208、ヴァイザーの目論見
ガルムの死という未曾有の事態に一柱の魔神が動く。
聖王国を支配し、拠点とする嫉妬の魔神。
その名をヴァイザー=イヴィルファイド。
聖王国を離れる間、部下として采配された魔族ベルギルツに全権を与え、国を治める様に指示を出す。
ベルギルツは皇魔貴族にいた頃から口だけで何もしないことは有名で、影では無能のレッテルを貼られていたのだが、事実を知る由もないヴァイザーはこの世界の住人であることと、変に難しい言葉遣いを使うことから頭は回るだろうと任せることになった。
期待の前借りという奴である。
ベルギルツも全権を与えられるなど初めてのことで、自分の価値をようやく理解してくれたと舞い上がり、ヴァイザーに感謝の念を抱きつつ権利を堪能する。
ベルギルツの何かしているようで何も出来ていない、むしろ不要なことをしている間、ヴァイザーはデザイアの浮遊要塞へと赴いた。
テレポートを使用しつつ、デザイアが鎮座する玉座の間に辿り着くと、デザイアの前に跪く。
「失礼いたしますデザイア様」
「……どうしたヴァイザー。私はお前を呼んでいないが……何か報告でも?」
「はっ。ガルム殿が亡き者にされたことは既にご存じのことかと存じます。そのお心を痛めているのもご納得の事態。胸中お察しします」
「私だけではない。我々にとって痛恨の一撃といった具合だが……ここに来たのは確認のためか? それとも今後の抱負でも伝えに来たか?」
「進言にございます」
「ほぅ……?」
デザイアはヴァイザーに興味が湧く。直後、モロクが口を挟んだ。
「ふんっ! 何が進言かっ! 大方ガルム殿が居なくなったことで、うぬがデザイア様の右腕になろうと企んでおるのだろうっ! 浅はかなっ!」
「浅はかぁっ? その考えこそが浅はかの極。考える脳もなく腕力だけでお山の大将をしておった者にありがちな発想よなぁ。殺すしか能のない青二才がっ」
「何っ?」
「悔しいか? デザイア様の下に立っておるだけで勘違いした小童がでしゃばるでないわっ!」
「キサマっ!! 図に乗るのも大概に……っ!!」
前に出ようとするモロクをデザイアは手を挙げて制する。
「どのような目論見があろうと構わん。私は今ヴァイザーと話している」
「っ!?……申し訳ございません」
モロクは目を伏せて下がる。山のように大きな筋肉が縮こまったようにすごすごと下がっていく様を見たヴァイザーは良い気分で鼻を鳴らした。
「さてヴァイザー。私はそれほど気の長い方ではない。手短に話せ」
「はっ。では失礼して……。ガルム殿を屠る強き者の存在が今後も我らの邪魔をしてくることは想像に難くありませぬ。つきましては、この世界に他の魔神を呼び出しては如何かと……」
「なに? ルークフィンとマイラをこの世界にか?」
「はっ。それから……『黒欲聖典』も一緒に……」
──ズオッ
ヴァイザーの言葉で玉座の間にヒヤリとした空気が流れ込んでくる。ヴァイザーはその空気の違いに心臓を跳ねさせた。
「……ほぅ? 黒欲聖典も召集せよと? お前にとってガルムの件はそれほど脅威に感じたのだな? この世界に全戦力を投入する必要があると……」
デザイアはわなわなと肩を震わせて怒りを湛えるようにしている。ヴァイザーはデザイアの反応に恐れをなし、目を泳がせ「いえ、その……」と焦ってはぐらかそうとする。
しかしデザイアはそんなヴァイザーを見てフッと肩の力を抜いた。
「ふっ……隠さなくても良い。現にガルムはこの世界で本気を出せる敵と出会い、この世界を死に場所に選んだ。その事実は変わらない。前にガルムの力を間近で確認したからこその懸念であろう」
デザイアは遠い目をしながらガルムを思う。配下の中でもかなりお気に入りの部類だったために哀愁が漂っている。
「……良かろうヴァイザー。もちろん今すぐにとはいかないが、必ずこの世界に呼び出すとしよう」
「っ!……ありがとうございます。儂の稚拙な進言をお聞きくださり感謝申し上げます」
「なに、感謝の必要はない。この世界を起点に支配領域の拡大を考えていた節もある。ならば全戦力を招集するのは間違いではないと気付いたまでのこと。下がれ」
「ははぁっ!」
デザイアの言葉に深く頭を下げながら玉座の間を後にする。その顔には喜悦が走っていた。
(思った通りじゃ。今あ奴はガルムを失って心に傷を負っている。いつもなら難癖をつけて突っぱねそうな願いも通ったわ。モロクを下げ、説明付けてまで儂の意見を取り入れようとしたところからも、何かに縋ろうとしているのが見え見えじゃて。儂がこうして取り入ればいずれは……右腕になる日も近かろう)
モロクの予測通りヴァイザーは地位の向上を求めていた。しかし今まではガルムが不動の側近としてデザイアを誑し込んでいたために、ナンバー2の座はガルムという風潮があったのだ。
その上、最近加盟したばかりのモロクを左側に据えたため、力だけの魔神のくせに魔神の中で最上位のように振舞っていたようにヴァイザーは感じ、気に食わない存在の1人として嫉妬していた。
だが右腕は死んだ。ヴァイザーが右腕となるのもあり得ない話ではない。
(そしてゆくゆくはデザイアの命を……。いや、それは早計というもの。先に並び立たねばなるまい。ドラグロスの阿呆とオカマは放っておけばよい。しかし道化はどうかのぅ? あ奴の進言はよく通る。まだ来ておらんがルークフィンも面倒な輩。……ガルムが死んだここで一歩先んじることが出来るかどうかが転機となることは明白。先ずは儂の国に戻り、対策を練るとしようかのぅ)
ヴァイザーが玉座の間を後にしたのを見計らい、デザイアが口を開く。
「……あれの口から戦力を追加すると出るとは驚きだな。これを機に私に戦勝を誓い、ひいては地位の向上を約束するように取り計らうのかとも思ったが……私の思い違いのようだ」
「彼の者はそのような実直な心を持ちますまい」
「その通りだモロク。が、言い連ねていることがすべて嘘や誇張であったとしても、やり遂げれば真実となる。ただ、ヴァイザーには嘘や誇張の類を使ってまで上に上がろうという度胸はないようだ。……とはいえ、こうして進言してきたのには何かしらの意味はあろう。ヴァイザーの活躍に期待してやろうではないか」
鎧のせいで全く顔は見えないが心なしか喜んでいるようにも見え、モロクは肩を竦めた。
「……デザイア様。ヴァイザーではありませぬが少し気がかりなことが……」
「?……珍しいなモロク。言ってみよ」
「ガルム殿の死によって忘れてしまいそうですが、ガルム殿が本気を出す直前に感じたあの気配。あれが気になって仕方がないのです……」
「あれか。一瞬のことではないか。もう既に事態は収拾したと考えて良かろう」
「しかし……」
今回は珍しく引かないモロク。デザイアは顔を上げ、モロクを見る。
「……分かった。そうまで言うなら行くがよい。獣王国へ」
「ありがたき幸せ」
モロクはデザイアの許しを得て獣王国へと向かうことになった。




