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238/311

238、帝国の現在

 レッドたちがピラミッドへ侵入した頃、ルオドスタ帝国での残党狩りは終わりを迎えていた。


 魔神ガルムが率いていたデザイア軍を昼夜問わず殲滅していた剣聖とライトたち。途中剣師たちが加わって瓦礫撤去と敵の探索を同時に行い、数日かけて脅威を完全排除することが出来た。

 帝国はデザイア軍との戦いに勝利を収めたのだ。


「けーっ! 時間が掛かったなぁおいっ!」


 ディロンは後頭部をガリガリと掻きながら苛立ちを見せる。小高い丘の上の岩にドカッと座って浮遊要塞の残骸を見ながら一息を吐く。ライトは特に返答するでもなく目を瞑って受け流す。


「おまっ……スカしてんじゃねぇよ。俺のこの言葉には今後のことが含まれてるんだぜ? こんなところで足踏みしてたんじゃ何も始まらねぇって言ってんだよ」

『まったくじゃのぅ。あとのことはこの国に任せて次に進むがよかろう』

「おうよ。フローラの言う通りだぜ。とっととレッドたちと合流しようぜ。こんなとこに居ても意味ねぇよ」


 ディロンと風帝フローラの言い分にライトはパチッと目を開く。


「いや、意味はあった。魔王サラマンドラと同レベルの敵がガルムの浮島に大勢乗ってたんだぞ? 今の俺たちには大したことのない敵だとしても、放っておけば被害は甚大だった」

「あ?……本気じゃねぇよな? 俺らが本当に必要だったか? 事実剣聖(あいつら)だけでも十分やれてたぜ。なぁ?」


 すぐ真横に居るウルラドリスは頷いたが、地帝ヴォルケンは難色を示す。


『それは結果論だな。もし彼らでも勝てない連中が乗っていたとしたら? 当然少しでも戦力が居るに越したことはない。それに恩を売っておくのは悪い話じゃない。今後の戦いには剣聖たちの力を借りる必要があるだろう?……精霊王である我々よりもな……』


 ヴォルケンの目に哀愁が満ちる。忘れられた大陸では絶対的な強者であれた彼らも、アノルテラブル大陸ではそこそこの分類に収まる。水帝ジュールも言葉こそ発しないが思うことは一緒のようで、心底自信を無くしてしまったようだ。

 ディロンは反論したかったが、無理だと悟ると舌打ちをしつつそっぽを向く。そのタイミングでヒョコッとウルラドリスが顔を出した。


「でもさでもさぁ。ルイベリアから渡された通信用のアイテム壊しちゃったんでしょ? 連絡出来てないし、時間を掛ければ掛けるだけ心配かけちゃうような気もするけど?」

「壊されたんだ。ガルムにな。……肌身離さず持っておくべきではなかったと反省してるよ。といっても心配することなんてない。あっちにはグルガンが居る。連絡が途絶えたことを不審に思ってここまで来るさ」


 グルガンの持つ魔剣レガリアの力『瞬間転移』を使用すれば何処へなりともひとっ飛びだ。それを思えば下手に移動せずに、帝国で気の済むまで道楽をキメていても大丈夫な気もする。


