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225、神選五党

 聖王国最南端に位置する集落『ユートピア』。

 エデン正教から不法移民として追いやられた様々な人種が身を寄せ合って生活する貧困集落。


 彼らは集落という枠組みの中で5つの宗派に分かれ、自らが崇める神こそが一番であると派閥同士で争い続ける不毛な土地となっていた。

 そんな生産性のない連中は『神選五党(しんせんごとう)』と名乗りを上げ、我らの神こそが一番であると豪語する不遜な態度でエデン教徒からは死ぬほど嫌われている。


 小競り合いばかりで危険な土地だが、時より力を合わせて問題に向き合うことがある。

 それは聖王国の首都『サンクトモーゼ』を代表する街に繰り出し、女子供を中心とした人攫いや幻覚剤という非合法薬、いわゆる『麻薬』を売り捌く行為。

 権力者に媚びを売りつつ犯罪の片棒を担がせたり、一般市民には恫喝や恐喝、果ては暴力を振るい、騒ぎを起こすことで市民に圧力をかけたりする反社会的勢力としての側面で仲間意識を発揮する。


 不法移民ゆえにまともに働くことが出来ず、生きるのに精一杯であると言い訳をしつつ、自分たちを無限に甘やかし、正当化する犯罪者集団。

 それこそが『神選五党(しんせんごとう)』である。


 聖王国は人族に対する尊厳と自由を守り迫害も少なく、きびきびと規律正しい行動を遵守しているため行動が読みやすい。仮に追いつめられても足切り要因を数名差し出せば片が付くため、いずれ天下を取りたい者たちにとってのスタート地点としてうってつけの場所なのだ。


 そんな犯罪者のたまり場と呼べる『ユートピア』で定期的に行われているのが集会である。

 1ヶ月に一度行われる集会は、5つの宗派の教祖が集まって互いの成果を報告し合ったり方針を定める大事な会議の役割がある。犯罪を共有する者たちが裏切ったりしないように牽制し合う場でもあるのだ。


「おいおい、なんなんだこの報告書? 最近の釣果がゼロじゃねぇかよ!」


 男は生まれついての黒々とした肌の腕を振り回し、上がってきた報告書の数枚を空中へと投げた。


「これによりゃぁ餌もあんま撒けてねぇし、俺んとこの釣り人がどんどんしょっ引かれてる。どうなってんだお前らよぉっ!」


 ──ガンッ


 椅子の背もたれに体を預けながらテーブルを蹴る。

 彼は戦争の神を信仰するマレス教の教祖、ジェイコブ=ウィスル。

 スキンヘッドの頭にはマレス教の旗印を彫り込み、盛り上がった筋肉をこれでもかと見せびらかす。教祖というにはあまりに粗暴な見た目と、人を殺すことも厭わない暴力的な思考が醜悪な顔に表れている。


「はぁ……落ち着きなさいよジェイク。そうやって散らかしてもママは片付けてくれないよ?」


 呆れつつボソボソと指摘するのは豊穣の神を信仰するメーティル教の教祖、トリーシャ=イヴォン。

 何に対しても興味がなさそうな死んだ魚のような瞳、男のように起伏のない体と殴られたような潰れた鼻と分厚い唇が特徴的な女性である。


 他にも獣の神を信仰するケルウノス教の教祖、ライリー=ローマン。踊りと太陽の神を信仰するヒッポプス教の神の化身と崇められる教祖、マイクル=ボビート。

 最後にグノーシス正教と言うエデンが救世主でその上に本当の創造神グノーシスがいるという、エデン正教を下に落とす宗教の教主、スモーキー=モラル。


 神選五党の正体とは、5つの新興宗教に見立てたギャング集団である。ジェイコブの癇癪にトリーシャと同じくしてスモーキーが冷ややかな目で口を開く。


「ふんっ……そんなことよりも、最近貴殿の兄からの支援物資が滞っているようだが……何か心当たりはないのか? 例えば貴殿の横領とかな……」

「バカ抜かせっ! 血が繋がっていようが躊躇いなく斧を振り下ろせるような奴から掠め取ろうなんて誰が思うかよっ! お前らは知らねぇかもだが、俺は兄貴の怖さを一番知ってる。もしそんなことがあったとしたらお前らの方が怪しいっつーの」


 堂々と怖がる姿勢には潔さを感じるが、胸を張って言うことではない。


「Yoっ! Yoっ! そんなこと言ってる場合かYoっ! 俺らの食い扶持っ! ()き止められて崖っぷちっ! 自己弁護してる間にゃとっとと弁解メンゴして支援再開Yoろしくっ! てなもんYoっ!」


