228、私も行く
魔神たちの諍いの裏では大きな動きはなく、会合が終わったレッドは浮遊戦艦に戻る。
あんまり頭も体も使っていないのでそれほど疲れていないはずだが、終始フィアゼスからの殺気を感じていたため変な気疲れを感じていた。
「……嫌われてるよなぁ……俺」
アリーシャが絡んできた時にフィアゼスの嫉妬が爆発していることは何となく分かっていたが、アリーシャの反応は好意からではなく珍しいものに対する興味に他ならない。
目を覆う布が特別な力を発揮して周りを見せているのか、魔眼の類で見えてはいけないものまで見えるため封印しているのかは定かではないが、何故かレッドだけ見えないことを不思議がって興味をそそられたようなのだ。
なのでフィアゼスのレッドに対する嫉妬心は誤解だと考えていた。
そのことで個人的に話し合おうかとも思ったが、グルガンから「やめておいた方が良い」とやんわり否定され、それでもフィアゼスに話しかけようとこっそり近付いても敵意を向けられる。人との会話が苦手なためにどもってしまったりもしょっちゅうなので、その部分で苛つかせているのもマイナスポイントだ。
そんな中にあってもアリーシャは面白がってレッドの手をにぎにぎしてくるのでフィアゼスからの殺意は留まることを知らない。
(……しかもジャガラームに行くから誤解を解くような時間もないし、帰ってきてすぐヴァイザーと戦うことになったら連携も取れない。このまま放置してたら、いざヴァイザー戦の時に俺の背中を斬りつけてくるかもしれないよなぁ……)
不安が不安を呼ぶ。
仲間と連携して戦うことが最も効率が良く、勝率も高い。
しかし獅子身中の虫を抱えながら背後を任せるのは自殺も同義。何とか状況を変えたいところだが、フィアゼスの拒絶っぷりは発狂のレベルに達している。
どうにも出来ないことを心で嘆きつつトボトボと自室に向かって歩いていると背後から呼び止められる。
「レッド!」
ビクッと体を跳ねさせて恐る恐る背後を確認する。そこには街に繰り出して散策していたシルニカたちの姿があった。
「な、なんだ、シルニカさんたちか……」
「なぁにビクビクしてんのよ。なんかあった?」
「い、いえ別に……何か御用ですか?」
「よそよそしいなぁもう。敬語なんかやめなさいっ! 同業者でしょっ!」
「えぇ……急にそんなこと言われても……」
レッドは後頭部を掻きながら困惑する。シルニカはふんっと鼻を鳴らして剣をかざした。
「……え?! シルニカさんもしかして魔法剣士に転職ですか? 凄ぇ……っ」
「全然違うわ。これはあんたのために買ったロングソードよ。今のそれ切っ先折れてるから新しい武器が必要でしょ?」
「あ……え? お、俺の……ため? ありがとうござ……あ、幾らでした?」
「いいわよお金なんて。今回だけ特別だから受け取んなさいよ」
「へぇっ?! いや、そんなわけには…… 」
「いいからっ! ほらっ!」
シルニカは恥ずかしそうにぐっと剣を突き出す。後方に居るハルやコニたちはニヤニヤしながらシルニカとレッドを見ている。
レッドはシルニカの気配りに感激して恭しく受け取った。
シルニカが腕を組んで高飛車な態度を取りつつ内心嬉しそうにしているとハルたちが横入りして来た。
「んふふっ! レッドも隅におけないねーっ!」
「よかったじゃーん! 私2人を応援しちゃうよーっ!」
キャイキャイと囃し立てる4人。シルニカは「からかわないでよっ!」とぷんぷん怒りだす。
「でもさー。ここの物価高すぎ問題。マジなんも買えなかったんだけど」
「なんか超かわいいアクセとかあったのにさぁ。あれで私たちの大陸の10倍はぼり過ぎってゆーか。ブランド? とか言ってたよね〜。何にそんな付加価値があるってのよ〜」
「だよねー。それだって本当は魔剣を買おうとしてたんだよ? でも手持ちじゃ買えないからロングソードにしたんだよね」
「余計なこと言わないでよ! もーっ!!」
シルニカが顔を真っ赤にして泣きそうになったが、レッドはロングソードを眺めて微笑んだ。
「俺はこのロングソードで良かったと思ってる。魔剣よりもずっと嬉しいよ。ありがとうシルニカさん」
握り込んで大事そうに抱えるレッドにシルニカの頬緩む。
「ふ、ふんっ。まぁね。てゆーか『さん』も要らないから。たく、しょうがない奴よね。あんたってば……」
「今度ジャガラームって国に行かなきゃいけなくて困ってたんですよ。本当助かりました」
「また敬語に戻ってる……ってジャガラーム? すぐ飛ぶの?」
「あ、いや。戦艦じゃ行きませ……い、行かないよ。ヴァイザーが聖王国の玉座を占拠しているのが分かったから、これ以上目立つのは避けたいとグルガンさんが……だから俺と案内人とでジャガラームまで歩いて行って来ます」
「ふーん。いつ?」
「それはまだ。でも割とすぐだと思う……かな?」
レッドが首を傾げながら折れた方のロングソードを背負い、シルニカからのプレゼントを腰に下げた。その一連の動作を見ていたシルニカは腕を組んで胸を張る。
「私も行くわ。そのジャガラームとかいう国」
シルニカの言葉にハルたちもレッドも目を丸くする。
「……え? 正気?」
驚きのあまり漏れた声は誰からというわけでなく今この場にいる全員の総意。実力は全く伴っていない。しかしシルニカの決意は固かった。