「我々帝国にとっても好都合と言えるな」


 背後から声を掛けられ、ライトたちは振り向く。鎧に身を包んだブルックがニヤリと笑って立っていた。


「おうおう、剣聖筆頭がお出ましだぜ」

「いや、筆頭はアシュロフだ。私ではない。……立ち聞きしてすまない。しかしあれだけの手勢をわずかな時間にこちらの犠牲無く済んだのは君たちのお陰だ。感謝する」

「帝国を代表して来たってのかよ?」

「ふっ……個人的に、だ。そして今後の戦いに備えてある程度のスキンシップも必要だと思ってな」


 ブルックはライトたちの輪の中に入る。


「面白そうな話してるねぇ。私も混ぜなよ」


 そこにレナールもやって来た。ブルックも手が空いているところを見るに、浮遊要塞は下に引き継がれて暇になったのだろう。


「ちょっと寄りなよディロン。私も座る」

「あ? ここはいっぱいだぜ。地面(そこ)に座りな」

「その子を膝にのっけてやれば良いじゃないさ。あ、何だったら私の膝の上乗る? お嬢ちゃん」


 ウルラドリスはディロンの膝の上に乗り、レナールの座るスペースを確保した。レナールは「仲が良いねぇ」とからから笑いながら岩に座った。


 和やかなムードで会話が始まりそうだったが、ブルックはその空気を壊すようにライトの腰に差した刀をチラリと見ながら真剣な顔になる。


「魔神ガルムの力は想像を絶するものだった。浮島の数だけ魔神たちが居ることを踏まえ、且つ全魔神があのレベルなら、他国は既にデザイアの手中にあると考えるべきだろう。……そこで問う」


 ブルックは一拍置いて耳目を集める。


「レッド=カーマインとは如何ほどの者なのか?」


 前提を置いた上での質問がレッドだったことにライトたちは肩透かしを食らった気分になる。どうやって取り返すのかとか、どう戦っていくのか、などに用意していた言葉をいったん白紙に戻して質問を咀嚼する。


「ん? そういえばブルックはレッドのことを知っているのか?」

「知っているも何も……君もガルムも口にしていた名を気にしない者など居まい。いったい何者なのだ?」


 そういえばそんな話をしていたような気がする。死に物狂いで戦っていたのであまり覚えてはいないが、レッドが目標であることを宣言したのは覚えている。


「あの時は痺れたねぇ。まさか最初にぶっ飛ばされたあんたが私たちの動きをコピーしちまうだなんて夢にも思わなかったわ。んで、そんなあんたが一目置くレッドってのは確かに私も気になるねぇ」


 レナールは腰に提げたスキットルを開けて酒を喉に流し込む。まだ日が高いというのに豪気な女性だ。

 2人の発言通り、レッドが気になってしまうのは仕方がないことだ。ライトたちも悪い気はしない。どころかレッドという人間を語ろうと思えばまさに濁流の如く称賛の言葉が溢れ出るだろう。

 しかし悲しいかな、レッドという人間を理解させる表現を持ち合わせていない。だが何とか言葉を紡ぐならこれしかない。


「レッドは……強い。信じられないくらい強い。きっと魔神と1対1で勝てるのはレッドを置いて他に居ない」

「へぇ? それは凄いねぇ。ってことは剣神様よりも強いってことなのかい?」


 レナールは鋭い眼光でライトを見る。

 世界一強いと思っていた男を超える強さを持つ魔神。剣聖全員で掛かって傷一つ付けられなかった規格外を前に、単騎で勝てる可能性を秘めていると豪語するのは些か軽口が過ぎるのではないかと思っていた。

 ただガルムを対一(サシ)で倒したライトが言うのだから信憑性もある程度高く、頭から否定することは出来ない。

 でもブルックはライトのリップサービスとも取れる称賛の言葉に疑問を投げかける。


「それは……君がその力を手に入れる前に感じたことで間違いないな?」

「ああ。まぁその通りだが……」

「ならば本当に強いかは今の状態で立ち合わなければ分からないのではないか?」


 ブルックはライトの言葉に懐疑的だ。

 帝国最強の武力、剣神ティリオン=アーチボルトを瞬殺したあのガルムが名を知っているのだから強いのは何となく分かる。だがそれを鵜呑みにすることは出来ない。ガルムと戦い、追い詰めることすら出来なかったのに得た矛盾だらけの勝利に、ブルック自身今ここに生きて立っていることが奇跡であると感じていたから。

