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242/308

242、黄金の魂

 眩い光。

 それは太陽に見えた。

 水平線に沈むことのない太陽。


 ドーム状の光球は広大な大地を埋め尽くし、生き物という生き物を消滅させる。獣王国と呼ばれた荒地は本来あるべき姿形を変え、生き物がいたであろう痕跡さえなくなる。


 魔神が破壊を度外視するというのは世界の消滅を意味する。

 文字通り何もかも消えてなくなる。


 ──ズンッ


 モロクは何事もなく地上へと降り立つ。全てが更地となった荒野を見渡し、モロクは肩を落とす。


「脆い。何もかもが脆弱だ。吾を満足たらしめるのはもはやデザイア様を於いて他に居まい」


 その巨大な拳を握りしめたその時。


 ──チュドッ


 爆弾が弾けたような音と共に粉塵が巻き上がる。

 先ほどまで凪のように静かだった荒地に大地を揺るがすほどの殺意が蔓延する。モロクは自身の拳から目を離し、ゆっくりと砂塵の奥を覗き見る。

 そこからヌウッと砂塵を掻き分けるように竜鱗に包まれた腕が現れた。モロクの攻撃を受けて原型を留めているものなどこの場に1人しかいない。


「この程度ではやはり死なんか」


 砂塵を振り払いドラグロスが姿を現す。しかしその姿はまるで別人。鱗の鎧の下に忍ばせた筋肉が肥大化し、ドラグロスの体を引き裂かんと蠢いている。


「ほほう? やはり真の姿を隠していたか。ドラゴン最強にして最高の栄誉『竜神帝』を名乗るには弱すぎると感じていた。見せてみろ。うぬの本気を」


 ──ベキベキベキ……ミキッバキッ


 全身の骨が折れているような音が鳴り響く。目が真っ赤に光を放ち、その口から泡のような涎をダラダラと流している。

 変異。

 そうとしか思えないほどに異様な光景はモロクの目にも奇異に見えた。


 何が起きるか楽しみにしていたモロクだったが、ドラグロスは急に歯を食いしばるように全身に力を入れ、膝から崩れ落ちた。

 構えていたモロクはドラグロスの地面に這いつくばる不甲斐ない姿に呆れ返った。


「何をしている? 立てドラグロス。うぬはその程度なのか? それで終わりかぁっ!!」


 ビリビリと心胆を震わせる声が響き渡り、それに呼応するように力が全身を駆け巡る。ボコボコと今にも鱗を突き破りそうなほどに肥大化した体。モロクの口角も次第に上がる。


「……っるせぇよクソが……! 黙ってろ……っ! お前は……絶対ぇ俺の手で殺すっ!!」


 だがモロクの思惑は外れ、ドラグロスは体を突き破ろうとする何かを自らの意思で押さえ込む。


「何だと? 馬鹿者め。怒りに従え。本能に身を委ね、怒りのままに殺意を解き放てっ!」

「……俺に指図すんじゃねぇよ……ボケェっ! 今すぐ……ぶっ殺してやるから……ちょっと待ってろ……っ!」


 モロクの落胆は凄まじかった。ここまで追い込んで尚、本気を出そうとしないドラグロスの頑なな意思に憤りを感じずにはいられない。興味なげに虚空を見つめ、大きくため息をついた。


「……もう良い。うぬに期待した吾が馬鹿だったのだ。もはやに吾を楽しませるものなど……いや、この世界にもう1人だけ。デザイア様のお力を一身に受け、その身を保った存在が居たな。レッド=カーマインと言ったか? こうなってはこの拳の疼きをあの男にぶつけねばなるまい」

「……レッド……だと?」


 ドラグロスはその名を聞き、真っ赤に光り輝いていた目に正気の光を灯す。


「……お前あいつに勝つつもりかよ?」

「ん?」


 嘲笑するように放ったれた言葉にある種の余裕を感じたモロクは、ギロリと這いつくばるドラグロスを睨みつけた。


「お前じゃあいつには勝てねぇ。その前に俺がお前を殺すからなぁ……」


 そこにはすっかり落ち着きを取り戻し、元の姿でゆっくりと立ち上がるドラグロスの姿があった。


「……なんだこれは。賽の河原か? 屈辱を与えても、民を皆殺しにしても怒りを抑え込み、本気を出そうとしない。うぬに何度敗北を教えれば吹っ切れるのだ? よもや死ぬまで貫くつもりか?」

「あぁ? 勘違いしてんなよモロク。俺は怒りを抑え込んじゃいねぇ。キレすぎておかしくなっちまいそうなんだよっ!!」


 叫んだドラグロスの体から金色のオーラが溢れ出る。その瞳は黄金に輝き、吐き出す息は熱を帯び、陽炎のように揺らめいている。


 ──ギリリィッ


 モロクの拳に力が入る。レッドの名を出した途端、何かが変わった。ドラグロスの体に起こった変異は形を変えて全身を駆け巡っている。

 見た目の変化は微々たるものだったが、内包された力は肌に感じる以上に本能が危険信号を受け取った。


 モロクはドラグロスが構えるよりも先に構える。

 久しくなかった恐怖が足先からじわじわとやってくる。


「……そうか。これが竜神帝の力か。ようやくその時が……」


 ──ゴキンッ


 ニヤリと笑ったモロクの顔面にドラグロスの拳が突き刺さる。

 腰を落として地面に根を張っていた足は引っこ抜かれたように吹き飛び、竜巻に飲み込まれたかのように回転しながら地面に全身を叩きつけられた。

 全く反応出来なかった困惑と痛みから体の制御が全く効かず、受け身すら取れずに無様に寝転がる。

 この感覚を味わったのは生涯2度目。デザイアとの戦いと、今この時。


「ガハァッ!!?」


 あまりの衝撃に血を吐き出した。大地を目と鼻の先で見たのはいつ以来か。地上を自分の血で汚したのはいつ以来か。地面に寝転がる感触もすっかり忘れていたというのに、久方ぶりに見下ろされる屈辱を思い出した。


