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212、成り立ち

 聖王国の成り立ちに遡ろう。


 元々、聖王国となる前は特に宗教が盛んというわけではなかった。

 その昔、数多くの人種が住み分けを行い、生存圏をかけて争いが行われるような廃れた土地だったのだ。


 怪我や病気に苦しむ人々を救うために善意の力で結集したのはエデン教の走りである医療集団。彼らは体の治癒能力を底上げする魔法や状態異常を消す魔法を駆使し、心身の回復を目指して日夜医療に明け暮れた。


 ある時、死の連鎖を嗅ぎつけたのかアンデッド軍団の襲撃に遭い、さらに死者が続出。アンデッドの手によって死んだ者たちはアンデッドとなって生者を襲い始め、更なる悲劇が彼らを襲った。兵士の手が足りずに医療集団も戦闘に参加することになり、もはやこれまでかと思われた。


 しかし予想外にも医療集団が怒涛の活躍を見せ、聖なる力の前にアンデッドは瞬く間に消滅させられた。中でも『神』という上位存在を信じ崇める者の力は強く反映され、アンデッドの撃破数も軍を抜いていた。最も信心深い者は『神の代行者』と称され、代行者の近くにいる者たちにも恩恵があったと語られている。

 これを機に回復魔法は神の御業『神聖魔法』と名前を変え、最高神エデンを崇拝するエデン教が誕生する。

 医療集団の時と同様に人々を救うことはもちろん、エデンの教えを世界に広めることを新たな目的とし、再出発を果たす。


 エデン正教が国を築き、『聖王国』がここに誕生した。


 ルオドスタ帝国のように生活圏を侵す魔族や魔獣たちの殲滅に勤しんだ結果、聖王国の領土は建国当初の倍以上に広がり、人の作り上げた国、思想、信仰が魔物の力を上回った。

 多くの国に信徒を派遣し、大々的に公言して回った結果、七大国の一つに数えられる『強国』としての地位を盤石のものとしたのだった。


「それはまた随分と立派な考えでおじゃるなぁ。称賛の拍手を送るでおじゃる」


 パチパチと余興に対する返礼のように拍手する異世界の魔王ヴォジャノーイ=アルタベルジュ。それにつられてレッドたちも思わず拍手をしてしまった。


 レッドたちは獣王国を後にし、聖王国へと向かっていた。獣王国から聖王国まで陸路なら数日歩く必要があるが、速さを重視している空中移動戦艦でひとっ飛びである。

 聖王国に到着する前に事前知識を取り込むつもりでエデン正教のナンバー2であるイアン=ローディウスを頼ったら、エデン正教の成り立ちを講義形式で説明されることになった。

 誰もが一度は聞いたことのある常識ゆえにヴォジャノーイを除くレッドたちに驚きはない。


「話はここからだ。我らの(おさ)というべき存在『教皇(ポープ)』。聖王国の頂点に君臨される御方として君たちも聞いたことがあるとは思うが、教皇は世襲ではなく『選挙』で選ばれる。そしてこの私は教皇選挙権を持つ枢機卿(カーディナル)という立場にある。私が殺されそうになったのもここに起因していると見て良い」

「へ? どうして? 魔物に襲われてたんじゃなかった? 魔物に人の意思が介在していたとでも?」


 ルイベリアの質問にローディウスは深く頷いた。


「その通りだ。本来であれば私には魔物の群れを一掃出来る優れたボディーガードが付き、難なく聖王国に到着する予定だったのだ。だが、何故かその優れたボディーガードの到着が遅れに遅れ、仕方なく道中で合流出来ることを願い、危険を承知で強行した。……浮島が今まさに我が国に迫っているとくれば焦らぬ者はいまいよ」


 ローディウスの自嘲気味の笑みにグルガンが口を開く。


「つまりわざと兵士を遅らせ、魔物に襲わせようという魂胆か? 貴公の選挙権を剥奪するためなら生死を厭わずと?」

「ふっ……言いたいことは分かる。おざなりで運任せと言えるし、暗殺を企てる方が遥かに確実だ。しかし私には確信がある。自慢じゃないが、私は猊下に気に入られている。人の手による暗殺は見抜かれると感じ、回りくどいが直接手を下さない方向に舵を切ったのだろう。私が居なくなれば、選挙の結果は分からなくなるからな」

