253、多くの魔王
最初に戦いが始まったのはレナールとブリジットのチームだった。
「そらそらぁっ!!」
──ゴォオオッ
燃える切っ先。レナールが剣を振るたびに空気を焼く音が木霊する。レナールの封印指定魔剣『紅鱗剣・烈火覇山皇』は世界屈指の魔剣として猛威を振るう。
敵はゴリラの体に潰れた豚のような顔面を取り付け、巨大な翼と小さな角を4つずつ生やした悪魔。
異世界『デイドリーム』で恐れられた悪夢の魔王、ナイトメアガーゴイル。
恐怖によってより強力に、見た目もより凶悪に変化していく特性を持ち、能力強化の最大値は同列に扱われている魔王の中で上位陣に食い込む強さを持つ。
「どうしたんだいっ?! そんなんじゃあたしは殺せないよぉっ!!」
しかし前述の通りナイトメアガーゴイルの力は恐怖によって変化するため、恐怖を感じない者、または恐怖を克服した者の前では基本能力のままとなる。
自分の世界ではこつこつ知名度を上げ、最終的に名前だけで震え上がってくれるようになったが、異世界ではすべてが最初からなのでレナールのような好戦的な戦士などにぶつかると弱い。
しかも戦略兵器レベルの戦闘能力を持つ戦士が、生き物の根源的恐怖たる火を扱ってくる敵だとなおさらキツい。悪夢の鉄板ネタである火の要素を怖がらない手合いは、恐怖の感情に乏しい傾向にある。
楽に倒されるほどやわではないが、じり貧という言葉が頭を過ぎった。
「……ほどほどにしてよレナール。派手にやりすぎると火が燃え広がるよ」
ブリジットは刀型の魔剣『雪月花』で草木に燃え移った火を瞬時に凍結させて消火する。剣聖でも破格の天才と謳われるブリジットの移動速度はレナールを超えているので、完璧に火の侵攻を防いでいる。
「だからあんたと組んだんでしょうがっ!!」
「はぁ……そんなことだろうと思った……」
呆れた口調で呟きながら滑るように接敵し、そのままナイトメアガーゴイルのふくらはぎを撫で切りにする。触れた傍から凍らせる魔剣は別名『不死殺し』という異名を持っている。
信じられないほどの高温で焼き切られ、合間合間に細胞が一瞬で壊死する氷結の斬撃が襲い掛かる。
「ヤメロォッ!!」
ブンッと手を振り払えばその手に無数の斬撃が襲い掛かる。さらに傷口を火で焼かれたり、瞬時に凍結されて壊死する。
かつてデイドリームで生き物という生き物を屠った悪夢が具現化したような攻撃に身も心もすり減らされていく。
「モウ止メテクレッ! 感覚ガ オカシクナルッ!!」
「おや? やめて欲しいのかい? なら首を差し出しな。そうすりゃこれ以上痛めつけやしないさ」
「……そう。一瞬で終わらせてあげる」
*
ブルックとセオドアの元には2体同時に魔王がやって来た。
その容姿は異様でありながらもどこか神秘的な空気を孕んでいる。
1体は鱗の一枚一枚を丁寧に彫り込んだ木彫りのドラゴンのような見た目で、目や口の中には木目があり、生物のようで生物でないように見える不思議な存在だ。
漆で塗られたように綺麗な黒は調度品にも見え、由緒ある家の茶室にでも飾っていそうな風贅がある。和彫りの龍を想起させるギョロッとした目が特徴的だ。
異世界『オルグレイド』の魔王、その名をアクロオウ。すべてを腐らせる『腐食の波動』は厄介という言葉では言い表せないほどに強力な力。
自由気ままに飛び回り、思いつたまま国を破壊する竜巻や台風のような存在。
そしてもう1体は白く半透明で、人間の男性の美を追求したギリシャ彫刻のような肉体を披露する得体のしれない何か。
それというのも体は作り込まれているのに顔だけはつるんとしたのっぺらぼうで、どこを見ているのかも分からない。
申し訳程度に纏っている布も半透明なので内部に光り輝くオレンジ色の力の結晶が丸見えである。
異世界『コータス』で頂点捕食者として君臨していた魔王ドロイド。
神秘的な容姿とは裏腹に大食漢ですべてを食らいつくす最悪と恐れられていた。空腹時は話が通じず、目の前の生き物を捕食してしまう様から『卑しき悪食』と呼ばれている。
姿かたちが違うものの、流氷の天使と呼ばれるクリオネが連想される。
2体とも魔王というよりも災害と呼ばれるに相応しい存在。
支配のために訪れた世界でアクロオウとドロイドの見た目を甚く気に入ったヴァイザーは、2体を精神汚染して無理やり連れて来ることに成功する。
意識を寸断して浮遊要塞の調度品に飾っていたのだが、最近飽きてきたのかコキ使っている。
そんな2体はまったく違う姿でありながら同じ特徴を持っていた。2体とも我が強いということ。
