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259/310

259、その頃のレッド

 その頃、ピラミッドでも大きな進展があった。


 砂漠の王国ジャガラーム建国時のピラミッド到達階層は12階層で、10階層までの宝を建国費用とし、それから5年の間に30階層までの宝を取り尽くした。

 36階層までが攻略の公式記録ではあるが、31階層から下は未だに宝が眠っている。

 レッドたちも門番から教えてもらったことが事実であることを確認し、まばらに点在する宝箱や壁に埋まった宝石の類を見つけた。


 本来ならここで多くの時間をかけて人生を豊かにするために財宝を持ち帰るところだが、そういうわけにはいかない。必要なのは最下層の『巨万の富と比類なき力』。

 魔神ヴァイザーとの戦いに備えるための準備、そして風花の翡翠のリーダー、ルーシー=エイプリルに旅の餞別でもらったネックレスを取り返すためにも出来る限り早く最下層に降りる必要がある。特にネックレスに至っては期間も1週間しかないため、時間をかけていられない。


 レッドたちは破竹の勢いで階層を駆け下り、わずか数日で前人未到の50階層に到着していた。


「下に降りる入り口を見つけるのも一苦労ね。モンスターで溢れ返ってるし、壁に埋まった宝石や宝箱にも目移りしちゃうし……」


 シルニカは目の前に広がる金銀財宝に手を出せない悲しみから冒険者として色々思うことがあったが、断腸の思いで目を瞑る。ティオとリディアはキョロキョロと警戒しながらも疑問に思うところがあった。