 マイクルはいつもの調子を崩すことなく陽気に振る舞う。トリーシャは肩を竦めて唇を尖らせた。


「そんなんで済めば頭の一つも下げてるだろうさ。そう出来ないのは単純な話、私たちがノルマを挙げられてないってこと。芸が出来ない奴におひねりは出ない。ギブアンドテイクって奴ね」

「まぁそういうこったな。おいジェイク。テメーんとこのミスだぜ? さっさと魔導大国に行って兄貴に詫び入れてこいよ。ケツでも舐めてやれば気持ち良くなって俺らへの物資をひねり出してくれるだろうぜ。ケヒヒヒヒッ!!……おい。笑えよっ」


 ライリーの下品な下ネタには誰も反応しない。そのせいでライリーはご立腹だが、反応すれば同じレベルまで下がると悟った4人は無視を決め込んだ。

 そんな中、スモーキーは神妙な面持ちで首を小さく横に振る。


七元徳(イノセント)などという下劣な存在の台頭で我々の活動に支障をきたしている。さらには原初魔導騎士(ルーンナイト)暗黒騎士(ブラックナイト)が活動の範囲を狭めるきっかけとなり、10年前の今頃と比べると売り上げは激減している。最近では昨年度を大幅に下回るノルマを課しても届かぬ始末だ。こうなっては直接ゲムロンさんに来ていただき、ある程度片付けてもらうのが……」

「ざけたことぬかしてんじゃねぇぞっ!! このクソボケっ!! 万が一にも兄貴が真に受けて見ろ! 皆殺しにされっぞ!!」


 ジェイコブは唾を飛ばしながら怒りの中に恐怖を滲ませる。実の兄が弟ジェイコブにこの地を任せたのは信頼ではなく、忠誠心の確認である。もしも命令に背くのなら、その辺の雑魚のように殺すだけ。殺されたその日に後釜が派遣され、結局兄ゲムロンの支配からは逃れられない。

 神選五党(しんせんごとう)の会議の様子を静かに見守っていた白髪の老人がニヤリと笑って口を開いた。


「どうやら我らの出番のようですな」


 荒々しいゴロツキたちの中に紛れる白い衣装の男。弛んだ皮膚に落ち窪んだ眼。酷い労働環境に置かれた男性がやっとの思いで仕事を終わらせたような疲れ切った顔のような印象を受ける。しかしギラリと光る双眸は生命力に満ち満ちていた。

 女神教の教祖、ダスティン=ガム=フルクロード。

 女神が討伐された後『忘れられた大陸』から女神教徒と共に抜け出し、彼の生まれ故郷である聖王国に帰るべくアノルテラブル大陸へと上陸した。しかし到着した港でフルクロード家は邪教崇拝で指名手配されていることを知り、紆余曲折の末にユートピアにたどり着いた。


「なぁダスティン。お前ら女神教が昔使ってたっつー穴が塞がれてからこっち、サンクトモーゼに入るのが難しくなっちまってよぉ。いい加減他の抜け穴を教えちゃくれねぇか?」

「何度も申しました通り、唯一知られることのなかった避難経路なんですよ? 他はすべて塞がれた中、今まで塞がれていなかったのが不思議なくらいでして……。それはさておき実は私には一つ支援に関して心当たりがございましてな。お兄様への報告に難儀されているようですので、少し力を貸していただこうと思うのですが……」

「Yoっ! Yoっ! 流石はダスティン! お前が居たから俺たち上々っ! これから俺らの独壇場っ! お前最高っ! 俺ら最強っ! 目に物見せてやんぜエデン教っ!! Heeyaっ!!」

「……左様で」


 見る間に会議室の中の張りつめた空気が緩む。いよいよといった時に来る安心感は思考を停止させ、一縷の望みに縋りつこうと不用意に心を開く。

 だが、トリーシャは1人訝しみながらダスティンを睨む。


「……それ本当なの? テキトーこいてたら承知しないよ」

「おやおや、これは心外ですなぁ。私があなた方に嘘をついたことがありましたか? 長い年月付き合っていればどこかで嘘もつきましょうが、我々の出会いはほんの数週間。信頼を築かねばならない時に何故嘘をつくとお思いかな?」

「はぁっ!? あのさぁっ! 私が言いたいのは……!!」

「……ああ。言いたいことは分かっておりますとも。問題は『どこから』ということでしょう? ずばり機界大国でございます」

「勿体ぶった言い方をしてんじゃないよっ! 気分が悪いわっ! まったく、これだから男は……!」


 ブチブチと文句を言うトリーシャを尻目にダスティンは立ち上がり大きく手を広げた。


「我々は長い間彼の国の支援を秘かに受けておりましてな。女神復活に機界大国も一枚噛んでいまして、我々のパトロンとして大いに役立っていただきましたよ……しかし我々が成し遂げようとしたその功績は丸々掻っ攫われましたがね」


