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265、デザイアの憂鬱

 ──魔神戦。


 ルオドスタ帝国でのガルム戦。獣王国でのドラグロス戦。そしてドラグロス対モロク。


 この3つの戦いはエデンズガーデン史上歴史的に類を見ない凄まじい戦いが繰り広げられ、3つ目に至っては魔神同士の戦いであり、大陸すらも割れて沈んでしまった。

 かなり厳しい戦いであったし、死ぬ一歩手前まで追い詰められたが、全てが噛み合い全てが上手く行った。


 結果はレッドたちの全戦全勝。

 異世界を巡り、常勝無敗の戦績を誇っていた魔神たちの敗北。


 ガルムとモロクはデザイアのお気に入りであり、この2つの柱が堕ちたことは衝撃だった。

 この戦いに関与していない同じ魔神であるヴァイザーとグレゴールは冷や汗をかくレベルである。

 デザイアの怒りは留まるところを知らないだろうと思われた。


 否。


 デザイアはこの状況を楽しんでいた。

 確かにガルムとモロクの戦闘能力を買っていた。忠犬のような心構えと行動は良い部下と認識している。

 死んだ時は心苦しく、数日は項垂れたが、自分を追い詰めるものがこの世界にいるという実感は暇潰しにも似た喜びの感情を呼び起こさせたのだ。


 その上、モロクを倒したのはドラグロス。

 しかし裏切ったドラグロスに失望はない。むしろ、よくやったと心で褒めるくらいだ。


 だが寂しいことにドラグロスもモロクの手によって命が終わりかけている。

 デザイアとの戦いで心が折れたはずのドラグロスが、不屈の精神力で反抗心が復活し裏切る気概を見せていたのにここで終わってしまう。それだけが残念でならなかった。


(……しかしドラグロスがこの世界で何故急に裏切る気になったのかは気になるところだな。この私を楽しませる何か、か……最近は天使も飛び回っているようだが……まさかとは思うが、天位が絡んでいるのか?)


 デザイアはギラリと目を光らせた。


「まさか生まれ故郷であるこの世界で私の支配を阻もうとする勢力が現れるとは……。ヴァイザーの進言を真に受けるべきか……?」


 ヴァイザーの進言。今まさに他の世界の支配を敢行している魔神たちを召集する案。

 支配を打ち切ってまでここに呼び寄せるのは流石にやり過ぎだと思えたが、事ここに至っては必要のようにも思える。


(……いや、今はよかろう。それよりもこっちを優先するか……)


 デザイアは意識を真下に向ける。浮遊要塞『パンデモニウム』の真下に広がる森に開けた場所。そこにはある種族の国があった。

 デザイアはおもむろに悪魔を呼びつける。


「……そろそろ私手ずからこの国を支配しよう。我が下に連れてこい」

「はっ!」


 悪魔は踵を返して玉座の間を後にした。



 アノルテラブル大陸の丁度ど真ん中に位置する国、神聖エルサリオン帝国。

 見渡す限り広大な森林が生い茂るこの国はエルフ至上主義の国であり、エルフ以外の立ち入りを禁じている。


 エルフの頂点であり、自らを『天帝』と定めた支配者、ゼロ二アス=マルディル=ヴォロ=ディムルは傲慢で排他的な選民思想を持ち、エルフという種は神の落とし子であり、神の寵愛を受けるべき存在と考えているためエルフ以外を蔑んでいる。

 さらに彼は生まれた時からエルフ族の中でも特別才覚に優れ、神に最も近い存在として国民に崇め奉らせていた。

 長寿であるエルフは繁殖能力が乏しく、ほとんどのエルフは性欲が薄いが、ゼロ二アスは神の化身である自分の血筋を増やしたいがために若く有望な女性に目を付けては手当たり次第に手を出すという行為に及んでいる。

 遠い昔は女性を我が物とするため積極的に略奪を行い、現在では自分を神の化身であると吹聴し、貢物(みつぎもの)という生贄のような形で回収に勤しむ。相手の意思などお構いなしに子を孕ませている。

