245、巡り巡って
「なんじゃアレはっ!? 喧嘩などという範疇をとっくに超えとるぞっ!!」
城から遠い南の空を見ていたヴァイザーは異様すぎる光景に驚愕し、槍の石突きで床を突く。大理石の美しい床がビキビキッと音を立てて破壊される。
側に監視するように立っていた司祭は小さく悲鳴を上げて後ずさる。
「おお神よっ。何事にございますかっ?」
騒ぎを聞きつけ、急ぎ足でガブリエルが走り寄る。
「ガブリエルよ。儂は少しここを離れる。後のことは頼んだぞっ!」
ヴァイザーは杖代わりにした槍を振りかざし、ガブリエルの返事を待たずに転移で移動を開始する。
転移は基本目に見える範囲でしか使用出来ない。遠すぎる場所への移動には魔力で印をつけるため、一度訪れる必要がある。このマーキング行為をしない内に任意の場所への転移魔法は発動しない。
そのためヴァイザーも格好をつけるためだけにガブリエルたちの視界から消え、移動を見られないために聖王国の魔障壁の外に、さらに雲よりも上空へと転移した。そのままの勢いで獣王国へと飛ぶ。
(モロクめ。普段はデザイアの側を片時も離れんくせに何の冗談じゃ? そもそもデザイアはモロクを何故外に解き放った? 普段ならばそのようなこと……まさかガルムか? アレがデザイアの判断を鈍らせたとでもいうのか?!)
ヴァイザーは破壊神たるモロクの力を警戒していた。デザイアの言う支配とは正反対の力。ガルムが本気になった時、世界が一つ失われた。それと同様のことをモロクは起こす。
だからこそモロクを封印していたのではなかったのか。三大欲求を超える戦いへの欲求を我慢させてまで。
外に出ることを許せばこうなることは目に見えていた。支配を望むヴァイザーにとってはガルムとモロクは邪魔な存在。
ガルムが死んだことで安心したことは多々あった。このままモロクも消滅してくれれば良いと思っていたが、こればかりは不可能であろうと諦めていた。
望まぬ展開だ。
ずっとドラグロスにちょっかいを掛けていたことは分かっていた。叩けば鳴るおもちゃ故にヴァイザー自身もドラグロスにちょっかいを掛けることは娯楽の一環としていたが、モロクの目にはそれ以上の期待が込められていた。
どうせ戦うことなど出来ないのに。所詮夢でしかないのに。
ヴァイザーは何もかもを無視してとにかく獣王国へと急ぐ。魔神同士の戦いなど不毛でしかない。デザイアの手前、手加減でも何でもしてどうせ勝敗などつかない。小競り合いで世界を破壊されるなど以ての外だ。
だからこそ現在ナンバー2である自分が止めねばなるまい。どんな時にもアピールは必要だ。ゆくゆくはデザイアから全てを奪い取り、魔神をも掌握するために。
だがヴァイザーの思惑は全て否定される。
「?……これは一体……どう言うことじゃ?」
先ほどまで天地を揺るがすほどの戦いが繰り広げられていたというのに、ヴァイザーが到着した時には全てが終わった後の荒野。魔神はおろか、生き物の息吹すら感じなかった。
思っても見なかった事態に一瞬背筋が凍る。何も分からないままに茫然と獣王国を見て回った。モロクが殴り破壊した大地に海が流れ込み、大地の原型を留めていない。腕をちょっと振り払うだけで生き物は死ぬのだ。こうなるのは必然。
皆殺し。
その言葉が頭を過ぎる。ドラグロスが支配した全てを無に帰す愚行。やはりデザイアの判断は間違っていたのだ。モロクなどという脳筋を引き入れたこと自体が間抜けと言って過言ではない。
だがそれ以上に、思ったよりも面白い展開となっていることにヴァイザーは気付いた。
破壊痕のせいで理解が遅れたが、モロクとドラグロスの気配がないことの異常さにようやく追いついたのだ。
「……共倒れか。ふふふっ……流石は竜神帝と言ったところよ。あの単細胞を侮っていたわい。デザイアの腹心が死に、精神は既にボロボロと見て良いだろう。これにより儂の目的が一気に進むというもの……」
この世界に来てからようやく巡ってきたチャンス。モノにしない手はないと意気込むヴァイザーの顔はニヤついていた。
早速作戦を立てるために聖王国に戻ろうとした時、ふとベルギルツのことを思い出した。
「あ奴め……人間を殺すことに何を手間取っておるんじゃ?」
『神選五党』。神に選ばれし五つの党とは何とも不敬な名前だ。
逃げ隠れが得意なだけの典型的な反社会主義者たち。
「まさか人間如きに出し抜かれてはおるまいな? いや、まさかのぅ……」
聖王国への帰り道に犯罪者集団の塒が存在する。ならば部下の進捗を確認するのは支配者としての務め。ガブリエルに国のことを任せてきたことを思えば、ベルギルツの仕事場に寄ることは悪くない判断だ。
ヴァイザーは鼻歌を歌いながらふわりと浮き上がり、ゆっくりと飛行を開始した。




