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232、荒れ狂う砂嵐

 砂漠の王国ジャガラーム。


 聖王国から南東方面に位置する巨大な砂漠地帯を治める国。

 建国以来、幾度にも渡って血で血を洗う権力闘争が繰り広げられてきたため、政情不安定の国として知られている。

 そのため生まれや血統で将来が決まる身分制度を制定し、国民が抱える不平不満を我慢させることで王族の地位をより盤石なものにした。


「王を崇め、親を尊び、子を愛せ」


 身分制度を作った王が演説で語った言葉。一見良いことを言っているように思うが、身分制度とこの言葉を照らし合わせれば真意が見えてくる。


「生まれを恥じ、生まれを悔い、生まれを憎め」


 王という立場から下々に与えた言葉は皮肉と嘲りが集約されていたのだ。それが分かったとて覆すことが出来ない。身分制度は絶対の枷となって国民を縛り付けた。


 しかしこれだけでは王の地位は盤石とはならない。それもそのはず、下民や平民から王族になり上がることは出来なくとも、王族同士は対等の立場なので結局権力闘争は起こる。

 何を隠そう現国王も前国王と政敵をその手で殺めて地位を獲得した。


 ハヌマーン=イム=リーヴァ。

 近隣諸国から『荒れ狂う砂嵐』と呼ばれ恐れられているジャガラームの現国王である。


 用意周到に王となり強権を振るうハヌマーンだが、彼をもってして王の地位は盤石とはいえない。暗殺の過程で王位継承権のある者を取り逃がしてしまったのだ。このためハヌマーン自身も暗殺に怯えることとなった──。


 その王が外の者たちの謁見を承諾したのはイアン=ローディウスが(したた)めた書状のおかげに他ならない。


 王の間に通されたレッドたちは跪き、頭を下げてハヌマーンの到着を待たされた。なかなか姿を現さない上に、ようやくやって来たと思ったらとろとろとゆっくり玉座について挙句にお茶まで飲み始めた。

 何に落ち着いたのか、一息ついてからやっと声を掛けられた。


「──顔を上げぃ。聖王国の使者共ぉ」


 じわじわと滲むような声で命令され、レッドたちは素直に顔を上げる。そこに居たのは筋骨隆々の男。頭にターバンを巻き、口や顎を覆うほど黒々とした髭を綺麗に整えた褐色肌の偉丈夫。目は獲物を狙う猛禽類のように鋭い。


「ふぅむ……女ばかりだのぉ。順に名を名乗れぇぃ」


 ハヌマーンの命令が王の間に響き渡る。一拍おいてティオが最初に答える。


「はっ。私はエデン正教のティオ=フラムベルクと申します」

「同じくエデン正教のリディア=ハルバートです」

魔法使い(マジックキャスター)のシルニカ=ワイドバニッシュ」

剣士(セイバー)のレッド=カーマインです」


 この自己紹介でハヌマーンはティオが一番の格上であり、レッドをゴミと捉えた。


「んぬ? ティオぉ=フラムベルクぅと申したなぁ。年のころはいくつだぁ?」

「……15です」

「まだ年端も行かぬ子どもを筆頭とした遠征隊ぃ? 聖王国は人手が足りぬのかぁ? くくくっ……上が無能であると苦労するなぁ女児共ぉ」

「お言葉を返すようですが国王陛下。我々は選ばれし精鋭。侮られては困ります」

「ほぉっ? ふははははっ! この私を前にして侮るなとはぁ……随分と躾のなっていない女児のようだのぉ」


 愉快そうに笑ったかと思えば次の瞬間には不愉快そうに口を曲げる。国王の言葉一つで兵士が一斉に取り押さえてくるだろうことは確実。王への謁見のために武器を回収し相手が無防備なこともあり、ハヌマーンも強気に出ている。

 国王の言葉を聞き逃すまいと兵士がじりじりと殺気立ってレッドたちに視線を送る。ティオも売り言葉に買い言葉だったと内心反省しながら、兵士たちをどう制圧するか考えていた。


 しんっと静まり返った王の間。瞬きの間に切っ先を突き付けられてもおかしくなかったが、ハヌマーンは興味無げに鼻を鳴らした。


「まぁよかろうぅ。今回ばかりはぁローディウスの顔を立ててやるとしようぅ。ありがたく思えぃ」


 この発言でハヌマーンの真意を理解する。ただの八つ当たりと恩の押し付けである。ティオがあそこで反応していなかったら、ずっとネチネチ神経を逆なでするような発言を繰り返していたと思われる。

 もしすべてを無視出来る胆力があったなら、ハヌマーンの機嫌を損ねていたに違いない。かなり面倒な性格ではあるが、ティオはすかさず「ありがとうございます」と形ばかりの謝意を見せた。


