255、裏をかけ
ヴァイザーは座禅を組むように研究室の前でふわふわと浮いていた。
目を閉じ、組んだ足に乗せた槍を腕で挟むように印を結んだ手を乗せている。
ただ単に神然としたポーズを取っているのではなく、これには意味がある。
知覚能力を大幅に上昇させ、戦闘の様子を伺っていた。
(ふーむ、敵は思ったよりもやるということかのぅ? 儂お手製の実験動物どもは何とか善戦しとるようじゃが、魔王で辛うじて使えるのはヴォルド=ホーンくらいか。……しかしアクロオウとドロイドがこれほど相性が悪いとは思わなんだわい。これからは衝動的に捕まえた奴は一度放し飼いして特性を確認するべきじゃのぅ……)
解き放った部下たちの能力は把握していたつもりだったが、組み分けはそれほど褒められるものではなかった。どの部下も相応の実力を持っていたというのがヴァイザーの目を曇らせる要因となっている。
ヴァイザーの強者を測る物差しの感覚が広すぎて魔王という肩書を持っていれば、そこに強弱による格差が発生していても同列に見てしまっている。一点突破型や特異体質などを度外視して突っ張らせるため、戦いの中で弊害が起きてしまっているのだ。
「……チッ! 間抜けどもが。儂が誘導せんとまともに敵の裏に回り込めんとは手間の掛かる。本当に魔王を名乗っ取ったんか? くぅ〜っ情けないっ」
ヴァイザーは知覚能力に念波を混ぜて手持ち無沙汰の魔王たちを差し向ける。イライラしながらもその顔には笑みが浮かんでいた。本人は戦略ゲームをやっているようで気分が高揚している。
「ヴァイザー様ぁっ!!」
楽しんでいる最中にベルギルツが駆け込んでくる。戦っているはずのベルギルツの登場に顔を顰めた。
「ベルギルツ? おぬし配置につかずにここで何をしとる? 戦いはどうした?」
「い、今はヴァイザー様の実験体が交戦中でございます。確かスモーキーとか何とか……」
「奴か。実験体の中で一番伸び代のない男じゃ。あやつと取り巻きだけでは不安じゃのぅ。……ところで無様に逃げ帰って来て情報の一つも抜いて来たんじゃろうな?」
「そ、そんな逃げ帰っただなんて……!」
「儂を謀れると思うたのか? 間抜けめ。おぬしが敵と会う前から逃げたのは気付いておる」
ベルギルツは全部知られていたことを知り、殺されるのではないかとビクビクしていたが、その様子を見てヴァイザーは鼻で笑う。
「……しかし、じゃ。こうして逃げ帰って来たことを思うに、おぬしは儂の想定以上に弱かったようじゃな。儂の判断ミスも加味して今回ばかりは許してやる。ありがたく思え」
「は、ははぁっ! 感謝致しますっ!」
「よし。今おぬしに貸し与えているヴォルド=ホーンは戦闘中じゃから新たな部下を授ける。そいつを連れて東に赴け」
「東……でございますか?」
「今回の敵の総大将と思しき輩がおる。そこに殴り込んでくるのじゃ」
「か、かしこまりました! それで……その部下というのは?」
*
「あのクソジジイめ。ふざけやがって……!」
ヴァイザーの念波を受けて2体の魔王が方向を転換した。
1体目、犀のように硬い鎧のような皮膚を持ち、三つの目を持つ魔王。鋭く巨大なツノが頭に1つ、両肩に2つ、両肘から2つ、膝からも2つ生えている。
異世界『ザルバルド』の二大巨頭が一つ、魔王オックス=デリンジャー。
2体目、全身の皮を無理やり剥がしたような筋繊維丸出しのコウモリに近い見た目の魔王。全身からヌメヌメと血のような油のような体液が全身を覆っている。
異世界『モーニウス』の闇の王、ゴダ=コンクリウス。
自分の世界では破格の力を振るい、生きとし生ける者に恐怖を与え、魔王と恐れられた覇者たち。
それが今や一端の部下になり下がり、顎で使われる現実。
「人間とかいう矮小な生き物を殺すだけの簡単なお仕事ですもの。そう腐らずに……」