「……だとしたら貴公の行動パターンが完全に読まれているということになるぞ?」

「そのようだ。思うに、感情的になった時の私は素直な言動に移行するようだ。経験と頭脳は人一倍あると自負していたのだが、生来の気質は死ぬ間際に気付くものだと実感したよ。……この通り、エデン正教も一枚岩ではない。裏切り者が王国内でスポットライトが当たる時を待ち望んでいるとしたら、敵の侵攻時に動き出す可能性は高い」

「教皇を矢面に立たせ、侵略者に媚びを売る……選挙なしに教皇の座を奪おうというのか?」

「正攻法で行けば私に勝てる算段なしとみて殺害する機会を伺っていたのは間違いない。となればそれも有り得るということだ」


 全て推測でしかないが、もしこれが事実なら既に聖王国は敵の手に堕ちていると考えるべきである。暗い話が続く中、聖職者(クレリック)のハルが声を上げた。


「あ、あのっ! もっとポジティブに考えませんか? 聖王国は私たち信仰系魔法使い(マジックキャスター)の第二の故郷のようなものです。……一度も行ったことないですけど……。同じ宗派の下で修業した信者じゃないですか。そんなに信用ならないものですかね?」

「……あり得るであろう最悪の状況を予測し、解決案を模索する。ネガティブな考えが必要な時もあるということだよ」


 ローディウスの返答に言葉が詰まる。自分がもしローディウスと同じような状況に陥った時、疑心暗鬼にならないと言えば嘘になる。というか真っ先に裏切り者が居るのではないかと考えてしまうかもしれない。

 彼のように感情的にならず、淡々と状況を整理し、切り抜ける方法に着手出来るかと言われたら首を傾げてしまうだろう。


 一通りの説明や情報共有が終わったところで、これから混沌の中にあるであろう聖王国をどう攻略すべきかの話し合いが始まろうとした時、スロウ=オルべリウスから一石が投じられる。


「ちょっと思いついたんだけどぉ。最悪な状況っていうとさぁ、その教皇ってゆーのが裏切っていた場合はどうなるの?」


 場が凍り付く。スロウの首に巻き付いた極戒双縄(きょっかいそうじょう)だけは「流石姫様!」と称賛してみたり「確かにそれは最悪だなぁ……」とぼやいている。


「……いや、それは最悪の状態ではなく非現実的な状況だ。現在の教皇であるガブリエル様は特異な力をお持ちでな、万が一にも裏切ったというならそれは演技。隙を伺い、反撃のタイミングを見計らっているということだ。少なくとも私はそう考える」


 ローディウスは頭を振ってガブリエル教皇の裏切りの可能性を否定するも、それに追い打ちをかけるようにレッドが反応する。


「でもですよ? もしもってことがあるじゃないですか。スロウの言う通り教皇が心底裏切っていた場合の想定もすべきではないでしょうか?」


 レッドの問いかけに「バカな」と一蹴する空気が流れるも、グルガンは納得の表情を見せる。


「率直な意見だ。生き物である以上、崇高な考えを捨てて命欲しさに裏切る可能性はある」

(けい)までそのようなことを……!」

「感情的になっているぞローディウス。視野を広げろ」


 ぐっと口を噤む。痛いところを突かれたローディウスは冷静に深呼吸をしながら非現実的な想定に立ち返る。


「……万が一にもそのようなあり得ない事態となったなら、エデン正教が誇る武力は全て敵の手に堕ちる。そうなれば王都の外に目を向ける必要がある。頼りたくはなかったが……」

「王都の外側……他国に救援要請ということでしょうか?」

「いや、それでは遅すぎる。エデン教『諸教派』の連中に助けを求めるということだ」

「しょ……何?」


 レッドとスロウは同時に首を傾げ、お互いに顔を見合わせた。ローディウスはその疑問に応えるべく説明する。


 教会派。

 最も信心深い神の代行者を教皇(ポープ)と名付けて頂点に置き、『神の代弁者』として信仰心をより強固なものにする宗派のことを指す。


 諸教派。

 教会派と分離し、教皇の様な神の代弁者を立てず、神の教えを直接信仰する宗派のことである。この教えは神の代弁者を立てず、各個人の祈りによって最高神エデンを讃えることがより良いことと考えられている。

 これは医療集団の頃の名残で、『最高神エデンは信心深い者にこそ報いられる』という強い考えから『人類皆平等』の精神を掲げて分離に至った経緯があるが、ローディウスは諸教派を嫌っていた。


「要するに奴らは教会の制度では成り上がりが出来ないと考えて分離を決意した異端者どもだ。神の力を利用し、自身のわがままを神の意思とねじ曲げる悪辣な連中だよ」

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