「結構一気に降りて来ましたけど、本当に99階層ありそうですね……。私たちは初めてだからよく分かっていませんけど、ダンジョンってこんなに深いものなんですか?」

「私が知る中で一番深いダンジョンは約30階層ね。それくらいの深さで上級と呼ばれるダンジョンになるわ。ちなみに初級は6階層以下の浅いダンジョンね」


 如何に99という数字がぶっ飛んでいるかが分かる答えだった。


「……では、冒険者と呼ばれる方々はこんなに深くまで降りたことはない、ということですか?」

「ま、そうなるわ。あんたたちツイてるわね。こんな経験二度とないわよ?」


 全員が初めての状況。クリアまで半分を切ったといったところだろう。

 そうこう言っている間に目の前でミイラが3体合体したようなモンスターがボンッと弾けて動かなくなる。そしてその先には次の階層への入り口が鎮座していた。


「ここまでは俺らも運が良かっただけです。気を引き締めてください」


 レッドの言葉にみんなの顔が綻ぶ。


「そうですね。レッドさんの言う通り」

「いわゆる正念場という奴かなぁ? 私たちも頑張らないと……」

「何言ってんのよ。これでも集中力は切らしてないから安心しなさい」


 何かが起こるような心配をしていないように見えるのは、レッドがモンスターという障害を取り払い、体力を温存してこの階層まで降りて来たのが余裕につながっている。

 この自信ならこの先も問題なく降りていけるだろう。


 レッドはそんなみんなの顔を確認し、1つ頷いて次の階層に足を伸ばした。

 いざ、51階層へ。


 ──フッ


 その時、不思議なことが起こった。

 レッドが消えたのだ。


「えっ!?」


 驚き戸惑いながら3人は51階層に走り込む。


「え? は? レ、レッドはっ?!」


 キョロキョロと探してみるがどこにもいない。

 一瞬落とし穴や坂道を転がり落ちた、または視認出来ないほどのモンスターに襲われて視界から消えたなどを想定したが、それなら走り込んだティオたちも無事では済まない。

 目の前にいたはずのレッドはまるで一瞬で蒸発したようにいなくなったのだ。


 何度も何度も周りを確認している内にあることに気づく。


「あ、あれ? 50階層ってあんな景色だったっけ?」


 ティオが指さしたのを見たリディアとシルニカ。そこにはポツポツと火が灯った空間が広がっていた。

 ここまでの過程で火が灯された場所はなく、光の玉を出して暗闇を照らしながら進む他に道はなかったのだが、いつの間に設置したのか松明が煌々とダンジョンを照らしている。

 レッドが倒したモンスターの肉片もなくなり、心なしか地形も変わっているように見えた。


「まさかダンジョンの階層が移動している?」


 シルニカの言葉に頭が混乱する。


「それはどういう……?」

「私にも分からないけど、魔法の罠ってことが考えられない? 50階層から下はランダムで階層が動いて冒険者を迷わせる。みたいな?」


 それが本当なら随分大掛かりな仕掛けだ。絶対にクリアさせたくないという気概すら感じる。


「あいつは強いから死ぬことはないでしょうけど、こっちは……いえ、私は生き残るのが難しいわ。2人から絶対離れないから」

「それは私たちも同じだよシルニカさん。ここで私たちの誰かが1人になるのは不味いからさ」

「ですね。ここを攻略するためにも絶対条件として離れないように行動しましょう」


 ここから先はレッドなしで進むことを余儀なくされた。先ほどまでの余裕が消え、警戒心は最大値にまで膨れ上がる。


 ──ズシンッ……ズシンッ……


 と、そこに重い何かが床を踏み締めて歩いているのが聞こえて来た。

 この階層のモンスターだろうと耳をそばだて、ティオは剣を抜いた。


「フシュウゥゥッフシュウゥゥッ……」


 姿を現したのは頭が牛で体が人間のミノタウロス。

 見るからに凄まじい筋量と正気とは思えない真っ白な目は話が一切通じ無いことを示唆しているようだ。


 息が荒く、見えているかどうかも分からない目で3人を視認する。

 直後、不自然なほどに綺麗で鋭利な斧を空中から出現させた。


「警戒心が強くこのダンジョンで今までに無いほど強そうなモンスターね。ちょいちょい出てくる階層のボスクラスか、それとも……?」


 シルニカが分析に頭を働かせていた時、ミノタウロスの背後からさらに2体のミノタウロスが出現した。


「これはもしかして……?」

「え、ええ。どの階層か定かでは無いけど、少なくともここは牛頭の巣窟ってことで間違いなさそうね」


 3人で情報を共有し合うと同時にミノタウロスは弾かれたように走り出した。


「私が出るっ! リディアっ! シルニカさんっ! 後方支援をっ!!」


 ティオは小さな体を駆使してミノタウロスの速度を超える速さで懐に潜り込む。それを見越してリディアは無詠唱で強化魔法をティオに付与し、筋力と敏捷を引き揚げた。

 先頭のミノタウロスは焦った様子もなく脇を閉めてお辞儀をするように懐に入り込んだティオに向けて振り下ろす。しかしティオはミノタウロスの股を潜るように通り抜けて背後に回り込み、一気に広い背中を登って頭頂部に行き着く。

 驚いたミノタウロスは振り落とそうと踏ん張ろうと足に力を込めたが、ティオは股下を通り抜ける瞬間に両足を切断していたようで、膝下からズルッと倒れ込むようにズレた。顔面が床に接触することを嫌がったミノタウロスは武器を放棄して両手で床に手をつく。

 ティオは前面に崩れ落ちた勢いと自分の体重を合わせて、いつのまにか装備していた短剣を首筋に突き立てた。思いっきり貫通した短剣はミノタウロスの命を血液と共に徐々に奪っていく。そのまま背後に転がるように体重をかけて首から頭蓋骨を切り裂き、脳に達した攻撃はミノタウロスを絶命に導いた。


 レッドとは違う技ありの攻撃にシルニカは目を奪われた。

 小さな体で大きなモンスターを討ち取る。こうあって欲しい理想の倒し方にも見え、ティオに尊敬の念を抱いた。


「──サンダーボルトっ!!」


 シルニカは負けじと背後のミノタウロス2体に牽制の魔法を放つ。

 目に痛いほどの雷撃だが、ミノタウロスの体には静電気程度の威力しかない。しかしこれほどの光に慣れていないミノタウロスは一瞬目を奪われ、その場で怯んだ。


「ナイスっ! シルニカさんっ!!」


 ティオはロングソードとショートソードの二刀流で2体のミノタウロスに接敵する。

 それに気付いたミノタウロスは破れかぶれに斧を振り回した。ティオはまるで踊るように斧の攻撃を紙一重で掻い潜り、腕や足の関節を切り裂く。頑丈で切れ味の良い2つの剣はミノタウロスの頑強な体に物ともせず駆動部分を抉り取る。

 手首を切った時、ミノタウロスはたまらず斧を落とす。落ちた斧は消失し、魔法による具現化であることを知らせてくれた。

 それはつまり武器を弾かれたり壊されたりしてもすぐに作り出して斬撃が可能ということ。

 ティオに手足をダメにされたミノタウロスは口に加える形で斧を出現させ、首だけの力で全身を巻き込むように振り下ろした。破れかぶれかと思いきや、冷静な判断能力をも持ち合わせている。

 同時に繰り出された攻撃をティオは跳躍で躱し、曲芸師のように空中で回転しながらミノタウロスの動脈を切り裂く。


 ──ビッ


 剣を振って血液を飛ばすと2体のミノタウロスはそのまま倒れ伏した。


「……強い」


 こぼれ出た感想はほぼ無意識のものだった。それにリディアもコクリと頷く。


「レッドさんほどではありませんが、ティオも相応に研鑽を積んでいます。共に戦いましょうシルニカさん」

「心強いわ。ちょっと落ち込んじゃうけど……」


 シルニカはティオの握る2つの剣を見る。

 右手に握る茜色の刀身のロングソード型聖剣『奮い立つ赤光(アーネスト)』と青白い刀身のショートソード型聖剣『導きの白花(フェイスフル)』。

 どちらも破格の性能であり、強者にのみ許された武装である。


「てか、ティオってそんな戦い方だったのね。レッドばっかが戦ってたから分かんなかったけど」

「私の戦い方? ああ、そんなことないよ。真正面からぶつかったら危ないと感じて型を変えただけ。見た目の厚みからオーウェン並の筋肉量があるかもしれないし、普通に攻撃してたら軽い私じゃ吹っ飛ばされそうだったから」


 剣を鞘に仕舞ってリディアを見る。


「でもリディアの支援魔法で強化されてたから案外簡単に切れた。助かったよリディア」

「え? いつのまに……」


 リディアは恥ずかしそうに俯いた。


『我が主人(あるじ)七元徳(イノセント)に所属出来る実力者ですよ? 舐めないでいただきたいですね』

「この棺はさぁ……ま、いいわよ。今回は見逃してあげる。そんなことよりあいつのためにも先に進まないとだし」


 松明に灯された明るいダンジョン。これはミノタウロスのために灯されていると言って過言ではない。

 ここから先は視界良好のモンスターの棲家。

 ティオたちはさらに慎重を喫してダンジョンの奥へと進んだ。

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