「クソがっ! 全然殴り足りねぇよ。原型がなくなるまで丁寧にすり潰してやっから、そのままじっとしてろよなモロク」

「……図に乗るなよドラグロス」


 ──ゴンッ


 モロクは両拳を地面に叩きつけ、その威力で浮き上がる。難なく着地し、腰を落としつつ爪先立ちで構えた。


「うぬはようやく吾に追いついたのだ。ここからが本当の戦いだということをその身に教えてくれるっ!!」


 阿修羅の如きその顔はドラグロス以上に憤怒に彩られていた。


「ぬぅぅんっ!!」


 全身に力を込めるとドラグロスのようにオーラが吹き出す。

 先ほど見たモロク固有の赤黒いオーラ『戦闘気』。輝きに満ちた黄金のオーラとは真逆とも言えるドス黒い殺意は突風となってドラグロスに押し寄せる。雷雲の如く稲光がモロクにまとわりつき、さらに力を増したように感じた。

 しかしドラグロスの目にはさほど変わってないように見える。先ほどよりも力んでいるはずのモロクを前にして恐怖が一切ない。怒りが全てを塗りつぶし、怖さを感じなくなってしまったのだろうか。


 ──ゥウ……パァンッ


 ドラグロスの初速は音速の領域にいない。モロクの目にもドラグロスが消えたように見え、動いて間も無く空気が破裂した。音が肌を震わせたかと思えば既にドラグロスはモロクの懐に入り、腹部に向けてボディーブローを放つ。


(……深いっ!)


 モロクは咄嗟にバックステップをしつつ構えた右手で攻撃を往なしにかかる。手が触れた刹那、感じたのは不可避の概念。

 雨に打たれたら濡れるような、風に吹かれたら髪が靡くような、日の光に照らされたら暖かいような、息をすることが当たり前のような、そんな当たり前のことがドラグロスの拳に宿っているかのようだった。

 モロクは即座にドラグロスの拳を覆うように自身の手を重ね、威力を少しでも殺しに掛かる。


 ──ドボッ


 そのまま振り抜かれた拳はモロクの防御した手ごと腹部をひしゃげ、威力を殺すことに失敗した。計り知れぬ痛みにモロクの全身に血管が浮く。特に食いしばった顔には恐ろしいほどの青筋を立て、痛みに耐えていた。

 ふわりと浮き上がった体に追い討ちをかけるように蹴りを放つドラグロス。なぎ払われるように蹴り込まれた脚に対応することも出来ず、モロクの巨体があまりの威力に空中で回転し始めた。

 もはや天地も分からぬ状況にドラグロスの拳がモロクの右頬を殴り飛ばす。地面に接触しながら吹き飛ぶがそれだけに終わらず、モロクが吹き飛ぶのにドラグロスが並走して殴り続ける。


「原型がなくなるまで丁寧にすり潰す」


 本当にそれを実行しているかのような地面に倒れ込むことさえ許されぬ猛攻に、流石のモロクも意識が刈り取られそうになっていた。


「んぬぅわあぁああぁっ!!!」


 ──ボンッ


 モロクは全身に溜め込んだ気を全解放して全てを吹き飛ばす。まるで斥力が働いたかのようにドラグロスの拳が弾かれ、ようやく連撃が止まる。

 なおもボールのように跳ねながら吹き飛ぶモロクは空中で体を捻って猫科動物のように四つん這いで着地した。

 どっと噴き出る汗が滝のように流れ落ち、モロクの全身を伝う。


(……これ程のものなのかっ!? 竜神帝の……いや、ドラグロスの力は……っ!)


 伝説の金属でも通さぬ最硬の肉体は内出血を起こし、鼻や口からは絶えず血が流れ落ちる。


「タフな野郎だな。……来いよサンドバック。お前が死ぬまで容赦しねぇから覚悟しとけコラ」

「……クククッ……クハッハッハッハァ!! 吾はどうやらうぬのことを見縊(みくび)っていたようだっ! だがこれでハッキリした。うぬは吾が全身全霊をかけて勝負すべき本当の強者であるということをっ!!」


 モロクはゆっくりと体を起こし、高々と足を振り上げた。四股を踏むように地面に足形をつけると、「コォォォッ」という独特の呼吸法を用いて筋肉を膨張させるように全身に力を入れた。


「──全能力解放っ」


 大気が震える。大地が雄叫びを上げるように揺れると石や砂利が不可視の力に持ち上げられてモロクの周りで静止した。それは時間が止まったように見え、不思議な感覚を呼ぶ。戦闘気の如く吹き出すオーラは水蒸気のように真っ白なものであり、モロクの体から出ているものだとは到底信じられなかった。

 赤黒く染まっていた髪や目も色素が全て消えてしまったかのように真っ白になり、肌も黒色に変化する。一見すればモロクとは別人のように見えてしまうほど変化した。そして左拳を振り上げ、右掌を下に降ろし、仁王像のような格好を取ると食いしばっていた口を開いて一言呟いた。


「──羅生の型っ」


 先ほどまでは大きな角も相まって赤鬼のように見えていたモロクは、影と金属が混じり合ったような真っ黒で無機質な黒鬼と化していた。

 これこそがモロクの本気。羅生の型を見て生きて帰ったものはデザイア以外に存在しない。


「終幕だドラグロス。これに打ち勝つことが出来ればうぬの勝ち。吾の拳が勝るなら……ここで朽ち果てよ」

「いや、死ぬのはお前だよモロク。ここで死ね」

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