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260、勝利を信じて

「う、うそだろ……俺はここまで極まっていたのか?」


 意味が分からなかった。

 51階層から急に松明が灯され、明るくなったダンジョン内。常時魔法で光の玉を出す無駄遣いも終わりを告げ、シルニカたちの負担も減るだろうと思って笑顔で振り返った時に気付いた。


 誰もいない。


 4人と変な魔道具でダンジョンを攻略していたレッドはここに来て何故か1人になっていた。

 もしかして最初から1人で行動していたのではないかと錯覚してしまうほどに不思議な現象。


 昔から方向音痴であることを自覚していたが、最近は本当にそれだけなのだろうかと思い始めていた。これはもしや生まれ持った才能に近いものなのではないだろうか。

 この階層に足を踏み入れてわずか3歩。明かりが点いていることにホッとした直後の出来事。もしこの状況でレッドが迷子となったのなら、いついかなる時でも前に出てはいけない存在となってしまう。


「いや、待て落ち着け。慌てるな。そんなはずはないんだ。だってさっきまで……」


 先ほどまで通常通り戦闘もこなせていたし、移動中シルニカたちと5m位離れても見失うことなど無かった。

 そもそも自分が迷子属性を持っていたとして、ふらふらとどこかに行くバカをみんなが引き留めないはずがない。特にシルニカは殴ってでも教えてくれるはずだ。


「と、とにかく引き返してみんなと合流を……」


 レッドは元来た道を戻ろうとするが違和感を覚えて立ち止まる。

 振り返った先の通路に明かりが灯っていることに今更気付いた。


 50階層までは魔法の光源でしか照らし出せないほど真っ暗な通路だったはずだ。

 松明をモンスターが持って来たのかとも思ったが、目が退化したモンスターとアンデッドしか見当たらなかったのを思い出して考えそのものを破棄する。

 今目の前にある通路は50階層のものではないと確信した。


「え? ってことは……50階層への道がなくなった? じゃあやっぱりこれは罠かっ!?」


 レッドはシルニカたちと別れてしまった理由に気付く。どんな罠かは皆目見当もつかないが、侵入者を孤立させる陰湿な罠なのだろうと勝手に納得した。1人になったところを狙い撃ちなんてのはよくあることだ。


 剣を構えながらこの空間を把握しようとその場でサッと回った。広い空間、前後左右に通路がありどこに行けばよいのかも分からない。もしかすれば通路4つともが不正解で出ようとした時にさらなる罠が待ち構えている可能性だってあるのだ。


 さらなる罠が単なる考えすぎであったとしてもレッドはすぐに決断することが出来ない。

 それというのも前に自分の勘に従って森を彷徨った時は街に出るまでに2日掛かったことがある。ここは森ほど広大ではないにせよ、もし迷ったらと考えると不安で頭がいっぱいになった。


「はぁぁ……駄目だぁ。ここから動けばみんなと合流出来ない気がする。かといって動かないってのはそれはそれで間違ってる気もするし……どうしよう……」


 うだうだ言いながら通路をキョロキョロと見渡し、しばらく考えていると奥の方からドッドッドッと、重量こそあるが重い体を物ともせず軽快に走ってくるような音が折り重なるようにたくさん聞こえてきた。


(新手か? それも数が多いな……)


 ミイラやスケルトンは水分が抜けていたり、そもそも肉が付いていなかったりで、見上げるほど大きなアンデッドであっても見た目に反して体重は軽い。

 目が退化してしまったモンスターたちは音を頼りにしているため、壁にぶつかったり罠に引っかからないよう慎重に忍び寄ってくる。

 ここまで戦ってきた敵たちは今聞こえている音に該当しない者たちばかりなので、レッド目掛けてやってきているモンスターは会うのも初めてのタイプだとすぐに気付ける。短い期間でこれだけ戦っていれば嫌でも新しい敵であることが推測出来てしまう。


 そんな風にぼんやりと考えていたら通路の角から敵が姿を現した。

 牛の頭とムキムキの人間の体。ミノタウロスと呼ばれるパワータイプのモンスターだ。通路がギチギチになるほどの軍勢で亡者の如く押し寄せる。その数は10や20ではきかない。

 しかも前後左右すべての通路から斧を振りかざし、殺意マシマシで走って来た。この階層に入ったのが気に入らなかったのか、それとも何か別の理由か。ともかく親兄弟を殺されたかのような勢いだ。


 レッドは剣を構えて敵の襲来に備える。

 今は正直来てほしくない。3人とはぐれて傷心中だというのに敵はお構いなし。公の場で理不尽な目に遭うと感じる吐き出せない苛立ちが、こめかみの方からぴくぴくと痙攣するようにやってきた。


「あのさ、俺は今真剣に急いでいるんだよ……。みんなと合流しなきゃだし、罠とかで怪我してないか心配なんだ。だから……お前たちの相手をしている暇なんてないんだよっ!!」


 広間になだれ込むミノタウロス。我先にとレッドに斧を振るが、その刃先がレッドに届くことはない。


 ──ボッ


 空気の膜を貫いたような音が鳴り響く。同時に巻き起こった衝撃波は数体のミノタウロスの体を木っ端微塵に粉砕した。

 レッドの剣はミノタウロスの強固な筋肉の鎧を温めたバターでも斬るように軽く斬り飛ばす。

 集まったミノタウロスは何が起こっているのか分からず、とにかくレッドに一撃当てようと斧を振りかざすも次の瞬間には首が飛ぶ。

 あまりの俊敏さ、あまりの斬撃の前に20数体を超えるミノタウロスが、瞬きの間に肉塊と化した。


 ようやくレッドの規格外の強さに追いついたミノタウロスは攻撃の手を止め、レッドを抑え込んで動けなくしてしもうと選択する。

 前方の何体かが粉微塵になろうとも、すぐ後ろに肉の壁がぴったり張り付けば、その内攻撃の隙を突けるはず。

 すべての生き物には体力があり、疲れたら戦うことも逃げることも出来なくなる。自然界では体力の配分が生き残る術を見出すのだ。


 レッドも生き物である以上例外ではない。

 それを本能で知るミノタウロスは敵の弱点を攻撃するためなら仲間の死をも厭わない覚悟だ。


 しかし仮にレッドがちょっとやそっとでは疲弊しなければどうなるだろうか。

 仮に一日中ずっと動けるだけの体力を持って殺し続けられるとしたら。


 ミノタウロスの覚悟そのものが無駄になるのではないだろうか。


 しかし、その仮定をミノタウロスが導き出せるはずもない。

 そんなの夢物語だ。考える事すらバカバカしい。

 何故なら強者たるミノタウロスもまた例に漏れない生き物だから。自分たちほどの強い生物でさえ適用されるのだから、自分たちよりも遥かに強かろうと一切関係なくこの人間にも適用される。

 それが(ことわり)というものなのだ。


「うおおおぉぉぉぉっ!!!」


 レッドの攻撃は嵐のようにミノタウロスを巻き込み、物言わぬ肉へと変えていく。

 体力が尽きることを信じて止まないミノタウロスたちは後ろの仲間にすべてを託して静かに目を閉じる。


 いつか来る勝利を信じて──。

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