鍛え上げられた筋骨隆々の肉体を晒す。どこに隠していたのかと思わされるほど着痩せしていた肉体美にヴァイザーは嫉妬する。
「どこまでも儂の神経を逆なでしおるわい……ところで失態とはどういうことじゃ? くくくっ……儂を煙に巻き、丸め込もうなどと考えん方が良いぞ? 死ぬのが早まるだけじゃて」
「我は基本的に本気を出さない。常に力をセーブして戦っている。理由は単純なもので、ここぞという時の切り札として使用するためだ。特に衆目を集めるような場所では誰が見ているかも定かではない。対応されることを恐れて使っていないのも理由の一つだ」
「はぁ? 何という小心者か。その体にして器の小さき男よ」
「だからこそ我のみを隔離したこの状況には感謝している。魔力枯渇を狙ったジリ貧など時間が掛かると内心嘆いていた。逃げられる恐れもあるしな。ここで一気に貴公を叩きのめし、勝負をつける」
「逃げぬわバカがぁっ!!」
──ギュバオォッ
万華鏡の中から放たれた魔法攻撃は寸分違わずグルガンに直撃する。
しかしグルガンは当然のように無傷。魔剣『翠緑の牙』の守護『獅子座』の能力、『獅子王の毛皮』を発動したのだ。その効果とは絶対無敵のバリアを纏う事。
「またかっ! キサマっ!!」
「またとは心外だな。2回しか使用していないのだが?」
「ふんっ! そうやって魔障壁に引きこもっておっても儂には勝てんぞっ! そもそも時間制限のある無敵モードなど欠陥品も良いところじゃっ! 少し待っていれば解除される。それまでの命よっ」
「概ねその通りだ。わずかな時間だけの無敵モード。一度使えば絶対に縮めることの出来ない冷却期間が悩みの種でもある。だがそれで十分だ。皆が削ってくれたおかげで、貴公を倒すのに然程時間は掛からない。……さぁ始めよう」
──メキメキッ
グルガンは全身に力を入れ始める。全身に纏っていたバリアが体に吸収されるように消え、それと同時に魔力が一気に膨れ上がった。
「っ!?……な、なんじゃそれは?」
驚愕に彩られるヴァイザー。
グルガンはついに真の力を開放する。
「──荒くれる獅子王」
全ての能力と魔力が10倍以上に跳ね上がり、魔神をも脅かす存在へと昇華した。
その姿、まさに百獣の王。