 しかしそんなブルックの否定的な意見にディロンが噛みつく。


「お前バカか? そんなレベルじゃねぇよレッドはよぉ」

「ん? 私は何か間違ったことを言っているか?」

「間違いまくりだぜ。あいつは俺たちの切り札だ。もし今回の戦いでレッドがいればもう少し簡単に済んだかもしれないんだぜ?」

「すまない、少なくとも私は信じられない。この目で見るまではな。私にとっては君たちにそこまで言わせるその人間性こそ知りたいものだが……」

「あぁっ?! 人間性だぁっ?!……人間性なぁ……」


 そこに関してはやはりディロンも口を噤む。ライトが踏み込まなかった領域はディロンも気を使うレベルだった。


「……ああ、なるほど。強者とは得てしてそういうものだ。特に誰にも理解出来ないほどに強い者なら尚更……。私も覚えがある」

「そりゃ私も同意見かな……」


 ブルックとレナールは目を合わせてうんっとひとつ頷いた。この共有感は何者にも覆せない、ある種答え合わせのようなもの。この瞬間に2人の心にあった疑いの心が晴れていく。


「いや、レッドは……」

「みなまで言わなくても良い。……だが疑問が残るな。それほどの者が何故『忘れられた大陸』で知名度がなかったのか……」

「はぁ……なれるわけねぇだろ。あいつはそんなことを考えちゃいねぇ。どころか自分の力にすら無頓着だったくらいだかんなぁ……」


 ディロンの言葉にライトもウルラドリスも精霊王たちも強く頷く。ブルックとレナールの頭の中にある剣神とは似ても似つかないことに気づいた。


「ちょっと待ちなよ。レッドってのが急に分かんなくなっちまったんだけど? これこのまま聞いてて少しは理解に近付けるのかい?」

「無理だ」


 レナールの困惑に答えたのはここに居た誰でもない。上空から見下ろすように声が聞こえて来た。

 頭上を取られたと感じたレナールとブルックは間合いを開けながら剣を抜く。


 そこに居たのは獅子頭の魔族。ブルックはこの魔族を知っている。


(ニールの魔剣を取り上げた魔族……何故この場に? まさかニールを追って来たのか?)


 声が聞こえる範囲に近付かれながら声を掛けられるまで気付かなかったことに冷や汗をかく。


「100回説明を重ねてもレッドを知ることは出来ない。見て知らねば常識は覆らないぞ?」


 フヨフヨと飛んでいた獅子頭の魔族はライトたちの目の前に着地する。ブルックが警告を発するより先にライトが口を開いた。


「来ていたのかグルガン。思ったよりも早かったな」

「うむ。連絡がないことをレッドが気にしていてな。様子を見に行って欲しいと頼まれたのだ。まず無事で安心したぞ」

「すまない。あの通信機が壊れてしまって……」


 焦った様子のないライトたちを見て呆気にとられる。ブルックは何とか絞り出すように声を出した。


「ま……待てっ。知り合いなのか?」

「ああ。仲間だ」


 その言葉にグルガンとライトを交互に見る。レナールもブルックの緊張が伝わってきて剣を下ろせずにいた。


「ん? よく見れば見覚えのある顔だな。エデン正教の修練所に居た聖騎士(パラディン)だったか?」

「!?……私のことを覚えているのか? ほんのわずかな邂逅だったと認識しているが……」

「なに、一度見た顔は忘れないように心掛けている。剣を下ろしてくれ。敵ではない」


 2人はほぼ同時に構えを解く。警戒から剣を鞘に仕舞えずにいたが、グルガンは少しだけ優しい顔になった。


「申し遅れた。我が名はゴライアス=大公(グランデューク)=グルガン。ライトたちと共にデザイアと戦っている皇魔貴族だ。よろしく頼む」

「こ、皇魔貴族? ゴライアス?」

「グルガンと。そう呼んでくれ」


 グルガンはそれだけ言うと浮遊要塞の残骸に目を移す。


「……我からも教えてもらいたいことがいくつかあるが……時間は空いているか?」

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