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256、星がきれい

 地図という盤上の上で駒を動かす様子をアリーシャとフィアゼスは見ていた。

 優勢であるのは誰の目にも明らかだった。


「──戦力を分散させる決断をされた時は不安がありましたが、思ったよりも敵が乗って来ましたね」

「うむ。ヴァイザーの性格上、魔王の実力を過信しこちらを侮ることは目に見えていた。自ら各個撃破に加担することになるとは思いもよらないだろうな」

『ね? だから言ったでしょう?』


 乙女座(ヴィルゴ)は胸を張って偉そうにしている。そんな様子に面白くないフィアゼスは肩を竦めた。


「相手の性格を逆手に取りましたか。中々やるではないですかグルガンさん。結果的にですが」

「ん? 何が言いたい?」

「おやおや、お惚けですか? 元々のお仲間はいざ知らず、初めて顔合わせされた剣聖や七元徳(イノセント)を実力も見ぬままにいきなり投入。いきなり異世界の魔王と戦えだのと……よくもまぁ使い潰すような真似が出来ましたねぇ。豪気と言いましょうか、それとも向こう見ずと言いましょうか……」

「使い潰そうなどと考えてもいない。どの組が劣勢でも問題ないように伏兵として我が魔剣の守護者(ガーディアン)が加勢に入る予定だったのだが……杞憂だったようだな。油断は出来んが……」

「既に考慮済みですか。あなたを敵に回すのは面倒臭そうですねぇ」


 フィアゼスが一瞬目を離したその時、盤上に動きがあった。


主人(あるじ)殿っ! 何者かがここに急速接近しておるぞっ!! みんな気を付けぃっ!!』


 天秤座(リブラ)は振り返って敵の襲撃に備える。

 アリーシャにも接近してきている敵の姿が見えているらしく凛とした佇まいで剣を抜く。

 特に警戒することもなくへらへらしていたフィアゼスも遅ればせながらカタールを装着した。


 ──ドドッ……ドドッ……ドドッ……


 四つ足の獣が本気で走った時に鳴る独特のリズムが聞こえてくる。6体いる魔王の中で四足歩行はアクロオウの1体のみ。しかし既に倒されている。浮遊要塞が聖王国の首都付近から動いていない上、転移などを使用して追加戦闘員を連れて来た痕跡も時間もなかった。


「……奴の実験体か……」


 グルガンの呟きに応えるように3m前後ある魔獣が木々の間から飛び出した。着地と同時に地面を抉るほど殴りつけ、赤い目で睨みながらグッと体を伸ばした。


「ゴルルオォォオォッ!!」


 けたたましい咆哮を響かせながら胸を叩く。ゴリラのようなドラミングを披露し、魔獣が如何に興奮しているかを視覚と聴覚で訴えてくる。

 その姿はまさにゴリラ。全身を覆う毛は苔でも生えているかのように緑色で、濡れているように艶々と輝いている。それが刺さるほど鋭い毛であり、艶々しているのは金属の光沢であることに気付く。

 肩から腕、手の先まで覆う鎧のようなナックルガードは魔力が込められており、魔装具だと認識出来る。

 頭頂部だけ禿げていて刺青(タトゥー)が施されている。ここだけは元は人間だったのであろう名残が残されていた。


「ん? これはこれは、奇遇ですねグルガンさん。こんなところでお会いするとは……」


 ゴリラの怪物の背後にシルクハットを被った魔族が姿を現した。


「ベルギルツか。久しい再会だな」

「……驚かないのですね。まるで私が辿って来た道を既に知っているような口ぶりです」

「デザイアの軍門に下って再起を図っているのだろう? もうあの大陸には帰れないからな」

「ぐっ……ふっ、ふふふっ……ええ、その通りです。私はついに居るべき場所を見つけました。ですが、1つ間違っていますよ? 私は全てを手に入れ返り咲くのですっ! デザイア様のお力をお借りしてねっ!」


 ベルギルツは演劇の舞台のように大げさに身振り手振りをして自分に陶酔している。今から死闘を始めようというのに、かなり余裕がありそうだ。


「私たちを恐れないあの自信……きっとどんどん追加の何かがやって来るんでしょうねぇ。自分が害されないと分かっている雰囲気ですよぉあれはぁ……」


 フィアゼスは見た感じから得られる情報を頼りに独自の見解を導き出した。ベルギルツはその見解を鼻で笑ったが、グルガンは呆れたように目を閉じた。


「すまないが、奴にそんなものはない。今眼前にある力に全力で寄りかかるのがこの男だ。つまりこのヴァイザーのおもちゃがベルギルツの切り札で間違いない」

「は、はぁっ!? な、何故そんなことが言い切れるのですかっ!?」

「今の焦り方を見ればよく分かるだろうが、この男は良くも悪くも出し惜しみをしない。相手を(さげす)めるなら自分の手札を全部切っていく。それで相手が折れるなら作戦として正しい。しかし誰に対しても同じ行動をとるのは馬鹿の一つ覚えというのだ」