 笑顔の下に苦々しい怒りを湛えながらも、華々しく返り咲くことを考えている。ダスティンがぼそりとぼやいた言葉にライリーが噛みついた。


「あぁ? おい待てよ。その言い分だと機界大国に裏切られたとしか思えねぇぞ? そんなんでよく恥ずかしげもなく心当たりなんて言えたなぁおい」

「おっと、言葉足らずでしたな。機界大国は資金を出していただけです。それ以外は我々の好きなようにやらせてもらっていました。掻っ攫っていったのは別の連中です。我々の努力に唾を吐きかけられたことを思い出して苛立ってしまったのですよ。誤解させて申し訳ない」

「なぁんだそういうことかよっ! ビビらせんなって!」


 ライリーは満面の笑顔でダスティンを信用する。ダスティンの自信と持ち前の演技力と立ち回りで、すっかり神選五党の教祖たちは丸め込まれてしまった。


(あの大陸での我らの目標は(つい)えましたが、この馬鹿どもを操って手駒にしてしまえば面白いことが出来そうです。……捨てる神あれば拾う神あり。私は未だ世界の中心に居るのですよ)


 間抜けな連中を相手にほくそ笑んでいると、背後から拍手が聞こえて来た。皆の視線がギラリと光り、各々の得物を取り出して警戒する。戦闘に慣れていないダスティンだけがただただ振り向いた。


「先ほどから聞いておりましたが、なかなか面白い人たちですねぇ。滑稽という意味で。しかし、仲間意識の欠片もない馴れ合いを見ていると、あなた方の今後が心配になってしまいますよ」


 出入り口付近から滲み出るように希薄だった気配がハッキリと像を成す。シルクハットを被り、ヒビが入った仮面を付ける燕尾服を着込んだ人型の魔族。


「誰だテメーはっ!!」

「申し遅れました。私の名はガンビット=侯爵(マークェス)=ベルギルツと申します。以後お見知り置きを」


 深々とお辞儀をするベルギルツに教祖たちは色めき立つ。


「おいおい魔族じゃねぇかっ!」

「本物? 珍しい」

「見せ物小屋なら売れっかもっ?! いや無理か? 需要なさそう貧相な肉体っ! 値段交渉で疲労困憊っ!」

「言ってる場合かよっ! どっから入って来やがったっ!! 外は兵隊が目を光らせてたはずだぜっ!!」


 いきり立つジェイコブだったが、ベルギルツは首を傾げながら鼻で笑った。


「正面から堂々と入らせていただきましたとも。あぁもちろん、邪魔な兵隊は片っ端から殺しました」

「な、なにぃっ!?」


 見た限り弱そうな魔族だが、事実なら見た目以上の力を持っていると考えるべきか。

 あまりに突拍子の無いことに攻めあぐねいていると、ガチャリと扉を開けて入って来たのはベルギルツとは打って変わって強そうな魔族。


「とりあえず反撃してきた人間は始末したで」

「お疲れ様でした」

「……こいつらもやるだか?」


 突き出た顎から牙が覗き、巨大な腕が入り口に挟まって窮屈そうにしている。愚鈍を可視化したような魔族。

 しかしその手は血で真っ赤に染まり、信頼していた精鋭の兵士が殺されたことを物語る。

 ダスティンは声が出なくなってよろよろと机に体重を預ける。入り口に一番近い下座に座っていたため、真っ先に殺されてしまうことを想像して力が抜けた。

 当然ジェイコブたちもダスティン他会議室内の全員を囮に自分が助かるルートを各々で模索していた。


「いえいえ、殺しません」


 その言葉に一瞬だが緊張感が緩む。


「ぬっ? 正気かベルギルツ!? またヴァイザー様に楯突くつもりだか?!」

「何を仰います? 楯突いたりなどいたしませんとも。私は常にヴァイザー様の、ひいてはデザイア様のお役に立てるかもしれないものを優先的に保護する立場にあるのです。殺すばかりではなく裏に潜む利益に目を向けねば出世しませんよ?」


 愚鈍な魔族はこの発言に不安を覚えながらも無理やり頷いた。その反応に対し満足そうにしているベルギルツ。

 だが、裏の利益などというのは部下を安心させるための方便である。ベルギルツはまたもヴァイザーの意思に背き、神選五党を自分のものにしようと画策し始めた。


 ダスティンの苦労など何のその。人間を蟻程度に踏みつぶす力の前には策略など無意味。

 ここまで築き上げた信頼も、今後期待される地位も名誉も、すべてベルギルツに横から掻っ攫われた。

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