272、凶悪生物
──地上側。
『牙に毒がついてるな。噛まれた箇所から腐食していく奴だ。一噛みで筋力低下、手足の痺れと神経痛を引き起こし動くことも億劫になる。……あぁ〜、毒に対する完全耐性。衝撃吸収による打撃耐性と少量の再生能力。魔法に対しても全属性に耐性があるようだぜ。多分脱皮能力も備わってるから一気に決めねぇとエラいことになんぞ?』
グルガンの魔剣『翠緑の牙』の守護者、蠍座はバラバラに解体されたグランドマザーの幼体を解析している。天秤座は髭をいじりながら考え込むように頷く。
『厄介で面倒な生物じゃのぅ』
『ああ、幼体でこれなら母親はもっとすげぇんだろうぜ。こりゃまさしく俺の天敵だ。俺は大人しく解毒薬を生成するだけだ』
しゃがんでいた体勢からグッと伸びをするように立ち上がる。
『……もっとも、必要かどうかは分からねぇけどよ』
グランドマザーとの戦いは佳境を迎えていた。
剣聖たちは類まれな身体能力から攻撃を掻い潜り、経験に裏打ちされた剣術で反撃に移る。
七元徳も同様に誰に言われるでもなく、鍛え上げた肉体と数多くの戦闘経験から数の暴力に対抗する。
さらに守護者たちのアシストで危なげなく幼体を排除していく。
『前衛のタウロスとディロン、オーウェンとやらが自らその身を差し出して攻撃を受けている。その者たちには必要じゃろう』
『言われずとも作ってんよ。何があっても良いようにな』
『しかし、人間とは住む所によってかくも変わるものなのじゃなぁ。主人殿の生まれ故郷ではこれほど強き人間は居なかったように思うがのぅ』
幼体の実力は先ほど戦っていた魔王には劣るが、常人の遥か高みにいる。
1体1体が皇魔貴族の侯爵を超える強さを持ち、それがグランドマザーの出産能力により延々と吐き出される。
本来であれば召喚された時点で世界の滅亡に繋がるレベルの災害だが、ここにいる精鋭たちは世界屈指の実力者揃い。グランドマザーの出産よりも早く倒すことにより、増殖を防ぐどころか倒し切る勢いである。
「……数が減ってきた。ここから決め切るぞ」
ライトは刀を抜き、ブリジットに目で合図を送る。ブリジットは面倒臭そうに鼻を鳴らしながらコクンと頷いた。
ブリジットの反応が引き金となったようにライトは走り出す。疾風の如き速度で前衛を抜き去り、幼体たちの間を抜けながら一気にグランドマザーの元へと辿り着く。
幼体の壁が薄くなった途端の出来事にグランドマザーは出産を諦め、接敵したライトに威嚇する。
「キシャアアァァァッ!!」
ライトはそのままの勢いで両足を狙った下段斬りを放つ。
予想の遥か上を行く低さ。足首を狙ったかのような下段斬りにたまらず飛び上がる。
ライトはそのまま地上を滑るように移動し、体を捻りながら飛び上がったグランドマザーを追う形で跳躍した。
器用すぎる。
ここまで身軽に動く敵に出会ったことのないグランドマザーは空中で体を捻って鋭利な尻尾での攻撃を仕掛けた。
──ビゥンッ
空気が切れる音が木霊する。当たれば誰であれ真っ二つとなりそうなほどの速度。これを食らって生きていたものなどいない。
上半身と下半身が泣き別れながら闘牛にでも跳ねられたように吹き飛ぶ姿を幻視したグランドマザーだったが、目の前にいたのは傷一つないライトの姿。逆にグランドマザーの尻尾の方がどこぞへと飛んでいった。
「ギィイイイィィッ!!」
グランドマザーは怯むことなく尚も攻撃を仕掛ける。先ほどまで幼体の出産に使用していた管の先に魔力を貯め始めた。物理でダメなら魔法を使用する。戦闘能力に特化したグランドマザーは判断能力もズバ抜けている。
──ドスッ
しかしその脳味噌を意識外から刺された。ライトに夢中になっていたグランドマザーはすぐ側まで接敵していたブリジットを知覚することが出来なかったのだ。
「ギィ……アッ?!」
「──絶氷・白銀冷斬っ」
──ビキビキビキビキッ
刺した刀の切っ先を中心に内部から凍結される。頭から急速冷凍されたグランドマザーは思考能力を奪われ、逃げることも動くことも許されず氷漬けにされる。
──シュピンッ
頭頂部から顎に掛けて貫いた魔刀を顔を縦に裂くように刃を走らせ取り出す。その瞬間を狙ってライトが氷塊となったグランドマザーを粉々に切り裂いた。
幼体たちはグランドマザーの死を知って散り散りに走り出す。召喚されたグランドマザーの死後、そのまま一緒に消滅してくれれば楽だったが幼体だけでしぶとく生き残ろうとしていた。
『幼体を逃すなっ!! そいつらの中から新しい母体が誕生するぞっ!!』
スコーピウスは全員に聞こえるように大声で伝える。その言葉通り、それぞれの幼体は管が生え始めるのを各々の動体視力で確認した。
『任せなよスコルピっ!』
金色と銀色の髪の双子。双子座は凄まじい速度で幼体の前方に躍り出る。
『そ、それが本当なら待ってくださぁいっ』
戦闘領域の端に居た戦闘要員でなかった黒髪ツインテの水瓶座も手を広げて止めにかかる。
「ちょっと待ちなっ! あんたは出てこないのっ!」
アクエリアスの肩を掴んで下がらせるレナール。
「そっちは任せましたわっ! こちらはわたくしがっ!」
クラウディアが12の光の羽、聖装『輝きの天翼』を用いて幼体に立ち向かう。
絶対に逃さない鋼の意志を見せ、一斉に攻撃を仕掛けた。
──ザンッ
若干のバラつきこそあったが、ほぼ同時に幼体を切り裂いた。グランドマザーほどの耐久力もない幼体では耐える術も無し。終始圧倒する形でグランドマザーを倒し切った。
「なんということでしょうか。私の出る幕もないとは敵が弱すぎて反吐が出ますねぇ。ねぇ、アリーシャさん」
「──気は抜けません。まだ残っていますから」
スッと見上げるアリーシャの視線を追うフィアゼスはヴァイザーを見ながら鼻で笑った。
「えぇ。もちろんですとも……」




