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257、挑発

 ──バキッ……ベキッ……バキッ


 七元徳(イノセント)のランドルフは一定のリズムで斧を振り下ろし、蟹と蜘蛛を魔合体させたような怪物の首を落とす。首が離れた瞬間に怪物の全身から力が抜け、前のめりに倒れ込んだ。

 重い体に押しつぶされそうになったクレイは盾で受け流しながらバックステップで距離を開けた。


「……おいおい。良いとこを持っていくのかよ。俺がヘイトを稼いでたんだからな?」


 クレイの憎まれ口を聞いて青筋が浮き上がっていたランドルフは笑顔に戻った。


「感謝しておりますとも。クレイさんのおかげで有利に戦えました。加勢していただいたあなたにも感謝いたします」


 ランドルフの視線の先を追うと、青髪ロングの少女が斜に構えて立っていた。ジャケットの下にスクール水着のような衣装を着て、下は短パンを履いている。胸元には『パイシーズ』とカタカナで書いているので彼女の名前はパイシーズで間違い無いだろう。


『感謝など必要ない。私は報酬さえもらえたら何でもする仕事人だからな』

「報酬ですか。私たちを手助けしていただいたのでそれなりの額を用意しましょう」

『なに? そ、それは魅力的だが、私の主人からもらう手筈になっている。二重取りは良くない』

「それでは私たちからその主人にお支払いさせていただきます。その後しっかり受け取ってください」

『……それなら……助かる』


 魚座(パイシーズ)は恥ずかしそうに顔を赤らめて腕を組んだ。


「ったく、グルガンっていう魔族はどこにこんな少女を隠し持っているんだよ。羨ましすぎるだろ。ま、とにかくありがとな」

『ふんっ! だから、感謝は良いって……』


 恥ずかしがってそっぽを向く。


「……嫌われてしまいましたね」

「う、うるさいなっ! ほっとけっ!……そんなことよりも周りもすっかり静かになったな。このまま俺たちだけで進むか?」

「そうですねぇ。もう少し進めばヴァイザーのいる拠点に行き着くでしょうし、そこで皆と合流を……」


 ランドルフの言葉に従いクレイは引き返そうとするが、パイシーズはそれに待ったをかけた。


『駄目だ。この後はすぐに近くの仲間と合流するように命令されている』

「なに? グルガンがそういったのか?」

『そうだ』


 それだけいうとクルッと踵を返した。


「どちらへ行こうというのです?」

『こっちに同じ守護者の反応がある。ついて来い』


 それを聞いた2人は顔を見合わせ、すぐに動き出す。何かが起ころうとしている気配を察知しながら。


 他のところも同様の措置が取られていた。


 ──シュワアァァッ


 気泡が漏れるような音と共に亡霊の如き女性型の怪物が消滅していく。「アァ……アアァ……」と唸ることしか出来ていないが、その顔には喜びが満ちていた。


 その顔を見たクラウディアは思わず両手を組んで祈りを捧げる。幸せそうに消えていった怪物を哀れに思い、クラウディアは唇をかんだ。


「可哀想に……魔神によって変えられてしまったあなたの無念。わたくしが必ずや晴らして差し上げますわ」


 その様子を背後から見ていたアドニスはため息を吐く。


「……祈ったところでエデンは受け入れてはくれないぞ」

「ちょっとアドニスっ! それでも聖戦騎士(クルセイダー)ですのっ?!」

「だからだよ。敵に同情するな。相手は神選五党だったんだぞ? 魔神がどうのこうのの前から壊滅させるつもりだったんだから遅かれ早かれこうなっていた。自分の信じる神の元に召されたんならそれで良いだろ」

「だとしてもあまりに慈悲がありませんわっ!」

「それはそうだろ。俺は『節制』だからな」

「むきーっ!!」


 クラウディアとアドニスが言い合う中、オーウェンは体育座りをしながら一人不満そうにいじけていた。


「この敵の攻撃はいまいち気持ち良くなかったなぁ……やはりこう、肉と肉のぶつかり合いが一番気持ち良い。今すぐにも魔神のところに乗り込みたいところだが、それはダメなのだろう?」


 顔を上げた先に居た女の子に尋ねる。おどおどしながら『は、はいぃ……』と呟く黒髪ツインテールの女の子。

 黒を基調としたフリフリのレースが入った衣装を着ている。肌を出さないようにしているのか、手には薄い生地の白い手袋、脚はレギンスで覆われ、ヒールの高いブーツを履いている。顔以外の肌色は見えない。


 3人は突然現れた少女に警戒心を抱いたが、グルガンの使いであることを知って武装を解除した。

 ついでに今後の策を教えてもらおうと思ったが、それは頑なに口を結んで教えてくれない。3人は水瓶座(アクエリアス)と名乗る女の子の後をついて行った。。



 魔王を難なく撃破したレナールとブリジットはヤギの角を生やしたお姉さんに頭を下げられ、ただ待つようにと言伝を受ける。


「あ~。山羊座(カプリコルヌス)さんだっけ? 気に入らないねぇ。とっとと直進して魔神のすぐ近くで待機してればいいんじゃないの?」

『いけませんわぁ。物事にはタイミングというものがありますの。守っていただけないと大変なことになっちゃいますよぉ?』


 ふわふわとした物言いで口元に指を当てるしぐさをする。

 クリーム色の髪に褐色の肌。全体的にふくよかな体を手編みの真っ白なセーターで包み込み、眼鏡を掛けたおっとりとした女性。眼鏡の奥は糸目で、自然と笑顔になるハッピーフェイス。