「それでぇ? 何をしに来たぁ?」

「単刀直入に、ピラミッドへの立ち入りの許可を頂きに参りました」

「立ち入り許可だとぉ? ふはっ! 聖王国が重い腰を上げて何かと思えばぁ。そなたら4人でピラミッドの秘宝に挑戦しようというのかぁ? ただの自殺行為ではないかぁ。それともどこぞに増援が紛れ込んでいるとでも言うのかぁ?」

「いいえ。この4人で挑戦いたします」

「……ふんっ! この者たちのぉ武器をここへ」


 ハヌマーンは兵士にレッドたちの武器を持ってこさせ、一つ一つに目を通す。ロングソード2本とショートソード1本、杖1本。

 武器と呼べそうなものはこのくらいで、ティオの持っていたロングソードとショートソードは精巧に作られ研ぎ澄まされた感じがあるのに対し、杖は安物、レッドのロングソードに至っては粗雑乱造の鉄の塊。とてもじゃないがこれからピラミッドに挑戦しようとする武装ではない。


(この鉄屑はあのレッドとかいう奴隷階級の物だろうなぁ。ミスリルやアダマンタイトを期待したわけではないがぁ、こんなものを回収しても何にもならんではないかぁ……)


 本来なら許可を出したりしない。ピラミッドの財産は全てジャガラームの物であり、ひいては国王であるハヌマーンの物なのだから冒険者共に盗掘されるなど考えたくもない。4人で攻略を謳うことを考えれば攻略の糸口たる拠り所がありそうだが、武器の類ではなさそうだった。

 いっそのこと女を手籠めにすることでピラミッド挑戦を失敗したことに出来ないかとも考えたが、悲しいことに目の前に居るのは女性というにはあまりに幼く見え、ティオとリディアよりも年上であるはずのシルニカは更に輪をかけて幼く見える。


(チィッ……こんなもの一部の変態にしか需要がないではないかぁ。いやぁそもそも教皇直轄の神官共に嫌がらせをしたとあっては聖王国と真正面から戦うことになりかねん。ローディウスの奴との取引を反故にされかねんかぁ……リスクを取るに値せんなぁ)


 ハヌマーンは心の内で既にピラミッドへの立ち入りを許可していた。考えてみればジャガラーム建国より以前に聳え立つピラミッドは挑戦した者を(ことごと)く飲み込んできた最凶のダンジョン。この4人も犠牲になることは確実。

 見た限りでは絶対に攻略不可能なメンツであり、ローディウスが(したた)めた書状の内容を加味すれば許可を出したところで問題ないだろう。必滅の未来を知れば占星術師とて抗わない。

 ただせっかく勿体ぶったのだから威厳を保つためにも少し大げさに許可を出そうと気持ちを整える。その時、レッドの首筋にキラリと赤い光が反射しているのに気づいた。


「……んぅ? その方ぉ、胸元に何を隠し持っているぅ?」


 指を差されたレッドはドキッとしたが、ネックレスのことを言われているのだと悟って胸元から取り出す。真っ赤な色の宝石が光を乱反射させて出てきた。


「これ……ですか?」

「ほほぅ? 安物の宝石かと思えばなかなかどうしてぇ……。奴隷にしては良い物を持っておるではないかぁ。それを貢物として私に差し出せぇい。そなたの使命であろうぉ?」

「え……いや、これは……無理ですね」

「んぬっ? 奴隷の癖に生意気なぁ……。ふんっ! みなまで言わんと分からぬか? その宝石を私に寄こすのならピラミッドへの立ち入りを許可してやると言っているのだぁ。それくらいは会話の流れで読んでもらわねば困るなぁ。奴隷よ」

「ん? いや、だから……というか、そもそも奴隷では……」


 レッドは否定しようとしたが、それを遮るようにシルニカが立ち上がる。


「レッドの宝石を担保にピラミッドを開放するってのはどうです? 陛下。期限以内に戻れなかったらこの宝石は陛下の物。期限以内に戻ったらレッドに返還する。これなら公平(フェア)でしょ?」

「んなにぃ? 小娘がぁふざけたことを……」


 ハヌマーンはイラっとしたが段々面倒になって来たのと、シルニカの提示したまずまずの落としどころに乗っかることにした。


「一週間。そこまでだぁ。日を跨いだその瞬間にその宝石は私の物となるぅ。それまではぁこちらで預からせてもらうがぁ……それで良いなぁ?」

「決まりっ!」


 レッドは必死に抵抗しようとあたふたするが、シルニカが繋いだ立ち入り許可を不意にすることも出来ないと渋々差し出す。

 ネックレスを預け、立ち入り許可証を得たレッドたちは翌日出発ということで宮殿を後にした。

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