 その蛮行はエルフだけにとどまらず、ヒューマンにも手を出し、ハーフエルフを生み出すこともあった。

 ただハーフエルフはゼロ二アスの信じる選民思考から遠く離れた場所にいるため、この世に生れ落ちた時点で罪であるとの認識から追放している。


 ちなみにヒエラルキーを設定しており、天帝ゼロ二アスを最上に下は貴族階級のハイエルフ、中流階級のエルフ、下級のダークエルフに分類され、ダークエルフに関しては奴隷として扱われている。


 エルフでないものは可哀想であり、エルフでないものは人ではない。長い期間選民思想をごり押したために今では国民の半数以上がエルフ至上主義を掲げている。


 厄介なのはゼロ二アスは個の実力でも優秀な上に、エルフの中でも選りすぐりの兵士を親衛隊として囲み、さらに世界各国からこっそり収集した事象にすら干渉する神器を我が物顔で使用する点にあった。

 国の制度にどれだけ不満があろうとも、天帝をどれだけ恨もうとも、この武力の前に屈するしかなく国民は我慢を強いられている。

 最悪なのはゼロニアスの独裁を信奉するハイエルフたちが後を継いで天帝になろうと画策することだ。この恐怖政治を引き継ぎ、自分たちの思うがまま独裁を維持し続けることだろう。


 しかし、何をしても許される独裁的栄光も浮遊要塞の影に隠れることになる──。


「……先刻現れた忌まわしい物体の調査はまだ終わらんのか?」


 金色に光る調度品のような玉座に腰掛けるエルフ。

 金色に輝き腰まで届く長いブロンドヘアで、切れ長の目とエメラルドグリーンの瞳を持つ整った顔立ちの偉丈夫。その気品あふれるオーラはひと目見ただけで王族であることが分かるほどに神々しい輝きを放っている。


 エルフの長にして自身を現人神だと解釈している尊大なる王。

 天帝ゼロ二アス=マルディル=ヴォロ=ディムル。


 その天帝の前にずらりと跪く美形のエルフたち。全員がヒエラルキー上位のいわゆるハイエルフと呼ばれる者たちである。代表と思われるハイエルフだけが頭を上げてゼロニアスに両手を広げて応答した。


「おぉ……偉大なる天帝様。天帝様にお伝えするには未だ調査が足りませぬ。今しばらく、今しばらくお待ちを……」

「12人居る知恵者にこれだけ時間を与えても未だ分からぬとは……もう良い。今現在分かっていることだけで良い。報告を上げろ」

「ははぁっ! 偉大なる天帝様。それではご報告させていただきまする。彼の浮島はこの世界に存在し得ない未知の物質で出来ており、破壊は困難を極めます。さらに見たこともない術式を使用しており、魔法陣を上書きして乗っ取ることも消去することもたった一部を阻害することも出来ず、恥ずかしながら攻略法が見出せませぬ」


 ゼロニアスは大きくため息をついた。


「チッ……留まるだけのゴミなだけまだマシと言えるのが腹の立つところか……」


 ゼロニアスは手をサッと振ると、天井に吊るされていた大きな輪っかが降りて来た。輪っかにシャボン玉液のような膜が張り、外の風景を映し出す。そこに映し出されたのはゼロニアスの居城。今いるこの場所は前エルフの王が使用していた小さな古城。

 数日前まで住んでいた場所を追われることになったのも浮遊要塞が愛する城の直上に鎮座したせいである。いつ落ちてくるかも分からない物量に恐れをなしたエルフたちはゼロニアスを説得し、捨てたはずのこの城に身を寄せることになった。


「パムノシア家の小僧っ子がぁ……! 忘れられた大陸などという僻地を占領し、王を気取るあの小僧がこの私に書状を出さなかったせいでこのような事態となったのだ。既に国の体を為していない獣王国に書状を出しているなど何たる侮辱っ!!」


