246、ピラミッド
ピラミッド内に侵入したレッドたちは魔法の光を3つ浮かばせながら慎重に歩く。
思えば罠を看破出来る盗賊や野伏系の索敵技能を持った職業がいないパーティであることに気付き、レッドを先に進ませ囮にする二等辺三角形のような陣形をとった。
「……この陣形って危なくないですか? 特にレッドさんが……」
レッドは床を念入りに踏み踏みしながら罠を作動させようとしている。引っかかったところで自分なら対処出来ると考えてのことだ。
矢、熱湯、毒霧、石での押し潰しなどなど。数多くの罠を見てきてその都度恐れ慄いたものだが、どれも一度は体験してきている。当時のことを思い出せば対処は可能だろう。
「心配することはないわ。レッドだもん。問題は私たちよ」
「おっと……」
シルニカに言われて壁に触れようとしていたティオは手を引っ込めた。
「うん。ま、そっちもそうなんだけど、リディアのそれは結局なんなの?」
「え?」
リディアはシルニカの視線を追う。背後にある立ち上がった棺が目に入った。棺は自らを左右に振るように動き、歩いているように見える。
「私もそれなりに魔道具の類は見てきたけど、人型じゃないのに自立する奴は見たことがないんだけど……?」
『いえいえ、私のことは気にしないでください。主人に握られている間はこうして移動することが可能ですので。ねっ、リディア様』
「はい。なんと言いましょうか、これはこれであるとしか言いようがないので……」
『あ、それから私は魔道具ではないので。『聖装』なのでお間違いなく』
「物は物でしょ」
『ふぅ……やれやれ』
「何よ?」
シルニカは苛立ちながら手をかざす。魔力を高めてパリパリと稲妻を走らせながら牽制する。喧嘩腰になった時によくやる脅しのテクニックだが、この廊下ではご法度だった。
──カチンッ……ブシュウゥゥッ
何かが作動した音と共に壁から霧が勢いよく噴出された。いきなりのことにレッドは振り返るが、既に3人は霧に包まれていた。霧は石壁をジリジリと溶かす溶解液。油断し切っていたであろう3人は無事では済まない。
「そんなバカなっ!? どこにこんな仕掛けがっ?!」
石橋を叩いて割るくらいの勢いで執拗に踏み続けていたのだ。床に設置されていたのなら既にレッドがおっ被っているはず。
レッドは剣の峰を使用して団扇のように仰ぐ。衝撃波のような突風は霧を瞬時に吹き飛ばし、3人の安否を確認する。
そこには聖装アイアンメイデンを中心に魔障壁を球状に展開し、溶解液を防いでいた。無傷のシルニカのきょとん顔が印象に残る。
『私の完璧な守りに資格はありませんよ。リディア様が同行していて幸運でしたね』
「え、あ……ありがと」
シルニカは逡巡しながら感謝する。ホッと一息つくレッドだったが、意気込んでいたのに何も出来ていない自分にガッカリした。だが落ち込んでいる暇もないので3人に近づく。
「えっと……ごめん。何か踏んだ?」
「……ああ、違うわ。何かを踏んだ感触はなかったし、壁にも触ってない。強いて言うなら私が魔法を使ったことくらい?」
自己分析をしつつ魔法を使用しようとした右手を見る。ティオはそんなシルニカを見ながら目を丸くする。
「魔法に反応する罠? そんなのもあるんだ」
「かなり高度な罠ですよ。少なくとも俺は見たことないです」
レッドは険しい顔で壁を見渡す。シルニカは鼻を鳴らしながら「そりゃ魔法使わないからでしょ」と呟いた。
「うっ……。と、とにかくここでは魔法が使えないってことですね。シルニカさんは特に気を付けていただかないと……」
「分かってるわよ。溶けたくないし」
シルニカに釘を刺したところで何かがやってくる気配を感じた。ペタペタペタと床に吸い付くような足音が聞こえる。それなりに早く、複数隊である。
レッドはすぐさま剣を構える。剣の柄を確かめるように握りながら訝しんでいた。
諸教派の街『ソルブライト』でシルニカが購入しレッドにプレゼントしたロングソード。レッドが長年使用していた型と違うために握った感触がかなり違う。違和感こそあるが武器は武器。使えればなんでも良い。
少しでも振るい易い部分を探していると、前方からミイラによく似た包帯だらけのアンデッドが4、5体走ってきていた。手にはショーテルと呼ばれる両刃で大きく湾曲した刃の剣を持っている。廊下は狭いので長い得物を持たないようにしているようだ。
「刃が大きく曲がっているから大振りの攻撃でも先っぽが壁や天井に擦らないように考えての武器か。賢いな。……俺が先に出ますっ! 敵が怯んだところを駆け抜けてくださいっ!」
ここでは魔法が使用出来ないので、アンデッドの弱点である火の魔法や浄化の光が使えない。物理ではいずれ復活してしまう可能性があるため、走り抜ける他に道はないのだ。
レッドの的確な判断に「はいっ!」と了承するティオ。返事と共に飛び出したレッドはミイラに接敵すると無数の剣撃を繰り出した。
袈裟斬り、横一線、縦割り、斬り上げ、刺突、斬り払い、峰打ちでの殴打。全てが必殺の一撃となるレッドの剣術は遺憾なく発揮され、ミイラは瞬きの間に原型を留めないほどバラバラになる。
意味が分からなかった。レッドが床を蹴り出したのは足の踏ん張りや動作で理解出来たが、床から足が離れた瞬間に視界から消えた。
聖王国にて7人の最高戦力の2人、ティオとリディアを以ってしてレッドを視認すること叶わず、ミイラの肉片が壁のシミになったところでレッドが姿を現した。目をパチクリさせながらもレッドが切り開いた道を走る。
走っている最中に見たミイラは火や浄化の光を必要としないほどに細かく切り刻まれていた。
「あの一瞬でこれだけの斬撃を……? 見えた?」
「う、ううん。み、見えなかった……。ティオは?」
リディアの質問に首を横に振った。
正直な話、ミイラ程度を細かく切り捨てる程度ならティオに出来ないことはない。今やって来た倍の数が押し寄せたとしても無傷で突破することくらい朝飯前だ。
問題はその速度。レッドと同じ動きをした時、リディアの視界から消えるように動くことが可能だろうか。
答えは否。
視界から外れる技術による速度か、単純な速さかは定かではないが、いずれにしてもレッドの動きはティオたちの常識を逸脱していた。
レッドの後ろ姿を追いながらのティオたちの素直な驚きにシルニカは勝手に満足したのだった。




