237、最高難易度
病院の仮眠室は思ったよりも涼しかった。
乾燥地帯だから日陰に居ればとかの自然的なものではなく、魔法によって室温が一定に保たれるように調整しているからだ。
石造りの壁に魔法陣を描き、必要な時に起動させることで蒸し暑い場所も過ごしやすい場所に早変わり。空調も常に新鮮な空気が生成されるので息苦しさもない。
一週間に一度はメンテナンスが必要だそうだが、病院に勤務しているエデン教徒には必須の技能なので特に苦労することはないらしい。
「レッドさーん。起きてくださーい」
ぼんやりとした頭の中に響く声。意識が綿に詰められたようなまどろみの中でティオが起こしに来てくれたことに気付く。目と鼻の先にあるティオの顔は猫や犬などの愛玩動物が覗き込んできているような愛らしさを覚える。
「……え……あ……お、おはよ……ござ、ます」
何とか出た言葉は朝の挨拶。頭が働いていない時にとりあえず挨拶するのは天才であろうが凡人であろうが同じだろう。それを聞いて安心したのかティオは満面の笑みを浮かべて挨拶を返す。
「おはようございますっ。よかったー起きてくれて」
その言葉から寝過ごしたと感じたレッドは全身の毛穴が一気に開くような感覚を覚え、目をカッと見開いた。
「え?! ちょっ……い、今ってまさかっ……?! お、俺寝過ごしました?」
「いや、そこまでじゃ……少しだけですよ」
ティオは苦笑いしながら指で小物をつまむようなジェスチャーをする。レッドはティオに当たらないように起き上がり二段ベッドの上段から梯子を使用することなく飛び降りた。音も立てずに着地したかと思えば、そのまま流れるように土下座の態勢を取る。
「すいませんでしたっ!」
そこからさらに小さくなるのではないかと思わせるほど縮こまったレッドの土下座にティオは呆気にとられる。
ティオはレッドと出会い、話している時に絶えず既視感のようなものを感じていた。
恥ずかしがり屋なのか目をあまり合わせず、喋る時にはどもったり言いたいことがありそうなのに言わなかったり、自分からはあまり話そうとしない。けど興味がないわけではなく好奇心旺盛で、気になったことには目を輝かせる。周りを見ていないようで気配りはほんのりとしているなんとも言えない凡人の中の凡人といった印象。
ティオの実の父、フェズ=フラムベルクにそっくりなのである。
ティオは父子家庭であり、母の顔を知らずに育ってきた。父が言うには母とは離婚だったようだが、その理由は『自分が不甲斐なかったから』とよく聞かされた。母の期待に沿えずに愛想をつかされていたようだが、娘の期待には応えようと奮起していた。
空回りも多いが大好きな父である。
その父親と似ているとなれば自分でも何故かレッドが気になり、普段以上にフランクに絡めたのかが理解出来た。そしてそんなレッドと共にこれからダンジョンに行くのを心待ちにしている自分が居た。
(そっかー。レッドさんに感じていたのは親近感だったんだ。腑に落ちたなぁ)
ティオはくすくす笑いながらレッドを見ていた。
*
「遅いわよレッド! 日が暮れちゃうじゃないの!」
「わわっ! す、すいません!」
シルニカはぷんぷん起こりながらレッドに詰め寄る。レッドは平謝りしながら食卓に置かれていたパンに手を付ける。保存食用の硬いパンをボリボリと頬張りながら用意されたスープを流し込む。
レッド以外はすっかり出発モードだったために焦り散らかしながら荷物を背負いこんだ。
「やっぱり荷物はそれぞれに分担した方が良いのではないでしょうか? あまりに多いような……」
「良いのよリディア。こいつそう簡単に疲れたりしないし、適材適所って奴だから。そのデカブツもピラミッドまで持ってもらったら?」
リディアの脇に置かれた箱を見る。それはどう考えてもデザインの凝った棺桶にしか見えない。
「これは良いんです。私の唯一の武器ですから。ね」
棺桶に語り掛けるように相槌を促すリディアにシルニカは得心のいかない顔を見せた。可愛いよりも美しいが先行する容姿、透き通るほど白い肌はシルクのようだ。全体的にスラリと細く、手を握っただけでも壊れてしまいそうなほどに儚い少女が棺に繋がれた太い鎖をその手に持つ。
ちぐはぐという言葉が彼女にぴったりと当てはまる。
「あんたって死霊使いなの?」
中に強力なアンデッドを収納しているタイプの死霊使いであるならこの大仰な装備は分からないでもない。しかし神を信仰し、魂の救済を謳う宗教観とは正反対ではないだろうか。
「違います。私は聖戦騎士の称号を持つ戦士です。これはどちらかというと盾の役割を果たしますので、もし危険な攻撃を察知した場合は私の後ろに隠れてください」
「え……これが盾? 違うわ。正教のセンスって常人と違うわ」
シルニカはドン引きしながら棺をじろじろと見る。
『そんなにまじまじ見ても何も変わりませんが?』