 ガンッと肘掛を殴る。跪く部下たちはビクッと肩を跳ねさせた。


「ふーっ……神であるこの私を蔑ろにするなど許されざる行為。かくなる上はパムノシア家を滅ぼし、あの大陸を私の統治下にすることも視野に入れるべきか……」

「い、偉大なる天帝様。忘れられた大陸は世界の果てとも呼べる遠方に位置しており、あの地を攻め落とすとなりますと神聖エルサリオン帝国は手薄になってしまいまする」

「私は何と言った? 私の発言から読み取れないのか馬鹿め。あのような地に利点など存在せん。攻め落とす労力も惜しい」

「は? それではいったい……」

「……はぁっ、まだ分からんか? 暗殺だ。パムノシアの血筋を絶やすことが出来るのなら毒殺だろうが袋叩きだろうが何でもよい。暗殺に成功した暁にはその者に忘れられた大陸の手綱を握らせる。……あれだ、どこぞで増えた忌み子(ハーフエルフ)を使えば良い。私のためとあらば涙を流して引き受けよう」

「おぉっ!! 流石は偉大なる天帝様っ!!」


 跪いていた部下たちは一斉に拍手を送る。ゼロ二アスは得意げだが、部下たちはそんなことになるわけがないと内心毒吐いていた。選民思想が強いゆえにハーフエルフを嫌悪していたというのに、いざ危機的状況に陥ると『使ってやる』など虫が良すぎる。

 全てを見通しているようなことを言っているようで、その実全く客観視が出来ていない。ゼロ二アスは割とこういった言動をすることがあり、ハイエルフたちは少し前までストレスをためていたのだが、誰かが言い始めた『偉大なる天帝様』という枕詞(まくらことば)で小馬鹿にするようになった。

 ゼロ二アスは『偉大なる天帝様』と呼ばれることを気に入っているので、『皮肉が効かない神もどき』とハイエルフたちは裏でこそこそと笑っている。


 いい気分でにやにや笑っていたゼロ二アスだったが、見上げた先に映る映像が感情を急降下させた。すぐに不満げな顔でため息をつく。


「……いったいいつまでこのような薄汚い城で過ごさねばならぬのか……」

「あれがある内はここに居てもらわねば。いつ落ちてくるかも分かりませぬ故、ご辛抱を……」

「チッ……いちいち反応するなっ!! 鬱陶しいっ!!」

「ひっ!?……し、失礼いたしましたっ!!お、お許しをっ!!」


 ハイエルフは額を床に擦り付け、必死に許しを懇願する。ゼロニアスはゴミを見るような目で頭を下げる部下を一瞥し、苦々しい顔で魔力の映像を睨みつける。穴が開くほどに睨みつけていた映像の中に一点、ゴミのような黒い点が出現する。ゼロニアスは訝しい目で一瞬故障を疑ったが、それが徐々に大きくなっていることに気づいた。


(敵襲っ?!)


 背筋にヒヤリとしたものを感じ、空間から装飾過多の小さな鍵を出現させる。同時に大声で「五神隊(ゴスペル)っ!!」と叫んだ。すぐ側に控えていた近衛兵5名がゼロニアスの元に集結し、武器を構えて敵襲に備える。

 飛んできたのは大きなうねるツノを2本生やした翼が生えた悪魔。石を削り出して作られたかのような嘘のように角ばった筋肉と唇に隠れ切らない上顎の牙が2本、サーベルタイガーのように飛び出ている。まさに夢の中の恐怖の悪魔そのもの。

 映像に映し出されていた悪魔は地上に降りたのか姿を消し、いつどこから飛び出してくるかも分からない緊張感が玉座の間に蔓延する。時間がゆっくりと過ぎていくような感覚が精神を蝕む中、使いっ走りのエルフが玉座の魔へと飛び込んできた。


