214、敗残兵
帝国の城を見下ろすかのように鎮座していた浮遊要塞はガルムの一撃で半分以上が消滅し、もはや浮くこともままならずにフラフラと帝国の魔障壁の上を滑りながら街の外へと落下した。
見るも無残となった瓦礫の山。ガラガラと瓦礫を掻き分けて長い黒髪を振り乱しながら赤黒い肌の男が立ち上がる。
「……い、いったい何がどうなっているんだ?」
一見人間に見えなくもないが、髪の間から見える目は瞳がなく全て黄緑色で虫の様な複眼を備え、幽鬼の様に細い腕だというのに体が隠れるほど巨大な瓦礫を持ち上げる筋力は控えめに言っても怪物である。
他にも様々な動物を見境なく融合させた様な醜い生き物や、グラマラスな女性の体に食虫植物の頭を乗せた化け物など多種多様。
全員キョロキョロと辺りを見渡し、生きている仲間を視認する。
浮遊要塞には魔神の部下も内包している。どれも異世界からかき集められた一級の怪物揃い。
しかしそんな怪物が束になって掛かっても勝てないのが魔神である。
多くは恐怖によって支配されていて、魔神の命令には絶対服従。たまに恐れ知らずのバカが配属されてくる時は、魔神の気を損ねない様に部下同士で話し合い、進んで教育に励む動きもある。魔神の逆鱗に触れたら最悪とばっちりを食う羽目になりかねないからだ。
魔神たちの力に掛かれば仮住まいにしている浮遊要塞を一瞬の内に消滅させることも容易い。
丁度ガルムの放った超大型ビーム砲の様な技『煉牙荒神衝』で墜ちた浮遊要塞の様に。
バラバラの見た目、それぞれの特性、それぞれの力を持つ共通点の少ない怪物たちに唯一共通するのは、今し方何が起こったのか分からなかったということ。
ガルムの部下に据えられた怪物たちはガルムの命令で外に出ることを禁じられていた。それというのもガルム一人で全て事足りるため、無駄な戦いや破壊をしないよう浮遊要塞に軟禁状態だったのだ。
暴れられないことによるフラストレーションは溜まっていたが、ガルム相手に強く出ることも出来ず素直に従っていた。
そして今回も何事もなくガルムの勝利。帝国はあっという間にデザイア軍の手に堕ちた──はずだった。
「先の力はまさしくガルム様のモノ……」
「巻き込まれたのは……半数以上か。全く無茶しやがる」
「だがどういうわけだ? ガルム様の気配がしないぜ?」
「……誰か様子を見に行くか?」
部下たちは顔を見合わせる。誰も行きたがらない。ガルムの気配がなくなったとはいえ、ただ感知出来ていないだけの可能性の方が高い。もし勝手に出たことが知れたら殺されてしまう。
ガルムの気配が消えたことであり得ない想定が頭の中を駆け巡るも、もしもが先行して誰も実行に移せない。
「……この事態は癇癪によるものか?」
「ガルム様が? あり得ないわね。……いや、そういえば生意気な新入りが入ってきたじゃない? ガルム様の怒りを買った可能性は否定出来ないわ」
「あの野郎か。確かにウザかったよな、あいつ」
部下たちの頭をよぎるのはリック=タルタニアン。新入り故に右を左も分からずガルムに突っ掛かったとか、馴れ馴れしく接してキレさせたといった憶測が飛ぶ。
不思議なことにリックの気配も感じないことに気づいた。
「おいおい……これってもしかするんじゃねぇか?」
部下たちは段々とガルムが倒されたのではないかと思い始める。弱いリックが死ぬのは当然として、ガルムが死んだとなるのは異常事態だ。ガルムの上司であるデザイアへ今すぐにでも報告すべき状況だ。
となれば迅速な対応が求められるが、話し合う前に背後から声がかけられる。
「……やはり居たか」
その声に振り返ると瓦礫の天辺で見下ろす様に男が立っていた。怪物たち全員の視線を一身に受けながらも身動ぎせずに堂々としている。