 印象だけで言うなら守護者などという大層な肩書がついているとは思えないほどだが、頭から生えたヤギの角が人間ではないと教えてくれる。


「……あなたが私たちを害せるとは思えない。大変なことになるとはどういうことなの?」


 ブリジットの質問にカプリコルヌスはニコッと笑った。


『ぶっちゃけ分かりませんわぁ。ゴライアス様から足止めするように言われてるだけですものぉ』

「はっはっはぁっ! じゃぁしょうがないねぇっ!」


 あっけらかんとした言葉にレナールは豪快に笑った。



 ブルックとセオドアの元に送られて来たのは緑の髪色をしたヤンキーのような白衣の男。

 耳にピアスを見えているだけでも7つ付け、右手だけ厚手の黒い手袋をしている。それ以外は普通よりちょっとやんちゃな青年だと思えた。


「足止め要員として送られて来たか。確かにガルムクラスを想定するなら慎重に事を進めるのには賛成だ。だが、軽く作戦の内容を教えるくらいはしても良いのではないか?」

『黙って俺の言うことを聞けよめんどくせぇな。ショボい敵を倒したくらいでいい気になってんじゃねぇぞ?』


 突き放す物言いにブルックは肩を竦めるが、セオドアは黙っていない。


「何だぁ? お前調子に乗ってんじねぇぞ。ひき肉にしてやろうか?」

『あ? 馬鹿じゃねぇのお前。俺をひき肉に? はっ! お前らの実力なら俺をミンチにするのくらいわけねぇが、俺の全力の命乞いにお前らの良心は耐えられっかなぁ?! 見ものだぜっ!』

「あぁっ?!……あ? えっ……あ?」


 白衣の男の勢いにセオドアの理解が追いついていない。ブルックはセオドアの肩をポンと叩いて思考を一旦止めさせた。


「合流だったな。案内をよろしく頼む。……えっと……」

蠍座(スコーピウス)ってんだ。ついて来い』


 スコーピウスは顎をしゃくって案内を始める。

 割と近くにデュランとアレンを見つけ、無事に合流することが出来た。



「下らぬっ!」


 ヴァイザーは下唇を尖らせてイライラしたように地面に向かって思い切り槍を突き立てた。

 刺した箇所を中心にビキビキと地割れがヴァイザーの周囲を飲み込んでいく。神選五党が何年も居座って出来たアジトも、急遽新設した研究室も、その中にあった女神教教祖のダスティンだった肉塊も飲み込まれ、跡形も無くなってしまった。


「……何が魔王じゃ。儂の戦略を不意にしよって。実に腹立たしい。本来なら皆殺しにしてやるとこじゃが興が乗らん。もうここに何の要もないわい」


 ヴァイザーは拗ねた子供のように癇癪を起こして飛び去ろうとしたが、背後から呼び止める声がする。


「……逃げるのか?」


 ピタッと時間が停止したかのように宙に浮いたヴァイザーが停止し、バッと勢いよく振り向いた。

 そこには6人の男女と見たことのある顔があった。獅子頭の魔族とくればこの世界にやって来てかなり衝撃を受けたため、記憶にバッチリ刻まれている。


「おぬしは確か……ゴライアスっ!?」


 気配もなく急に現れたグルガンに驚かされた。


「その通りだが、その名で呼ぶな。グルガンだ。グルガンと呼べ」

「クックックッ……その名にコンプレックスでもあるのか? よかろうグルガン。おぬしらが儂を倒しに来た精鋭ということか。誰が背後にいるか知らんが、おぬしも大変じゃのぅ」

「……そうか。貴公の知覚能力は場所や気配に限定されるのだな? そして何もかも破壊していたからせっかくの知覚能力も遮断していたということか……」

「ん? 何が言いたい?」

「分からないか? 貴公が遊んでいた相手は我だ。我が貴公の魔王を絡めとってやったのだ」


 ヴァイザーの鼻の穴がプクッと膨らみ、額に青筋が立つ。


「……おぬしわざわざ儂に勝ち名乗りでも上げに来たか? 不愉快な奴じゃ」

「うぅむ、そうなのかもしれんな。しかしまさか逃げようとするとは思いもよらなかったよ。ここまで臆病者だと分かっていたのならわざわざ戦力を削ってやるのは可哀想だと遠慮してやったところだが……申し訳ない。大したことがなさ過ぎて完膚なきまでに叩きのめしてしまったようだ」


 ギシッと奥歯を噛みしめる音が響く。宙に浮いていたヴァイザーはフヨフヨとゆっくり地面に降り立ち、グルガンを見据えた。


「そうかそうか……キサマはそういう奴か。そんなに死にたいのならここで殺してくれるわ」


 怒りが頂点に達したヴァイザーはついに重い腰を上げ、戦場にその身を投じる。

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