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210/309

210、道化師

「ちょっとちょっとぉ……今の感じたです? オーギュスト様。ガルムさん死んじゃったですよ?」


 オーギュストの側近フェイル=ノートは急いで食堂に走り込んで来た。先ほどまでいつでも戦える様にしていた装備を外し、ダボダボのシャツにスパッツの様な黒いパンツを履いた部屋着で。


「ええ。知っております。なかなか面白い戦いをしていた様ですねぇ」


 オーギュストは上座に座り、ワイングラスを傾けながら食事を堪能する。

 フェイルは肩を竦めてオーギュストの左側に座る。同時にメイドと思しき女性が暗闇からヌルッと現れ、フェイルの前に食事を用意し始めた。

 メイドの姿はいろいろな生物の皮や肉をツギハギして出来た不気味な体をしていて、メイド服でそのほとんどが隠れているが、腕と首元が彼女の異様さを見せつける。その顔はまるで陶器の様に真っ白な美しい女性の皮を被っており、マネキンの様に表情は微動だにしない。


「どうもです」


 フェイルが感謝を述べると「はい」と一言だけ発する。メイドの喉から出た声はガラスを擦り合わせた様な甲高い音でどちらかというと「キュッ」という音に近かったが、フェイルはちゃんと聞き取れている。

 メイドが暗闇に消えていくのを確認し、スープ用のスプーンを手に取るとジト目でオーギュストを見た。


「……この一大事に食事ですか?」

「いけませんか?」

「もう少し緊張感を持つべきです。ガルムさんがやられたんですよ?」

「ん〜。ガルム様が本気を出された時点でこうなることは決定していましたしねぇ……今さらどうのと慌てても、といった感じですよ」

「前にも一回本気を出したです。あの時世界が一つ無くなったのは記憶に新しい……今回だって下手をすればすべてが死滅してもおかしくない状態ですよ? 確かにガルムさんはどこか危ういとこがあったのは認めるです。でも魔神たちも一目置く存在が負けたなんてにわかには信じられないですよ」

「ふふっ……知っている立場から見るのとそうでないとでは見方も変わります。あの方がデザイア様の意思と関係なく本気を出される時、それは死を切望されている時です。大方、昔の記憶が戻ってしまったとかでしょうねぇ。お労しい限り……」

「えっ……ガルムさんはノスタルジーに染まって自殺したと? そんなのまるで人間じゃないですか。……人間だったのですか?」

「さぁ? どうでしょうねぇ……」


 オーギュストは半笑いで柔らかいパンを千切って口に放り込む。


「……何もしないのですか?」

「そんなことはありませんよ。私は英気を養っているのです。こうして食事をすることでね?」

「英気……ですか?」

「ええ。何においても体は資本ですよフェイルさん。健康の在り方で心も健やかです。たとえガルム様が倒されても、どこかのおバカさんの裏切り行為が発覚しても問題ないのです。全てはその身一つが大事なのですから……」

「……誰か裏切ったのですか?」

「さぁ? どうでしょうねぇ……」


 お酒を優雅に飲み干すオーギュストを見ながら、フェイルはスープに口をつける。二口ほど飲んだ後、目の前に置かれた野菜を見て眉間にシワを寄せた。


「おやおやフェイルさん。好き嫌いはいけませんよ? 栄養が偏ってしまいますからねぇ」

「まだ何も言ってないです。表情から読むのはセクハラです」

「これは失礼致しました。ところでそのスープは美味しいですか?」

「え、そりゃまぁ……美味しいです」

「目の前のお野菜を煮込んで作ったものです。()してカスを取り除き、味を整えたので分からなかったでしょう?」

「あ、もう食べられなくなったです。あ〜あ。オーギュスト様のせいでスープも禄に頂けなくなったです」

「そんな言い掛かりな~。先ほどスープは美味しいと言ったではありませんか? 見た目や味を整えられればフェイルさんの野菜嫌いも克服出来ると思ってですね……」

「余計なお世話です」


 フェイルはしかめっ面ですくっと立ち上がった。


「パンぐらいは召し上がったらどうです?」

「……給仕係」


 フェイルの声に反応して白い顔だけが闇に浮かぶ。


「これを私の部屋の前に持ってくるです。あ、スープと野菜は絶対に省くです。……ということです。後で食べるからお気になさらずですよ」


 機嫌悪くオーギュストに伝えるとそのまま振り返ることなく食堂を後にした。

 その後ろ姿を見送りながら空になったワイングラスを右斜め後ろに傾ける。すると別のメイドがボトルを持って空のワイングラスに酒を注ぎ入れる。

 至れり尽くせりといった風な光景だが、この行為を咎める者は誰もいない。


「ぜーんぶ茶番ですよ。支配も部下の死でさえも。どうせデザイア様がぜーんぶひっくり返しちゃうんですから……」


 あっけらかんとした態度も、ふざけている様も、誰かにこびている姿も、へらへらした顔も。何もかもが希薄で捉えどころのないオーギュスト。

 全てを知り尽くしたかのようなオーギュストの言葉は誰かしらの返答を待たず虚空へと消えていった。

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