「とはいえ他4体の魔王が今頃暴れている頃だろう? 到着した先で何もありませんでしたとなったら流石の俺様も制御が効かんぞ?」
「まぁまぁ……」
ゴダ=コンクリウスは見た目に反し、意外に高い声でオックスを宥める。
「そもそも何故俺様が筆頭ではないのだ? 賢い俺様よりもヴォルド=ホーンなどという間抜けを筆頭にするなどと……クソジジイに振り回される身になれ」
「そんなの私だって当事者よ? どうせなら私が上になった方が良かったわよ。けどヴァイザー様に物申すなんて口が裂けても出来ないんだから仕方がないでしょ? 私は生きていたいんだからね」
陰口は叩くが逆らうことなど万に一つも出来ない。
魔神の強さの前に魔王としての矜持など形無しだ。
せいぜい協力して殺されないように上手く立ち回り、元の世界に戻ることを夢見て生き続ける他に道はない。
「にしても本当にこっちで合ってんのか? 裏に回れとかなんとかほざいてやがったが、そんなに警戒するほどのもんかよ。耄碌ジジイの心配性にはほとほと愛想が尽きるぜ」
『いや、警戒すべきだな。特によく分からない場所での戦闘では油断が隙を生むのだから……』
「……っ!?」
いつまでもぶつくさ言っていたオックスだったが、背後から聞こえてきた声に2人は顔を見合わせ、勢いよく振り向いた。
そこに立っていたのは頭は牛、体は人間のミノタウロス。男が憧れる最も美しい筋肉を彫刻で削り出したかのような肉体美をアマチュアレスリング風のコスチュームでこれでもかと見せつけてくる。
「な、なんだお前はっ?!……人間ではない? ならクソジジイ……いや、ヴァイザー様の使いか?」
『ふんっ! 下賤な輩の使いなわけがないだろう。貴様は仲間も把握していないのか? この私は魔剣『翠緑の牙』の守護者、その名も牡牛座。貴様たちに引導を渡すために召喚に応じた最強の戦士っ!』
ボディビルの選手のようにポーズをキメながら言葉を紡ぐタウロス。冗談のような筋肉に圧倒されるが、所詮は人間の中での肉体美。形だけの筋肉などオックスもゴダ=コンクリウスもすぐに慣れる。
「人間の味方をするのね。それじゃ容赦しないわよ?」
『上等ぉっ!!』
タウロスは両手を開いたり交差させたりしながら体内に熱を溜め始める。ザッザッと足で地面を後ろに蹴り、今にも突進して来そうな雰囲気を醸し出す。興奮している様子がまんま牛である。
『上等じゃないだろうタウロス。まだ相手が分析出来ていない内から動くなんてナンセンスだよ?』
木の影からスッと出て来たのは羊のツノを生やしたパーマがかった紫髪の垂れ目イケメン。
手足が長く細マッチョだがモコモコのウールで編んだぶかぶかの服を着込んでいて着膨れして見える。
「新手かっ!?」
挟まれる形で出て来た男にゴダ=コンクリウスが相対する。
『牡羊座っ! 手出しはするなよっ! こいつらは私の獲物っ!! だっ!!』
『ふ〜っ全く。1人で戦うなんてこの僕が容認しないよ。もしここで君が傷でも付けられたらゴライアスくんに顔向けが出来ないだろう?』
前髪を掻き上げ、鋭い目つきでゴダ=コンクリウスを睨みつけた。
『そーそー。パパに怒られても知らないぞー』
『タウロスばっかりずるいっ! 僕だって登場を伺ってたんだからなっ!!』
木の上にも何かがいた。
銀髪おかっぱの娘と金髪縦ロールの娘だ。2人は背格好も顔もよく似ていて双子だと感じさせる。髪型と左右反転したようなスカートの服装からもそれを想起させる。ちなみに右斜めにスカートの裾が長い方が銀髪で左斜めが金髪だ。
気付けば4人の真ん中にオックスとゴダ=コンクリウスは居た。知らない内に囲まれてしまっていたのだ。
(馬鹿な……気配を感じなかったぞ? こいつらどこに隠れていたというのだ?)
オックスは背筋に冷たいものを感じた。魔神の目の前でもないというのにかなりの緊張感を覚える。
『君たち、こういうのをなんていうか知っているかい? 袋の鼠って言うんだよ』