「人間か?」
「……ああ、ありゃ人間だぜ」
「嘘だろ? こんなところに出張ってくるとは命知らずにも程がある」
「死んだぜテメー」
怪物たちはニヤニヤと嘲笑してみせる。
だがその嘲笑も長くは続かない。その理由は男の腰に提げていた2本の刀にあった。
「待て。あれは……まさかっ?!」
それはガルムの愛刀に酷似している。
もちろん男が引っ提げている刀の形が似ているだけであることも考えた。ガルムに勝てる者などデザイア以外に考えられないからだ。
しかし男がおもむろに抜いた刀身を見てガルムの部下たちに激震が走る。
「なっ!? そ、それはガルム様の……っ!?」
驚愕に彩られるガルムの配下たち。次の瞬間、瓦礫の上に立っていたはずの男の姿を見失う。
ズルゥ……
複眼を持つ赤黒い肌の怪物の上半身が斜めにズレる。その鋭利過ぎる刀身と男の技術によって痛みすら感じずに真っ二つに斬られた。
斬られた本人も体に異変が起きてから出ないと気付くことが出来ず、慌てて両腕で体を元の位置に戻そうと力を入れた。
グチャッ
自身の肉体の3倍大きい瓦礫でさえ軽々と持ち上げてしまう腕が力を入れた瞬間、袈裟斬りにされたと勘違いした体はこま切れ肉となって体内へと収縮する。この期に及んで未だ何が起こっているのか能が理解を拒んでいたが、どうにもならないことを悟った肉体は生を手放し地面へと落下した。
元の原形を留めることなく体液と肉片が一面に広がる様子を見た怪物たちは、消えた男の所在を探して辺りを見渡す。男の姿が現れたのは4体の怪物が肉塊になった時だった。
異世界で鳴らした怪物たちは瞬きの内にその命を散らす。先ほどまでの嘲笑はどこへやら、悲鳴を上げながら背中を見せて逃げ始める。
「逃がしはせんぞっ!!」
悲鳴を聞きつけて駆け付けた鎧の剣士たち。恐慌状態に陥った怪物たちは本来の力を発揮出来ず、剣士たちの魔剣に斬られて次々と命を落とした。
「なんだぁ? 野郎以外は大したことがねぇんじゃねぇの?」
「油断するなよセオドア。さっきのはライトに恐怖して隙だらけだっただけだ。万全の状態ならこうも簡単ではなかったろう」
「うるせぇなぁブルック。分かってるっつの。つーかなんで同じとこ来てんだよお前は……。よぉっ! ライト=クローラー! こっちは全部片付けたぜっ!」
セオドアが声を掛けると遠くでライトが片手を上げて返答する。
ライトたちはガルムが墜とした浮遊要塞に探索に来ていた。良い武器や宝物の類があるのではないかということと、これだけ巨大な要塞にガルムとリック2人だけのはずがないという確信から敵の殲滅も兼ねている。
「ブルックー! ちょっとこっち来て手伝ってーっ!」
瓦礫を挟んだ向こう側からレナールの声が聞こえてきた。
「ライトっ! ここを任せても良いか?!」
ブルックの問いにも片手を上げて返答する。確認が取れたブルックはすぐに踵を返してレナールの元に向かうが、セオドアはライトを流し目で見ながら「クールだねぇ」と呟きつつ瓦礫を越えて行った。
その先では剣聖7人とディロン、ウルラドリスと精霊王たちが互いに力を合わせて戦っていることだろう。
ガルムの技を手に入れ、相応の武器も手に入れた今のライトは1人でも戦える。
擬似的にレッドの境遇になったも同じである。
ライトは幸運にもガルムを倒すことが出来た。大金星と言うべき状況だが、ガルムが自らの死を望んでいたのが勝利した理由であることを思えば、今後魔神との戦いにて果たしてライトは役に立つことが出来るのか、レッドならあるいは単独で魔神を撃破したのではないかと思うとその心境は複雑である。
「……レッド。君は今どうしている?」
獣王国を目指して飛び立ったレッドのことを思いながら刀を振る。