「天帝様っ!! あの浮島より飛来した悪魔が書状を手に降り立ちましたっ!!」


 エルフは急いで天帝の側に走り、五神隊(ゴスペル)と呼ばれた近衛兵に書状が手渡される。特に罠の類がないことを確認した兵士はそのままゼロニアスに恭しく手渡した。

 ゼロニアスは奪い取る勢いで受け取ると書状の中身を確認する。


「……ほう? まさか字を書けるどころか文を綴るとは驚きだな。神であるこの私を愚弄するなど、知能が低いかと思っていたがなかなかどうして……」


 ゼロニアスは皮肉混じりに鼻で笑いながら書状に目を通すと、書状を握り潰す。


「……デザイア=オルベリウスだと? この私を呼びつけるとは豪気な……しかしこれもまた哀れな生き物に対する慈悲と思い、寛大な心で受け入れよう。飛来した汚物はまだ下にいるのか?」

「はっ! 下で待たせておりますっ!」

「結構。この私に唾を吐きかける醜き豚に制裁を与える。五神隊(ゴスペル)、私に続け」


 ゼロニアスは近衛兵を引き連れて悪魔の元へと移動する。到着した先にいた悪魔の姿は映像で見た時より大きく、目算では5mはありそうなほどに巨大であり、誰もが見上げることになった。

 ゼロニアスが悪魔にデザイアへの会談を承諾すると悪魔はコクリと一つ頷き、手を虚空へとかざす。何をするのかと思って見ていると、魔法を使用し大きな黒い門を出現させた。

 悪魔が何らかの手段で浮島に連れて行ってくれるのか、それとも自分で空を飛んで行かねばならないのかと思案していた矢先の黒い門。前者であることに少しだけ安堵した。

 開いた先はだだっ広い空間に天を衝く大きな柱が最奥へと誘うように等間隔で並んでいる。その先には壇上のような階段とその最上段に玉座が設置され、堂々と漆黒の鎧姿の人型が玉座に鎮座しているのが見えた。


(あれが……デザイア=オルベリウス)


 ──ゴクリッ


 自分の意思関係なく固唾を飲んでしまう。これだけ距離が離れているのに感じる圧が本能を呼び起こし、意思を剥奪する。ゼロニアスはそれでも天帝として、現人神としての誇りから胸を張って堂々と門を潜った。


 しんっと静まり返った広い空間に靴の音と鎧の音だけが木霊する。柱の間に真っ暗な闇が広がり、その闇からも視線を感じる。何らかの魔物が潜んでいるかのようで緊張が走る。


(……すでに囲まれているか?)


 五神隊(ゴスペル)の1人は感覚を研ぎ澄ませながら警戒する。太く長く床と天井に突き刺さる柱たちがまるで牢獄を想起させ、囚われたエルフたちはさながら籠の中の鳥。陰から様子を見る魔物たちは鳥を見つめる虎のような構図。選択を間違えれば即座に食われてしまうだろう。


「よく来たエルフの王よ。歓迎しよう」


 心胆に響く声に恐怖を掻き立てられる。ゼロ二アスは必死に震えを抑えながら返答する。


「そなたがデザイア=オルべリウスか?」

「如何にも」

「私はエルフの歴史上、最も偉大な王。天帝ゼロ二アス=マルディル=ヴォロ=ディムルである」

「ふっ……自らを偉大と称するか。この私を前に恥ずかしげもなくよくぞ言い切った。ところでその根拠のない自信はどこから湧いて出たものかな? 生まれつきか?」

「ぶ、無礼な物言いは許さんぞっ!」


 ゼロ二アスが格好つけて手をかざそうとするが、手を一旦引いたところで金縛りにでもあったかのように動かなくなってしまった。

 それは近衛兵である五神隊(ゴスペル)も同じこと。ゼロ二アスの指示があると思って待機し、いざ攻撃というところでその手を止めたので立ち止まるしかなかったのだが、きっと指示があろうとも立ち止まっていたことだろう。


「跪け」


 その命令に全員が一斉に膝をつく。デザイアに操られているかのように素直に機敏に。


「……優秀な遺伝子だな。お前たちは恭順の意思を見せた。この国は今より私の支配下に置かれる。逆らうものは皆殺しだ」


 生き物であれば誰もが自分の生を手放したくないと考えるように、デザイアを前にして天帝としての誇りと、神であることの自尊心が本能に負けた。

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