日常生活に支障をきたすため、能力に制限を掛けていたのだが、激しい戦いが予想されるこの戦場で制限を解かれた。
ブルックとセオドアを前にして得物を取り合い、お互いを攻撃し合うという間抜けな状況が繰り広げられた。
いきなりおっぱじめた内輪もめに困惑する2人だったが、2体の隙を突いて致命の一撃を浴びせ無事撃破に至る。
「アホだなこいつら……」
セオドアの言葉にすべてが詰まっていた。
「いや、こんなものだろう。帝国領で浮島の中に居たガルム一派の残党狩りの時も大概だった。異世界で魔王と呼ばれた連中は実力は凄まじいものだが、結局のところ寄せ集め集団。力を合わせることなど元より不可能だ。命の危機に瀕してようやく事の重大さに気付いても意味はない」
ブルックの分析は的を射ていた。何者も寄せ付けぬ力があれば助け合いなど不要。それが自己を高め、誇りを生み出す。最終的には誇りが邪魔をしてどうにもならなくなる。
「……クールだねぇ」
セオドアはそれだけ呟いて剣を鞘に仕舞った。
*
デュラン=ウィド=ガドリスは悩んでいた。
八剣聖で一番規律正しく、実力も申し分ない。
1番の古株のアシュロフを目指して剣を磨いて来たが中々芽が出ず、剣聖に昇格したのはブルックとセオドアの次。年功序列で言えば副リーダーをやってもおかしくないほどの年齢となるが、間の悪さも相まっていつまでも中堅どころにいる。
剣聖の中ではブルックとセオドアが1、2を争うほどに強く、その次にレナールとアレン、そしてブリジットが横並びになり、アシュロフとデュランがその下に位置している。
アシュロフに対するデュランを含めたみんなの評価と信頼が厚いため、実力など関係なしに上に持ち上げられるが、そこをいくと当のデュランは実力こそ認められているが、規則や規律を重視して注意を促すのがウザがられているために評価は低い。
自分でもみんながウザがっているのが分かっていた。しかし潔癖にも近い性分から指摘が口をついて出てしまう。
今こうして2人1組で編成されたアレンはきっと師匠であるブルックと共に戦いたかったはずだ。デュランと行動を共にするなど望んでいるはずがない。
「どうしたんですかデュランさん? 顔色が悪いような……?」
「いや、なんでも……やっぱり少し良いか? 私と一緒で居心地が悪くなったりしないか?」
「え? 突然なにを……」
「お前はブルックの弟子だ。一緒に戦うのならブルックと一緒に戦った方が力が出るのではと思ったまで」
デュランは蔓草を剣で薙ぎながらアレンに質問する。
「それはまぁ。でもセオドアさんと一緒に戦った方が師匠は力が出るんです。俺のわがままよりも本気を出せる環境を整える方が重要なので」
「そうなのか? 奴らは事あるごとに皮肉を言い合ったり喧嘩をしているイメージだがな」
「それが2人の剣を高め合うことにつながっていると俺は思ってます。もしセオドアさんじゃなくデュランさんやレナールさん、もしくはブリジットの誰かがその役になれそうなら俺は一歩引きます。それが弟子ってもんでしょ?」
「難儀なものだな。私はお前を信頼し、実力も評価している。今回も頼むぞ」
「はいっ!」
アレンは純粋に笑顔を見せてデュランと肩を並べて歩く。
(思い違いであったか……)
そもそも剣聖として一緒に今回の作戦に参加したが、作戦会議中に会話に入れずに浮いていたのがちょっとした疎外感を生んで寂しかったのだ。
その後、仲間内や七元徳の連中と会話をして精神が少し回復したが、フィアゼスとの会話で「ハゲで居ること自体が不思議な弱者ですか。臭いので寄らないでくれますか?」などと辛辣なことを言われてキレた。
みんなに止められてことなきを得たが、大人げなく拳を振り上げてしまったことが罪悪感となり、思い出すだけでも落ち込んでしまうのだ。
アレンは師匠であるブルックとほぼ同時期に剣聖となったデュランを尊敬している。その尊敬の念が目から伝わってくるため、デュランは自信を取り戻した。
「しかしいつになったら敵に遭遇するのでしょうか? 俺たち間違ったとこ進んでますかね?」
「そんなことはない。私はどこにいても方向が分かる特異体質を持っているからな。それが功を奏して魔剣『威風堂々』に認められたのだろう」
「それは初耳でした。すいません。デュランさんの方向感覚に任せます」
「謝る必要はない。だが了解した。このまま進み、敵を排除するぞ」
「はいっ!」
敵以上に罠の解除ばかりをしながら歩く2人。会敵しない理由はいなかったり配置されたりしなかったわけではない。実のところ、それ以上に情けない理由が存在していた。




