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217、無能な働き者

 ヴァイザーはデザイアの浮遊要塞から機嫌よく聖王国に戻って来た。

 しかしせっかく上機嫌で戻って来たヴァイザーに待っていたのはベルギルツの勝手な行動による内外からのクレームだった。


「この馬鹿もんがぁっ!!」


 城の一室に怒号が飛ぶ。ベルギルツは何故自分が怒られているのか理解出来ずに首を傾げた。


「……お、おお、お待ちくださいヴァイザー様。 この私が何かしましたか?」

「何かじゃとぉ?! おぬし部下を引き連れて街に降りたそうじゃなっ! 何故そのようなことをしたのかこの場で全部言うてみろっ!!」

「はっ?……え、何故とは異なことを。私はヴァイザー様の支配が盤石になるよう誠心誠意努力し……」

「その結果が儂への不平不満じゃっ! せっかく儂のカリスマで無血開城を果たしたというに全部台無しになるとこじゃったんじゃぞっ!!」

「ち、力を誇示して恐怖を煽り、支配を強めるのはごく当たり前の……!」

「それは実効支配の措置であって今じゃないわいっ!! そんな当たり前が何故分からんかぁっ!!」


 ゴォッと凄まじい圧力がベルギルツを襲う。あまりの圧に立っていられず、両膝をついて四つん這いになり、自然と土下座のような格好になった。


「今更謝罪かっ!! この不始末は謝罪ではどうにもならんわっ!!」

「い、いえ、あの……謝罪では……」

「ぬっ?」


 ヴァイザーは圧力を弱め、杖代わりにした槍を突き付ける。


「なるほど。謝罪だけ(・・)ではなくこの不始末を取り返そうというのじゃな?」

「え……あ、ええっ! まさにその通りにございます!」


 ベルギルツの意図することは違ったが、ヴァイザーの勘違いで何とか首の皮一枚繋がる。


「この不始末を帳消しにするような功績をヴァイザー様に献上したく……ですので何卒私にチャンスを!」

「よかろう。おぬしに今一度チャンスを与えてやる。実はこの国の南に最高神エデンとやらとは別の神を崇める邪教があるとガブリエルから聞いておる。おぬしはそこに行って邪教徒共を殺してこい」

「邪教徒でございますか? しかし私は人間とは距離を置いていた身。エデン教徒と邪教徒の区別などつきませんが……」

「ふんっ。そこに居るものは皆殺しで良い。地理や歴史も文献で確認したが、昔悪さを働いていた不法移民共が聖王国の生活圏から追い立てられた後、勝手に寄り集まって出来た集落とのことでな。幻覚作用のある薬や女を売って生計を立てとるらしい。誘拐被害も相次いでおる。早急に手を打ってほしいと懇願してきおったわ」

「誘拐ですって?! それは素晴らしい! その方々を救い出せばまさに一つの石で竜を落とすかの如き活躍となりますね!」

「またそれか……。いらんいらん。そんな妄想は捨て去れ。第一おぬし先ほど人間を見分けられぬと申したではないか。この場合は皆殺しが妥当というもの」

「あっ! ちょ、ちょっとヴァイザー様っ!!」


 ベルギルツは慌てたように周囲を確認する。そして囁き声でヴァイザーに話しかけた。


「……そのようなことを大声で話されては民草に聞かれてしまいます。もう少し声を抑えて……」

「はぁ……。どこまでも間抜けな男よ。儂がこの部屋に入った時から既に音は遮断しておるわ。神である儂が部下を叱りつけるなど無様以外の何物でもない。全ては儂の手のひらの上であることを証明すべくこうしておるのが分からんのか? いや、おぬしには分かるまい。儂は元の世界でも神と崇められておった。こういった時の対処法も既に用意しておる」


 そう言うとヴァイザーは槍の穂先を爪で弾く。甲高い金属音が鳴り響き、それと同時に空間に3mほどの黒い穴が開いた。その穴からぞろぞろとベルギルツと共に街で鳴らした魔族たちが入ってくる。ベルギルツが生きていることに一瞬疑問を感じたが、すぐに許されたのだろうと考えた。

 部下たちがベルギルツからの命令内容を事細かに説明した結果、ハチャメチャにキレ散らかしていたが何とかなったようだ。


(前に逆らったバカが粉微塵に吹き飛ばされたことがあったというのに、このベルギルツという男は何かあるのかもしれねぇぞ……)