「こ、この私に向かってなんて口を……っ!?」


 わなわなと怒りに震えるベルギルツ。グルガンの冷ややかな目で我慢の限界を迎えた。


「ジェイコブさんっ! あいつを殺してしまいなさいっ!」

「グルルァァァッ!!」


 ジェイコブと呼ばれた大猿はベルギルツの命令を聞き、間髪入れずに飛び出した。食べ物を前にしているように大口を開け、涎を垂れ流しながら突っ込んでくる。


 ──バチィッ


 しかしいつの間にか張られていた魔障壁に弾かれ、無様に地面に寝転んだ。


『ほっほっほっ。いかんいかん。もっと慎重に動くべきじゃよ?』


 既にリブラが対策済みだった。構えていたアリーシャとフィアゼスは肩透かしを食らったように動きを止める。


「チッ! 何をしているのですジェイコブさんっ! 早く反撃をっ!!」


 ベルギルツの癇癪でようやく立ち上がる大猿。

 だが魔障壁を前にして即反撃とはいかない。痛みを覚えれば獣でも警戒する。


「はっ?! そんな薄い膜に何をビビっているのですかっ!! とっとと連撃を放つのですよっ!! じれったいウスノロですねぇっ!!」


 大猿にイラつくベルギルツだが、ベルギルツが大猿の立場なら一撃を凌がれた時点で逃げだしていただろう。自分でなければ無限に調子に乗れる。

 グルガンはベルギルツの態度に辟易し、小さく横に首を振りながら肩を竦めた。


「そろそろその実験体……ジェイコブといったか? だんだんと気の毒に思えて来たな。終わりにしよう」


 そういうと右手をあげ、何かに合図を送る。するとどこからか炎の矢が無数に射出され、大猿の体に突き刺さる。


「ゴルォォアァッ!? オォアァァァァッ!!?」


 急に攻撃を仕掛けられ、さらに炎によって全身が焼かれる。その場で火を消そうと地面を転がり回るが、一向に消えそうにない。


『ただの火だと思った? ざんねーんっ! 魔法だよーんっ!』


 木の上から炎を纏った弓で狙いを定める女の子がいる。

 野伏(レンジャー)服と呼ばれるフード付きのダボッとした衣装を身に纏い、革靴に指抜きグローブを装着した弓兵(アーチャー)

 髪を短く切りそろえたボーイッシュな子で、見るからに活発そうな印象を受ける。

 そんなイメージとは裏腹に草木に紛れ込めるような保護色を用いて隠れ潜んでいた。


「ウガアアァァァッ!!」


 魔法の効果が切れてきたのか、鎮火し始めた瞬間に大猿は女の子のいる木に突進を仕掛けた。

 しかしそう来るだろうと女の子は跳躍し、放物線を描きながら大猿に向けてまたも矢を放つ。弓矢は魔力で構成されているので身軽さにさらに磨きが掛かっている。


 ──全弾命中。


 燃やす効果もさることながら貫通力もあり、大猿の体は穴だらけになっていた。不幸中の幸いと言えたのは、傷がついた途端に傷口を焼かれるので大量出血には繋がらないことだろうか。

 それでも大事な器官に当たれば同じこと。高額な回復アイテムか回復系の魔法の多重掛けか、どっちにしろ治療しなければ死ぬ。


「ゴホッ……ゲホゴホッ……」


 段々と動く元気がなくなって来た。弓矢の的にされて一矢報いることも出来ずにヘナヘナと崩れ落ちる。


『えぇ? なになに? もう終わりなの? めっちゃ強いって聞いてたから肩透かしかもー』


 木から木へ飛び移って大猿の間合いに入らないよう立ち回っていた女の子は興味なさげに地面へと降りた。女の子の足が地面に触れる前を大猿は見逃さない。

 ガバッと勢いよく起き上がり、女の子に食らいつこうと大口を開けて飛び込む。


「グルルアアアァァァッ!!!」

『うわわわぁっ!?』


 女の子は焦って手をバタバタさせたが、大猿が目と鼻の先までやって来た時を狙って空中で飛び上がる。


『なんてねー』


 空中に足場を作って後ろに宙返りをする。ただ迫って来ている方向はまさに女の子が飛び上がった直線状にあり、避けたことにはならない。これがミスであるなら大猿にも勝機はあった。だが、これが作戦であったならば──。


『……参る』


 女の子が飛び去るのに合わせて下から抉り込むように姿を現したのは、手甲に刃を取り付けた無骨な男。

 古臭い着物に袴を合わせた古風な衣装を身につけ、無精髭を生やした浪人のような風貌をしている。


 急に現れた男に驚いたが、こちらも急には止まれない。男ごと巻き込む形で拳を放つ。


 ──ヒュパンッ


 その拳が男に届くことはなく、まして女の子に届くはずもなく。

 斬られた体は10を超える肉片に分割され、バラバラに崩れ落ちた。


「おやおや。あれもあなたの守護者ですか?」

「ああ。射手座(サジタリアス)蟹座(キャンサー)だ」

「私たちの出番がありませんねぇ。楽で大変結構ですが、体が鈍って仕方ありませんねぇ……」


 フィアゼスはやれやれと言った感じで皮肉を飛ばす。グルガンは流し目でフィアゼスを見ながら応えた。


「貴公らは切り札だ。こんなところで消耗されては困る。それに悲観することはない。ヴァイザーが動くぞ」

「──ええ。頃合いでしょう」


 アリーシャも次の展開が読めたのかグルガンに同調する。それにムッとするフィアゼスだったが、ふと気になることが浮かんできて辺りを見回す。


「そういえばあなたのお知り合いのベルギルツとかいう雑魚はどこに? 一緒に殺してしまいましたか?」

「どさくさ紛れに逃げたようだ。いつものことだから気にするな」


 ベルギルツはグルガンの言う通り、サジタリアスの炎の矢に驚いて逃げ出した。

 彼の特異能力『星がきれい(オアシス)』を使用して──。

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