「え?」
急に聞こえてきた声にキョロキョロと辺りを見渡す。聞いたこともない声だったので病院関係者に声を掛けられたのかとも思ったが、声の出所はどう考えても棺からだったことを思い出す。
『そうです。私が先ほど声を掛けさせていただきました聖装『アイアンメイデン』と申します。以後お見知りおきを』
「は?……しゃ、しゃべ……っ!?」
『喋るくらいで何です? こんなことで驚かれていては先が思いやられますねぇ』
「はぁっ!? 何ですって!? もっぺん言ってみなさいよ!!」
シルニカは棺に向かって怒鳴る。傍から見ていたレッドも棺が喋ったことに驚いていたが、シルニカの怒りですっかり落ち着いた。
「まぁシルニカさん落ち着いて。こういうのは見たことがあるじゃないですか。ほらオリーが喋ってるでしょ? あれと一緒ですよ」
「いや、一緒じゃないでしょ! 全然違うしっ!!」
『やれやれ、先が思いやられます』
「あんたのせいでしょうがっ!!」
怒り狂うシルニカを宥めながら4人は医者数名に見送られて病院を後にした。
*
レッドたちはピラミッドダンジョンの入り口にたどり着いた。そこには口元を布で隠した屈強な戦士が仁王立ちで4人在中し、生き物の出入りを常に監視している。
ジャガラームの国王ハヌマーンからもらった許可証を手渡すと確認のためか4人全員が回し見る。最後の1人に許可証が回るとすぐ傍に設置してあった机の上に許可証を置いてナイフで突き刺した。
「期間は7つ目の日が昇る頃。それまでに戻らねば貴様らの宝石は二度と戻ってはこない。そしてこの中に入ったものの救助はしない。たとえ後3歩でダンジョンから抜けられるところで瀕死の重傷を負ったとて、我関せず、ここから一歩とて入ることはない。我々はあくまでも門番であり、それ以上の職務に従事ることはない。しかし、それゆえに我々が貴様らの成果物に手を出すこともない。理解したか?」
「つまり私たちには一切手を出さないってことでしょ? 成果物に手を出さないってのは朗報かも」
シルニカはニヤリと笑ってピラミッドの奥を見る。日の光が入らない真っ暗闇だ。
初めて訪れた国の未知なるダンジョン。冒険者心に熱く燃え滾るものがある。
これから最高難易度のダンジョンに足を踏み入れようというのに、恐れを知らぬ4人の眼差しが気に食わなかった門番の一人が横から口を出す。
「……とはいえ、宝を手に入れようとするのは難しいぞ? 上の階層のめぼしいものは取りつくされ、何も残ってはいまい。しかも数百年の間、多くの冒険者が挑戦してその命を散らした。伝説ではこのダンジョンの階層は99階層あるとされ、冒険者が生きて戻って来たのは36階層が限度。詰まるところ30階層までの宝物は端っから期待しない方が良い」
「えっ?! 99っ?! 何その数字っ?! ぶっ壊れてんじゃないのっ?! 伝説作るにしても盛りすぎでしょーが!!」
シルニカの慌てふためく態度に門番は呆れる。
(何言ってんだこいつ。最下層に行けるわけないのにそこでキレんのはおかしいだろ?)
期待したのはもっと序盤で「そんなの宝なんて手に入るわけがないっ!」とキレて欲しかったのだが、全く見当違い。彼女たちが欲しいのはダンジョン攻略の実績だとでも言うのだろうか。
「……こいつらもしかして『巨万の富と比類なき力』を取りに行くつもりなんじゃないか?」
「……いや、あり得ないだろ。それこそ誰も帰ってきたことが無いんだぞ? そもそもあるかどうかも……」
ひそひそと話す言葉にティオが反応する。
「え? その『巨万の富と比類なき力』ってのはないんですか?」
「これもまた伝説の一つだ。誰も見たことが無いから確認のしようがないが、伝説によれば世界を思い通りに出来る力を手にすることが出来ると言われている。しかし現実的に見れば力というのは財宝のことだと我々は認識している。何故ならこの国の建国にピラミッドの財宝が使用されたことも、他の国より富裕層が多いのもピラミッドが財源となっているのは言うまでもない。しかも噂によれば10階層分の宝で建国の費用が得られた。最下層まで下りれたなら……あとは分かるな?」
「へ~。そうなんですね」
ティオの返事は凄く他人事のように聞こえ、今からピラミッドに侵入するとは微塵も感じさせなかった。門番はその屈強な体に似合わず、小さな少女に畏怖していた。
レッドは背負いこんだ荷物の位置を正すように背負い直しながらティオとリディアとシルニカを見回す。
「よし、それじゃそろそろ行きましょうか」
晴れ晴れとした顔に3人はつられて笑う。
「はい」
「おーっ!」
「指揮するのは私だかんね」
ピラミッドに入るレッドたち。
待ち受ける者はいったい何なのか。『巨万の富と比類なき力』とは本当に存在するのか。
魔神ヴァイザーを倒す必殺の何かを求めていざ出陣。