 愚鈍な魔族たちは心の中でベルギルツを見直していた。


「儂がここでおぬしらにしかと命令を下す。ベルギルツと共に南へと下り、邪教徒共の集落へと行け。おぬしたちはベルギルツの手足となって邪教徒共を血祭りにせよ」

「ははぁっ! 畏まりましたヴァイザー様っ!」


 ヴァイザーはギロリとベルギルツを睨み付ける。


「今度こそしくじるでないぞ。よいなベルギルツ」

「お任せくださいませヴァイザー様っ!」


 返事だけは一丁前なベルギルツに不安を感じながらもヴァイザーは概ね満足そうに頷いた。



 ベルギルツが邪教徒の討伐に向かった頃、ガブリエル教皇は手を後ろに組んで城下を見下ろす。その目は水に浮く石油の様な歪な輝きをしていた。


「ふむ……ベルギルツさんは予定通り南に下った様ですねぇ。ね? だから言ったでしょう? ヴァイザー様は我らのためにそのお力をお貸しくださる。もはや邪教徒は風前の灯といったところでしょう」


 それを聞いていた枢機卿(カーディナル)の面々は奥歯を噛みしめる様に口を噤む。もう何を言ってもガブリエルはヴァイザーのやることを肯定し続ける。エデン正教にその身を捧げたはずの敬虔な信徒は今やヴァイザーという神もどきの狂信者へと成り下がってしまった。これが現在の教皇(ポープ)であるというのだから聖王国の未来は閉ざされたも同然である。

 各なる上は教皇の座を剥奪し、この国の頂点を一旦白紙にすることでナンバー2の座に座る枢機卿に権力を分散させるほか道はない。特に相談こそしていないが、4人の枢機卿の考えはこの時完全に一致していた。

 お互いが視線を交わし合い、それとなく頷き合う。後は誰が切り出すかという状況の中、コンコンと扉をノックされる。


「……どうぞ。お入りなさい」


 教皇の供回りが扉を開けて来訪者を確認する前にガブリエルは招き入れる。入ってきたのは疲弊して肩を上下させる司教(ビショップ)。その様子からかなり急いできたことが伺え、挨拶もそこそこに本題を切り出した。


「さ、先ほど七元徳(イノセント)の『慈悲』と『救済』よりローディウス卿が亡くなられたと報告が届きました。どうやら魔物に襲われたらしく、護衛の聖騎士(パラディン)たちも遺体で発見されました」

「!?……なんと!?」


 ガブリエルは目を丸くして驚き、後ろ手に組んだ手を離して肩を強張らせた。


「遺体の損壊が激しく、誰が誰であるかの判別が不可能であり、ローディウス卿は衣服の一部だけを残して亡骸を発見出来なかったとか。巣に持ち去られた可能性が極めて高いとのことで、捜索及び発見は困難と判断。今から帰投する様です」

「……索敵能力が高ければあるいは……といったところでしょうが、そうそう居ませんからねぇ。強力な力と繊細な術を併せ持つ天才的な戦士というのは。……しかしまぁ、たとえその様な戦士がいたとしてもこの場合は2人の判断が正解ですね。きちんと弔いたかったですが、仕方がありませんね。ローディウス卿に神の御加護があらんことを……」


 ガブリエルは手を組んで神に祈る。尤も、ガブリエルの今の神はヴァイザーなので、エデンの敬虔な信徒に祈りを捧げるのは侮辱とも捉えられる。それをエデン正教の頂点(トップ)がやっているのだから救えない。


「猊下。ローディウス卿は皆に愛されていました。棺が空だとしても国葬をするべきではないでしょうか?」


 これは肩を並べた同僚としての意見だ。たとえ教皇から絶大の支持を得ていたローディウスの死を心から願っていたとはいえ、内々に処理するのは今後自分が万が一にも死ぬ事態に陥った時、この事例を持ち出されてはまともに弔ってもらえなくなる。

 そして国葬というだけあって大々的に行われるので、その機に乗じてガブリエルを暗殺することも可能。ローディウス卿を指示していたとする架空の熱狂的な過激派を生み出し、全ての罪を被せたあと自殺に見せかけて実行者を殺せば、一旦今の状況は改善されるはず。そう確信しての提案だった。


「それは良い考えです。ヴァイザー様に提案しておきましょう。きっとお喜びになられるでしょう」


 何かにつけてヴァイザーヴァイザーと言われては気が滅入る。だが国葬にさえ漕ぎつければ何とかなるだろうと安易に考え、枢機卿たちも口元が緩む。

 司教は伝えることは伝えたと部屋を後にしようとするが、もう1つの用件があったことを思い出して立ち止まる。


「あ、それから、諸教派の代表の2人が猊下に謁見をお求めです。いかがいたしましょうか?」

「ほぉ? これは珍しい。あの2人が仲良く私に挨拶とは。少々変わりましたな。……いや、もしやヴァイザー様の存在に気づき、自ら進んで挨拶に来られた可能性もありますねぇ……。良い心がけです。是非お会いしましょう」

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